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二話 『 悪臭の色 』

「名づけるなら、私が殺すと書いて〝私殺(しさつ)連隊兵(れんたいへい)〟、とでもしましょうか」

 五十レートル程先に、数百を超えて千に届く、ロアラ・ガルバン・マグティーノの分身体が、谷底を埋め尽くす圧倒的な人数としてそこに居た。

「先頭に作られた何体かは砕けてしまったようですが。それでも、十分でしょう?」

 ジョイズ・モントレーが放った真空の矢が貫いたのは、透明な虹色を血の様に撒き散らして消える分身体。信じられないものを見る三人の顔は、驚愕を通り越して信じたくないという思いが先に来るような表情だった。

 アグニが震えた声で言う。

「ミーナ、〝銃火器精製魔法(イグニティア)〟だ……」

「で、でも……」

「良いから早くしろっ!」

「ひぅ……っ」

 アグニの突然の怒鳴り声に、その腕にすがりついたままぎゅっと縮こまるミーナ。瞳には戸惑いが浮かび、不安を隠さずアグニを見上げる。

 そんな目を向けられて、アグニは舌を打った。

「……、悪ぃ。でも、俺の言うとおりにしてくれ。目の前のあれは人間じゃない。天然のプリズム鉱石が作り出した魔力の塊だ。お前の魔法なら一気に殲滅できるから――」

 そこまで言ってアグニは頭を振った。いや、そうじゃねぇ……と。

「一気に殲滅が出来なきゃ、俺たちはここで死ぬしかなくなっちまうんだ」

「え……?」

「いいか? 俺にはもうほとんど魔力が残ってない。おっさんも確かに強いが、俺やミーナを庇いながら戦ってたら、じり貧だ。相手は暗殺者で、他の奴らが守ってまで助けられた奴なんだから、きっとあいつがリーダーなんだろう。ってことは、森の中で戦ってたやつよりずっと強いって考えて良いはずだ。それが、あんなに増えた――俺が言いたい事、分かるよな?」

 ゆっくりと一つずつ、教える様な口調で口にするアグニ。視線はマグティーノの群れから放すことはないが、その焦りの中にある真摯さは、横顔に現れていた。

「だから、頼む。お前だけが、この状況を打開できるんだ」

「アグニ……」

 そう言われ、ミーナは息を飲んだ。

 出会ってから十か月の間で、こんなアグニは見たことがなかった。

 視線を動かし、大群としか言いようのないマグティーノを見やる。

 もうどれが本物か分からない軍勢の中に、けれど一人だけ生きた人間がいる事を考えると、ぎゅるりと、お腹の中が蠢く感じがした。

「でも、あの中には……」

 生きた人間がいるよ、と。

 ミーナはこの状況になっても、まだ怖がっていた。

 でもそれは、馬鹿にしていい物ではない。

 人が人を殺すことに恐怖を感じなければ、人は畜生以下の化け物になってしまう。

 しかしこの状況から生き残るには、〝銃火器精製魔法(イグニティア)〟を使わなければならない。

 アグニは隣に立つミーナの頭を自分の胸に引き寄せ、心臓の鼓動を聞かせる様に抱く。

「ミーナ、俺はお前に死んでほしくない。生きていて欲しいんだ。俺がぶっ倒れた時、お前は言ってくれたろう? 死んじゃ駄目だって。俺もそれと同じくらい、お前に死なれたくないんだよ。だから約束してくれ、ミーナ。一緒に、生きて帰るって」

 アグニの胸から伝わる鼓動にミーナは俯き、けれど返事は確かに、はっきりと返した。

「……うん、約束する」

 涙で滲む視線を上げてアグニを見つめ、ゆっくりと体を離す。マグティーノの大群を見据え、唇をむっと引き結び、眼にはまだ少し迷いが揺れるけれど、ミーナはぐっと体に力を込めた。

「あたしはアグニと一緒に帰る。一緒に帰って、これからもずっと、アグニと!」

 声が響いた。

「〝銃火器精製魔法(イグニティア)〟――ッ!」

 ミーナの体から新緑色のアウラが立ち上り、上空一面に大小様々な魔方陣が浮かぶ。そこからガトリング、マスケット、リボルバーといった種々様々な銃器が生み出されていく。

 銃口に集まる新緑色のアウラ。あとはもう撃鉄を振り下ろすだけで、この場にいるマグティーノの軍勢を天から降る火の矢の様に貫いてくれる。そうすればこの戦いから解放されてアグニと一緒に帰る事が出来る。もう嫌な思いをしなくても済む。

 ならばやることは決まっている!

 しかしマグティーノは、膨大無数の脅威を前にして、怯えるどころか顔色一つ変えなかった。それどころか、ククッ、と声さえ漏らして笑顔を作っていた。

「いやあ、これも運命のいたずら。いえ、私が運命を従えている証拠なのでしょう」

 懐から取り出すのは一枚の紙切れ。それを手にするマグティーノは欠けた面から出る表情を享楽的な殺人者ものに変えて、一つの文言をいやらしく唱えた。

「吐き出しなさい――人形飛び出す驚愕紙ジャックインザペーパー!」

 中央に大きく描かれているのは九つの突起がある星形という、不思議な紋様を魔法陣に仕立てた図形。文言を唱え終った瞬間、それは魔力特性として珍しく、魔術として何一つ確立した魔法がない腐食に特化したバーガンディー色という、小豆色や赤茶色をもっと濃く曇らせた様な色のアウラによって用紙を抜け出し、中空へと立体化した。

 歯車が回る様に魔法陣が回転し、アウラの明度が高まっていく。

 ――何か、出てくる……!

 そう直感したアグニは、心臓を鷲掴みにされたような焦燥感を感じて叫んでいた。

「やるんだ、ミーナァ!」

 ミーナもやると決めていたのだから躊躇いが心にあっても、それを止める事はない。

 何もかもを振り切る様にミーナは〝銃火器精製魔法(イグニティア)〟を発動させようとして、


銃華大乱(じゅうかたいらん)――究極の(アルティメッ)…………………………………… え? 』


 その直前で。

 入ってしまった。

 ミーナの視界に入れてはいけないもの。

 眼に入ってしまったらミーナが壊れてしまうだろう、それが。

 ミーナの瞳に映ってしまった。

次回 「 終演への秒読み 」

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