第五章 秤に載せる真実
死闘が始まって半刻が過ぎ、雨が降ってきた。
森の木々が密集して空を覆うこの場所でも、雨粒が体を打つことを防ぐことはなく、それは戦闘による興奮を冷まして冷静にさせてくれる物でもなかった。それどころか、常からじっとりと濡れている枝葉を伝って降るせいか、頬を打つ雨だれは気持ちの悪いぬめり気を帯びてさえいる。それは鬱陶しさより僅か苛立ちが勝ってしまうほどだった。
戦いの興奮により息を切らす三人は目に入りそうな水滴さえ拭えない、殺気が満ちる場所をじりじりと、少しずつ森の外へと移動していく。数レートル先も見通せず、強烈な臭気が充満するこの場所を、戦場に変えながら。
そんな状況の中で、アグニとミーナは敵の迎撃をしながら文句を吐いていた。
「くそったれ……雨まで降ってきやがったぞ」
「アグニィ、ちまちまは疲れたよ。一気にドッカーンってしちゃいたい」
「ああ、俺もいつもならそうしてらぁ」
でも、今はそれが出来ない。アグニは、頬に出来た切り傷から垂れる血を拭って言う。
「でもな、現状で敵が何人いるかも分かんねぇし、その敵がどこに潜んでいんのかも分からねぇ。ミーナが造る例のデカイ大砲ならこの森ごと薙ぎ倒すことも出来るだろうが、経験した感じじゃ、一発撃つのに数秒はかかってた。それじゃあ時間が掛かり過ぎる。一秒あれば人間は死ねるんだ。同じ理由でアルティメットな奴も駄目だ」
「なら、アグニの魔力をドーンってすればいいじゃん!」
「アホか。それこそ駄目だっつの。この森に入ってから泉までの距離は歩いた感じで500レートルはあった。けど、泉からここまで、やっと300レートルって所だ。残り200レートルの森の木を吹き飛ばせる魔力を解放なんかさせてみろ、おっさんはともかく、ミーナ、お前を吹き飛ばしちまう。つか、俺にそんな魔力があるかも怪しいし、万一それがどうにか出来る状況になったとして、森の外で待機している奴らが居たらどうすんだ? はっきり言って、相手の数が分からないうちにンなこと出来ねぇンだよ」
「うぅ……だってぇ」
そんな会話を交わしつつ、襲い掛かってくるモンスターを千切って投げるアグニ。比喩ではなく、植物系モンスターや虫系モンスターの蔓草や節くれ立った手足を、気持ちの悪い音を立てながら言葉通りに引き千切っていく。闇に浮かぶ深紅のアウラに照らされたアグニの顔は、戦い方が戦い方なぶん、良く言っても悪魔の様だとミーナは思った。
替わって、人の腕がその足の代わりに生えている猿の頭をした蜈蚣を縦に切り裂くジョイズ・モントレーが、戦況の在り様に苦言を呈す。
「だとして、どうする。このまま進み森から出られても、言うとおりに大勢で待ち伏せされている可能性はある。ならば、こちらも策は必要だ。策もなく、無闇に戦い続けてよい物でもなかろうよ――ぬうぅぅぅううんん!」
言葉の終わりに飛びかかってきた狂戦士に大剣を振りぬき、けれど右腕一本を切り落としただけで狂戦士はまた闇の中に姿を隠した。直後にダグが数本、高速で飛来する。ジョイズ・モントレーは振りぬいたままだった大剣を強引な腕力で引き戻して弾こうとするが、そのうちの一本を見逃してしまい、鎧の隙間、左肩を浅く抉られて血が舞った。
「ぬう、厄介なことこの上ないな」
狂戦士の強襲とヘルズネクトに住むモンスター共の奇襲に加え、気配の無い暗殺者集団の間隙をついた襲撃に、ゴーレムの様な頑強な体躯を有するジョイズ・モントレーも、少しずつダメージを負っていく。
それは体の大きさに比例している訳ではない。
単に相手の攻撃タイミングが読めないからだ。
軍隊の様に決まった連携で襲ってきてくれているのなら幾らでもやりようはあるが、自分の身さえ顧みない三者三様の敵の動きに翻弄されているうえ、数レートル先も見通せない暗闇と強烈な臭い、雨粒の不快さが冷静になろうとする心を否応なくささくれ立たせ、判断を狂わせる。人はどれ程達人と呼ばれる領域になろうが、不利な状況で命のやり取りを強制させられれば、戦況の不条理さに苛立ちを隠せなくなるし、苛立ちは隙に繋がってしまう。それこそが未熟だと言われればそれまでだが、しかしそんな状況の中でもミーナには掠り傷一つ付いていないのだから、アグニとジョイズ・モントレーがどんな戦い方をしているのかは分かるだろう。
「っ、たくよう。文句の言葉も品切れだぞ、くそったれがぁ!」
言いながら苛立ちも大きく敵を殴り倒すアグニに、中空に浮かばせる魔法陣も大きく〝銃火器精製魔法〟で敵を打ち抜いていくミーナは、もう一度言う。
「アグニィ、やっぱり一気にどかーんってやっちゃおうよぉ……」
だが、熊の頭蓋が連なった様な芋虫を蹴散らすアグニは、やはり提案を受け入れない。
「だからさっきも言っただろう。それは無理なん ―― 」
「それでもッ!」
それは、唐突な叫びだった。
アグニとジョイズ・モントレーを驚かせるには十分な、痛みを伴う悲鳴だった――。
次回 「 感情と責任と大きな背中 」




