四話 『 正当な怒りと這いよる足音 』
「いつまで黙ってんだ、根暗ぁ。喋んねぇってことはこのまま帰っていいって事か?」
「いえいえ、それは困りますよ、アグニ・セイティフス。それでは我々が王に殺されてしまう」
「ならさっさと言ったらどうなんだ? アルマディウス家を襲ったのも、今こうして俺たちを襲ってんのも〝伝説〟って冠付けた小さな指輪――〝尾を飲み込む円環の大蛇〟を手に入れる為だってよぉ。要はテメェら、指輪が欲しくて二日前に顔合せた俺とミーナを泳がせていたって事なんだろう?」
「……。ふむ、どうやら話の流れが分からない相手でもなさそうですね? それは師団長殿の口の軽さが原因か……今回のヘルズネクト探索には『秘密』の開示はなかったはずですのに。グロウス王に御叱りを受けてしまいますよ、師団長殿?」
「確かに、その通りだ。相手がどの様な者でも『秘密』の開示はしてはならぬ。でなければ、『秘密』は『秘密』と言わぬ何かになってしまうからな」
ジョイズ・モントレーは素直にその言葉を肯定し、けれど。こう続ける。
「だが、マグティーノよ。我はいくら『秘密』といえど、己の父と母の事を想ってヘルズネクトという危険な場所へと足を踏み入れた少女を前に、黙する事だけが全てではないと思うのだ。人と人、特に家族であれば、その繋がりはとても大事な物だろう」
秘密は守るのが当然。しかしその当然を曲げてでもなさねばならぬ事もあるのだと、ジョイズ・モントレーは言っていた。
だがマグティーノは、その言葉に呆れた様な息を吐きだして見せる。
「そうですか……。あなたがそう言うのなら、それが師団長殿という事なのでしょう。けれど、その考えは時に弱点になってしまう事も、お忘れなく」
「弱、点……?」
反応したのはミーナだ。その口ぶりは思わずと言った調子だったが、明らかな怒気が含まれていた。ミーナは力の籠った言葉を続ける。
「あ、あたしはモントレーのおじちゃんが話してくれたことに感謝してる。おじちゃんが話してくれなかったら、あたしは父様と母様があなた達の様な暗殺者と一緒に悪い事してたんじゃないかって……ほんのちょっとだけど疑ったままで、だから――ッ!」
「それ、ですよ」
マグティーノの言葉がぬるりと割って入ってきた。
「相手を想って自分の言動を変える……私には到底理解できない感情です。人間なんて結局は自分しか見ていない生き物ですよ? 良い事でも悪い事でも『自分がしたい』と思った事しか行動に起こせない。誰かを殺すでも誰かを救うでも、最終的な原動力は自分自身に何が返ってくるか……それが金銭といった物質的報酬なのか、誰かとの関係や自分の居場所といった精神的な物なのかの差はありますが、行着く答えは『自分自身』でしかないというのに」
「違う! 父様も母様もそんなこと考えてない! 父様も母様も、いつも言ってた。高貴な人間の務めの事。貴族はそこに暮らす人たちの生活と安全の事を考えなきゃならないって。だから二人とも、みんなの生活と安全をもっと良くする為に毎日頑張ってたし、みんなも父様たちに感謝してくれた! なのに二人とも、何も知らないあんた達みたいな暗殺者に殺されて……あんた達がお屋敷に押し入ってきた時だって、二人はあたしを逃がしてくれたのに……ッ! それを……!」
それは十カ月の間、知らずに心に溜まった汚泥を吐きだすような声だった。怒りや憎しみ、枯れたと思っていた悲しみが噴き出すような叫びだった。アグニの背中に張り付くようにして少しずつ移動していた足を止め、いつ襲ってくるかもしれない敵への恐怖を超えて、ミーナの想いがミーナなりの暴言となって溢れ出していた。
だが、マグティーノには届かない。少女一人の叫びで変わるような心など、最初から持ち合わせがない。だから、言う。決定的な事を。言えてしまう。
「ええ、何一つ知っている事なんてありませんし、知った所で私の考えは変わりません。それに、あなたが言っている『民の為の貴族の振る舞い』が完璧であれば、あなたのご両親は、初めから伝説の一つである〝尾を飲み込む円環の大蛇〟など、研究しなかったとは思いませんか? 大事な大事な民草を守る為、自分の命と妻の命、そして――」
ミーナの両親が隠してきた、たった一つの真実を。その娘の前で、わざとらしく。
「――あなたの命を差し出して、民を守ったはずではありませんか?」
「え……?」
次回 「 過ぎ去った軌跡 」




