四話 『 懐かしい声 』
それから少しばかりの時間が過ぎて、ミーナとアグニの言い争いがひと段落してから、ジョイズ・モントレーは気遣いという優しさを手で制した。
「すまぬな、ありがとう」
ミーナは手を引っ込め、心配げに首を捻る。
「もう平気ですか?」
「ああ。これでも近衛師団長を務める身。拳一つでどうにかなるほど、やわではない」
気持ちを切り替えるつもりも込めてそう言葉にし、それから泉の中央、水中で静止する気泡を指差した。
「現状から鑑みるに、あれが目的の物だろう」
ミーナとアグニがそれに続く。
「この結界――〝聖域結界〟の効果を考えれば、態々隠しておく必要がないですから」
「俺は結界云々の学はねぇけど、まあ、だろうな。この状況を見れば察しはつく」
「なれば早々にあれを入手し、国へと引き返すのが得策という物だ」
「じゃあ、早く取ってこなくちゃ」
「そうだな、早く取ってこねぇと」
「今にも取ってくるのが良かろう」
沈黙が一拍挟まった。
「で、誰がとってくるの?」
「俺は嫌だぞ。濡れるし」
「我の鎧は黒竜の鱗と胸肉という、火炎竜に類する品が入っている故、水は避けたい。無論脱げばよい事だが、万一という事もあるかもしれんからな。悪いが頼めるか?」
「ミーナ、行ってこいよ。下、ショーパンなんだし」
「そうか、では頼む」
男たちは、面倒なことをメンバーの中で一番年の若い女に丸投げした。
「なんでよっ!」
「ここはほら、若者に人生経験を積ませようという年長者の心配り的なアレだ」
「このような時には便利なものだな。年長者の言葉という物は」
「むぅーーーーっ!」
なははー、と笑う二人を見て、丸投げを撤回するつもりはないらしい事を悟ったミーナは頬を膨らませる。
「いいもん。あたしが行くもん。行ってやるんだからっ」
言いながら地面に尻をつけ、両方で十本以上あるブーツのベルトを文句言いながら外して靴を脱ぐと、濡れないように外套も外して、足をそっと水につけた。泉の水はひんやり冷たかったが背筋を震わせるほどではなく、膝下程までと深くない水底に生えた草たちが下ろす足をくすぐるように優しく支えてくれる。綿毛の様な妖精たちが興味津々といった様子で踊る様に近寄ってくるのが、何となく嬉しかった。
「ふふっ」
ミーナは足元の感覚にクスクスと忍び笑って、もう片方の足も泉につける。足首をさらさらと、足の裏をチクチクとじゃれつく水草の感触。泉は、周囲よりも露草色のアウラが濃く出ていて、全身を包むようだった。
(父様のアウラ。やっぱり、あったかいなぁ)
アウラ自体に温度などはない。だが、露草色に輝く水面にいつの日かの郷愁を少しだけ感じるミーナは、ほっとした気持ちで泉の中心に向かって一歩一歩ゆっくりと進んでいけた。
そして――。
「これが、〝尾を飲み込む円環の大蛇〟。あたしの家族が、死んじゃった元凶」
気泡へと、世に伝わる伝説へと、たどり着いた。
呟くミーナは泉の中で膝立ちになって、気泡を、正確に言うなら〝聖域結界〟による魔力で出来た封印球を――しかし、他人事のように見つめられていた。
実感が湧かないという事ではない。気泡に包まれた小さな指輪が家族を殺したのではなく、バナコーラ王が、そしてアグニと出会ったあの日に後を追ってきた暗殺者達が、家族を殺したのだという事をしっかりと理解しているのだ。
「きっと父様は、これを隠すことで沢山の不幸を起こらないようにしたんだよね。民とその生活を守ることが高貴なる人間の務めだって、いつも言っていたもんね」
それどころか。ミーナは水中に浮かぶそれをそっと泉の中から掬い上げて、優しく自分の胸に抱くことすら出来ていた。父の行いが間違っていない事を誰よりも知っているから、ミーナは父の想いを抱きしめられるのだ。
「でもね、父様。あたしは少し、寂しいよ」
そのとき、わっ! と。
結界内を染める露草色のアウラの明度が上がり、泉の上を舞っていた妖精を一斉に色めき立たせた。
直後、どこからともなく男性の声が聞こえてくる。
『やあ。久しぶりだね、ミーナ』
瞬間、ミーナは息を詰め、目を大きく見開いていた。
次回 「 夢とうつつの狭間 」




