二話 『 黒の猟犬 』
「――ああ、求めるとは儘ならないものです。ねぇ、アグニ・セイティフス? まさか〝黒の猟犬〟が半数、せっかく時間をかけて作った狂戦士も残すところ切り札のみになってしまうとは、いやはや、師団長殿がお強い事は存じておりましたが、アグニ・セイティフス、あなたがここまで強いとは。それに、そこの生き残りもさすがと言っておきましょう。アルマディウス家が集める魔法、確かに脅威です」
真っ暗というより真っ黒な視界のどこかから聞こえてくるねっとりとした声の主は、アグニ達の事を以前から知っているような口ぶりだった。
「初めまして、ではないので自己紹介はいりませんよね? 特に、師団長殿とは何度も顔を合わせていますし、あとの二人にしても、楽しいお喋りをしているのですから」
そしてそれは、声の主の言う通り、アグニ達にもどこかで聞き覚えのある物だった。手心なのか演出なのか、それまで襲ってきていた敵の攻撃が鳴りを潜める中、三人は周囲に探る様な視線をさ迷わせ、互いの位置を維持しつつもじりじりと森の出口に向かって移動しながら、聞き覚えのある声に当たりを付けるジョイズ・モントレーとアグニは、片や眉を厳しく寄せ、片や皮肉気に頬を釣り上げた。その後ろで捕食者の気配を感じた野兎然とした緊張を全身に奔らせるミーナだけ、アグニの背中に張り付くように隠れながら半べそを掻く。ミーナだけ声の主が誰だか分かっていない様子だ。
そんなミーナに服の裾を後ろから引っ張られながら、溜息と一緒に口を動かすのはアグニである。
「どっかで聞いたことがあると思ったら、おいこら、テメェか。確かにあの殺気は金勘定しているだけじゃ作れねぇわなぁ」
「それもこれも、そこの娘が生き残ってしまったが故の、やむない処置でして。と言っても、だから私たち〝黒の猟犬〟の新たな指針が定まったのですがね」
闇の中からきっちりと声が返り、その言葉にジョイズ・モントレーが反応した。
「ほう。貴様らは陛下が以前仰っていた通り、自国を裏切る積りだと、そう言うか」
「ええ、確かに。それを考えたこともあります。このまま逃げて違う国に雇われてもいいのでは、と。ですが、そんな事をしてバナコーラの怒りを買ってもつまらないですからね。これでも私は生きていたいのです――それに」
声の主は一拍言葉に含みを持たせてから、どろりと溶けた愉悦を吐きだす様に闇の中で口を動かした。
「私もこの仕事にそこそこの使命感というやつを持っていまして。そこの生き残りを始末しなければどうもご飯が美味しくないのです。仕事は最後まできっちり終わらせなければ駄目だと、今回の件で思い知らされました」
「下衆が……人を救わぬ暗殺などで食う飯が、旨いはずなかろう」
ジョイズ・モントレーは厳しく寄った眉をそのままに、嘆息も露わに首を振った。
「貴様の働きは我も耳にしていた。国境付近にある小さな村を、国営の力を使って多く救った手腕には陛下共々感心していたというのに……残念でならんよ、マグティーノ」
ジョイズ・モントレーが闇に紛れた声の主の名を口にした途端、
「え……ッ!」
ミーナが息を詰まらせるように驚いた。
つい最近テーブルを挟んで向かい合った人間が、自分の親を殺した張本人連中だと聞かされれば驚くのも無理はない。しかもそんな相手と言葉を交わし、その手で入れられた紅茶を飲み、笑顔を向けられていたと知れば、否が応にも吐き気が喉を這いあがる。
アグニの服の裾を強く掴みながら顔を蒼白にさせるミーナを、闇の中から眺めるマグティーノは、気分が悪くなりそうな色彩の仮面で隠れた口角をニタァと釣り上げた。それからジョイズ・モントレーに言葉を返す。
「残念? 何故です? いいえ、そもそも。私たち〝黒の猟犬〟が師団長殿の国に潜伏したのは、トルティーニ大陸は西方の殆どを国土として納めているから。グロウス城が見下ろす港町が、その中でも一番の大きさと活気を有しているからでしかないのです。一言で言ってしまえば、生き残りが立ち寄りそうな場所として、一番の有力候補だった。ただ、それだけですよ」
まあ、実際には十か月もかかっている訳ですがね。と、暗闇からの声は苦笑した。卑下した風のその笑いはしかし、どこか愛嬌のある物の様に暗闇の中を響き、その苦笑だけを聞いていれば悪い奴ではないような感じさえするから不思議だった。
アグニは、事実を知って驚いているミーナを庇いながら片頬を持ち上げる。
「ふん、暗殺者集団ってのは案外忍耐力があるんだなあ?」
「言わないでください。私も良く耐えられたと思っているんです。今こうしてあなた達を殺そうと戦っていて特に、ええ、思いますよ。やはり殺しは素晴らしい」
「おうおう、イカレてんなぁ」
アグニは下らなそうに笑って、しかし。こんな言葉を続けてみせた。
「……で、テメェらはなんで俺たちをいま襲ってやがる?」
「はい……?」
闇からの声が、疑問に詰まった。
アグニはおちょくるように言う。
「何だ、分からねぇのか? お前らは暗殺者なんだろ?」
「ええ、だから私は取り逃がした目標を殺しきる為に――」
「だからそうじゃねぇーって」
アグニは森の出口へとゆっくりと歩を進めながら、
「マグティーノ、俺たちは二日前にも会ってンだぞ? ミーナを、十カ月前に殺し損ねた標的を殺すだけなら、今日じゃなくてもいいはずだ。世界的にも危険な谷として知られるヘルズネクトで襲わなくても、城下町で事は足りたんだからな。しかも、この場には王国の騎士団長様までいる始末だ。今この場で襲い掛かってくる利点ってのが、お前が暗殺者っつー職業? に使命感を持っているなら余計に、見えねぇンダよ」
そこまで言って一度言葉を切るアグニは、もう一度闇に向かって質問した。
「もう一度聞くぞ――テメェら、なんで俺たちをいま襲ってやがる?」
次回 「 つまらない考察 」




