六話 『 アグニ・セイティフスの魔力 』
「……おいコラどチンピラ。さっきから聞いてりゃぴーちくぱーちく……どう考えたって、テメェらが元凶じゃねか。俺の連れで気持ち良くなってんじゃねーよ、ド畜生」
「……汚い言葉だ。とても腹を立てている事が手に取る様に ―― 」
「黙れよ、糞虫。お前に発言なんて求めてねぇ。ただ一方的に教えてやる」
アグニは一拍の間を開けて呼吸を整えた。
「いいか? 俺はもうどうでもいい。お前ら暗殺者の事も、伝説の指輪なんてお宝も、グロウスの王様からの報酬も、何もかも全部、本当にどーでもいい。この襲撃の元凶だろう指輪だって、出来る事ならくれてやったっていいくらいだ。何せ――」
その瞬間、ミーナとジョイズ・モントレーの驚いたような視線がアグニに集まった。だが無視する。言いたいことは分かっている。
「――何せ、俺たちが求めた答えはもう判明していて、であれば他の国がどうなろうが、旅暮らしの俺たちには関係ねぇんだからな。これ以上は『お国同士』の範疇だ。おっさんには悪いが、お前ら暗殺者が目ぇ瞑ってくれるつぅならよ、俺が直々に〝尾を飲み込む円環の大蛇〟をくれてやる」
アグニはミーナの首に腕を回して身動きを封じると、言葉を証明するための行動として、その首にさがったネックレスを力任せに引き千切った。アグニの手の中に指輪と銀板が握りこまれる。何が起きているのか、理解も信じることも出来なくなっているミーナには目もくれず、アグニは腕の中の少女をジョイズ・モントレーに押し付ける様に突き放した。
「アグニ、お前は……」
今にも倒れ込みそうなミーナを受け止め、眉根を寄せて訝るジョイズ・モントレー。
けれどやはり、アグニは無視を決め込む。
「どうだ、指輪ぁ持って引き上げるつもりはねぇか?」
「この場になって、見逃せと? 我々が、自分の不手際を再び殺し損ねる形で?」
「ああ、そのつもりで言ってンだ。お前らの戦い方は陰険なんだよ。三者三様の殺気に、この場の暗さと臭い。雨の所為でぬかるんだ足場に、真実ってのを知ってボロボロになった連れ。これ以上こんな饐えた場所で戦いたくなんかねぇんだ。テメェらだって、俺たちにこれ以上手札を減らされたくはねぇだろう?」
「ええ、それは確かです。貴方たちの戦闘力には驚かされるばかりですよ。こんな場所でも無ければすぐにでも全滅させられていた。――ですが。そう、ですが。私がこう言ったらなんですがね、あなたは我々を信用できるのですか? 暗殺者である我々に指輪を渡しただけで、背中を向ける事が本当に出来るのですか?」
ここで。
「は? なに言ってんだ」
アグニは言う。
「テメェを信用なんてしちゃいねぇよ」
マグティーノの声が窺うような、あるいは試す様な色に変わった。
「なら……この交渉という茶番は何のために?」
アグニが待っていたのはここだった。
だからひっくり返す。
自分の言葉を、反転させる。
「いや、なに。お前の言葉を信じてみようと思ってな」
「は……?」
その場にいる全員、敵も味方も巻き込んで、全ての他者の思考に空白が生まれた。
その空白を――待っていた。
アグニの顔が悪鬼羅刹の如く変貌する。
体から、ユラァ、と深紅のアウラが溢れて、
転瞬。
アグニとジョイズ・モントレーの視線がぶつかった。
「ッ!」
強烈な悪人面で笑うアグニの視線を受けて、ジョイズ・モントレーは焦ったように表情を歪めた。そして咄嗟に自身の巨体を使い、ミーナを庇って地面に倒れ込んだ。
(そういう、ことか……ッッッ!)
そして、アグニが叫ぶ。
「テメェの言葉を信じてやるって ―― 言ってんだああああああああああああッ!」
直後――強烈強大すら超えた超絶的な魔力の解放が、世界を鳴動させた。
「 ォ ――――――――――――――――――― ッ !」
揺れるのは大地。
震えるのは大気。
目を閉じていても深紅が目に焼き付くのではないかと思える光量のアウラが、アグニの咆哮も雄々しく谷底を真っ赤に燃え上がらせるように染め上げる。
ミーナの慌てた悲鳴も、ジョイズ・モントレーの喉からしぼり出すような呻きも、マグティーノ等暗殺者の声も含めてヘルズネクトに住む魔物の雄叫びや驚愕に染まる咆哮も、一切合財をひっくるめて、それらは魔力の開放に伴う轟音爆音で打ち消され、あまつさえ、アグニの魔力はヘルズネクトの谷底を大きく抉って地形を見る間に変化させていった。
攻撃的変換などしていない魔力の純粋無垢な圧倒的破壊力。
その奔流の中にあってしかし、ジョイズ・モントレーは自らが体内に宿す夕焼け色のアウラを頑健強固に身に纏い、腕の中ですら耳に届かない悲鳴を上げるミーナを含めた自分自身を懸命に守り抜く。自分たち以外のことなど構っている余裕はなく、延々と続くようにも錯覚させる圧倒的な暴力の嵐が数秒。アグニが、自分の命すら危ういのではないかという程に放出させた魔力が、抉られた谷底に立ち込める瘴気を全て吹き飛ばした頃にようやく、それは終わった。
静寂すら口を噤むような、まっさらな空白が一時。
初めに体を動かしたのは、戦場という場所に慣れているジョイズ・モントレーだった――。
次回 「 暴威の結果 」




