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五話 『 過ぎ去った軌跡 』

 聞いた瞬間、ミーナの思考が真っ白になった。

 理解が出来なかったわけではない。混乱したわけでも、決してない。

 ミーナは、言葉を理解できてしまったから眼を見開いて呼吸を止めているのだ。

 言葉を聞いた男二人も、厳しい渋面を作ってしまう。いまこの場で聞かせて良い話ではないと直感するが、聞いた後に思っても何もできない。

「それって、まさか……あたし、を……?」

 闇の中でマグティーノは笑った。

「ええ、そうですとも。あなたが居たから、アルマディウス侯爵は首を縦に振らざるを得なかった。バナコーラ王が指輪を手にしたら国土も何もあった物ではない、酷い状況になるだろう事を分かっていて、あなたのご両親は民とあなたの命を天秤にかけたのです。そして民という多くの命を見捨て……あなたというたった一人を選んだ! 娘だから! 民を! 見殺しにして良いと! そう考えたのですよ!」

 闇の中で両手を広げ、快感を貪るように言葉を吐きだすマグティーノはしかし、興奮に荒れる呼吸を一度落ち着けて、ねっとりと再び口を開いていく。

「ですがね、あなたのご両親はなかなか研究を進めてはくれませんでした。あの薬品が足りない、あの機材を調達しろ……次から次へと注文をだすばかり。いつになっても進展の無い研究に、王様は遂にこんな命令を出したのです。――娘を斬れ、とね」

 聞いた直後、ミーナの肩がびくんと跳ねた。

 見る見るうちに顔が蒼白になっていく。

「まさか、背中の……」

「ええ、私がつけた傷です。……あの時の御両親の顔ときたら、ふふ、いま思い出しても笑いが込み上げてくる。しかもその後どうしたかといえば、おかしなことに一生懸命治療魔法を詠唱して助けようとしたのですよ? ふふ、ほらおかしいでしょう? だってあの時のあなたは、もう既に助かりようの(、、、、、、、、、、)ない傷を負ってい(、、、、、、、、)たというのに(、、、、、、)

 ふらっ、と瞬間的に足から力が抜けて、ミーナはアグニに手をついた。目の前の現実さえ、覚束なくなっていく。

「そ……、そんなの、嘘だもん……デタラメだもんっ!」

 けれど。

「何を言っているのです、嘘なんてつきませんよ。左肩から深く肉を裂いた一閃は右わき腹に抜けて、その間にある臓器や骨を全て両断していったのですから。そんな大きな傷、魔法でどうにかできる程度を越えているでしょう? 実際、剣先は心臓も捉えていて、あなたは殆ど即死だったはずですよ?」

「嘘だ! だったら何であたしは生きて―――――ッ!」

 そのとき、誰もが気付いた。

 ミーナの胸にさがった〝伝説〟が、一体どんなものだったか。

 マグティーノが笑う。

「気付きましたね? そう、あの時ご両親は使ったのです。我々には全然進んでないと研究の成果を偽っておきながら、一部ではあるけれど、指輪から伝説の効力を引き出してあなたを救ったのですよ。まあ、力の一部しか引き出せなかったからあなたの背中には大きな傷が残ってしまったのですが……。それからですよ。あの二人が従順な飼い犬になってくれたのは」

 それでも最後の最後で裏切られたときには逆に感心した物ですが、とマグティーノは言葉を続けて闇の中でため息を吐いた。

 つまりはそう言う事だった。

 ミーナの両親はミーナを守る為に仕方なく王の命令に従っていた。しかし従う中でもなんとか指輪がバナコーラ王へと返還されない様に策を尽くしてきた。だが、あまりに時間のかかる研究に業を煮やしたバナコーラ王は娘を斬れと命を下し、暗殺者がそれを実行した。ミーナの両親は娘を救うために、それまで隠してきた〝伝説〟の効力を暗殺者の目の前で発揮させて傷を癒して見せた。

 この話の中で一番の悪は誰だと問われれば、十中八九、バナコーラ王と暗殺者だと大勢の人間が答えるだろう。人質を取った上で強制的に当人が嫌がる事をさせるのは、悪というカテゴリに分類される行為だと誰もが知っているからだ。

 しかし。当事者でありながら、その自覚も無く過ごしていたと知らされた人質側のミーナは、どう思うだろうか? 傷が出来た時の記憶を無くし、暗殺者と両親の関係を少しでも疑っていたミーナが、感じることとは何だろうか?

 正当な怒りを感じられるならまだましだ。

 けれど、違ったら?

 あたしの所為だ(、、、、、、、)

 そう思ってしまったら?

 ミーナの顔がくしゃくしゃに歪んだ。

 カタカタと寒さに震える様に体を揺らして、アグニの腕にギュウッとしがみ付く。うわ言の様に小さく零れるのは「ごめんなさい」と「あたしなんていなければ」のたった二言。

 確かにミーナが居なければ両親たちは指輪の研究などしなかったかもしれない。

 でも、ミーナがいなかったとして、バナコーラ王からの命令を突っぱねれば変わらぬ未来があっただけだという事も事実だ。二つの道はどちらにしてもどろどろの糞尿に塗れた地獄にしか繋がっていなかった。

 けど、そんな事を理論的に説明したところで今のミーナに温かい物を届けられはしない。数字の上、サイコロを転がして出る目に意味づけをして、『この結果になったのは誰の所為でもない』『全部バナコーラ王が悪いんだよ』。そう言った所で現状の何かが変わる事はないのだ。

 ただ。

 それでも。

 この男は我慢ができなかった。

「おい……」

 ミーナの頭に手を置いて、顔中に太い血管を浮かばせて、引くつく口を動かすのだ。

次回 「 アグニ・セイティフスの魔力 」

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