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二話 『 真実の側面にある事実 』

「内通、とは少し違うが、大方は正鵠を射ている」

 ジョイズ・モントレーは首だけで振り向き、視線と頷きで二人を呼んだ。アグニとミーナは互いを見合って、それから数歩先の泉に近寄る。露草色のアウラに輝く水面に自然と視線を滑らせれば、凪いで水鏡のような泉の上を、綿毛のような妖精がふわふわと飽きることなく踊っていた。

 そしてその奥、水底に沈む魔法陣の直上に、奇妙なものがあった。

 水中に留まる気泡、とでも言えば良いか。

 気泡の中には、白金に輝く指輪のようなものが見えている。

「内通とは少し違うと言ったのは、正確に十六カ月前から数か月、陛下へとアルマディウス家当主からの一方的な書状が、何通か届けられたからだ」

「父様から?」

「うむ。配達人無き手紙(ポストマンフリー)という特異魔法で届くその書状には、こう書かれていた」

驚かず、心を落ち着けて聞いてくれ……と続けたジョイズ・モントレーは、一拍逡巡するような間を開けてから、ゆっくりと静かに話し始めた。

 

――伝説の魔具〝尾を飲み込む(リング・オブ・)円環の大蛇(ウロボロス)〟を、バナコーラ王が見つけてしまった。

――幸い、伝説にある効果を発揮させる為の研究として、当家が預かっている。

――だが私は、この魔具を王の手に返したくはない。故に、ヘルズネクトへと隠す。

――念を入れ、私の持ちうる内で最高の結界を築くが、それも長くは持たないだろう。

――良き王と名高いグロウス王を見込んで、御願いする。

――どうか〝尾を飲み込む(リング・オブ・)円環の大蛇(ウロボロス)〟を、バナコーラより先に見つけ出して欲しい。

――そして出来ることならば、二度と人の目に触れぬよう、処分してもらいたい。


「陛下も初めは信じることが出来なかったと仰っていた。それも当たり前だろう。多くの高名な魔術師、祈祷師、錬金術師が生涯を費やしてさえ、永久(とこしえ)生命(いのち)を手にすることは未だ叶っていないのだからな。〝尾を飲み込む(リング・オブ・)円環の大蛇(ウロボロス))〟も、求めても手に入れられないからこそ、人の口から伝説として姿を現した話だろうという考えが一般的だ。それに、処分して欲しいなら詳しい隠し場所をはじめに言うはず――聡明な陛下であっても、そうお考えになったのだ」

 そこまで言ったジョイズ・モントレーは呼吸を一度挟んでから、「だが」と続けた。

「最後に届けられた書状を開けられた陛下は、深い後悔に渋面を作っておられた」


――自分勝手な願いも、この手紙で最後になるだろう。

――私が〝尾を飲み込む(リング・オブ・)円環の大蛇(ウロボロス)〟を隠したことが、王の知る所となった。

――近く当家は取り潰される。その方法も穏便なものではないはずだ。

――おそらく私は、娘の生まれた日を祝うことなく、殺されるだろう。

――グロウス王よ。到底信じられぬ事だろうが、信じて欲しい。伝説は実在したのだ。

――世に広く伝わる伝説とは若干意味合いの異なる方法で、永遠は形作られるのだ。

――そしてその永遠をバナコーラが手にすれば、世は混沌に覆われてしまう。

――だからどうか、グロウス王よ。この世が混沌に覆われぬ為、願いを聞いてほしい。


「その手紙には一枚の写し絵が同封されていた。今では見違えるほどに女性らしくなっているが、おそらくミーナ、そなたの幼い頃の写し絵だったのだろう。陛下から特別に見せてもらったそれには、侯爵夫婦とおぬしが幸せそうに笑っていた事を、一年たった今でも覚えている。そして思ったのだ、これは嘘をつく者の顔ではない――――と」

 しゃがみ込むジョイズ・モントレーは、眼の中にその時の記憶を浮かべ、ふと己の武骨な手に寄ってきた妖精を遊ばせる様に、微か指を動かした。

「思うに、詳しい隠し場所を記さなかったのは、それがどんな方法かをもっても他へと流れ出ない為の措置であり、写し絵が古い物だったのにも、愛娘を気遣う意図があったのだろう。――我らがおぬしの父君の言葉を信じ、何かしらの手を打てていれば、アルマディウスの家はバナコーラにほろぼされずに済んだかもしれん。なれば、我が頭を下げるのは必然と、そう思うのだ」

 言い終わり、ジョイズ・モントレーは妖精を見つめ、口を閉ざした。

 ふわふわと漂うだけの妖精は、ただふわふわと辺りを舞っている。

 ミーナは、語る男の横顔に何を見たのか、その声に何を聞いたのか。ぎゅっと閉ざされた口を開こうとはしなかった。ただ、アグニの手を強く、握っていた。

 これが、ミーナの親が殺された理由だった。

 情報を得てから三日でその実を知れてしまう、ちっぽけな理由だった。

 これは、間違いなく悲劇だろう。

 だが、あまりにもどう表現して良いか分からない結末だった。

 確かに、ミーナの父親は結果として善い行いをしたのかもしれない。

 けれど、やはり結果として、ミーナの父親は危険だと分かり切っていた行動で自滅したと言うことも出来、あまつさえ、自分の妻と娘まで巻き込むという最低な行いだったと断ずることも出来るものだった。

 こんなどうしようも無い結末を、どう表現すればいいのか。

 真実を求めたミーナ自身にも、それは分からなかった。

 だから、沈黙が悲鳴を上げる。口を閉ざして俯くミーナに、真実が重く圧し掛かる。

 アグニの手を強く握る力の内には、一体何が宿っているのか――。

 そんなミーナに視線だけを向けるアグニは、自分勝手な考えを脳裏に奔らせるしか、出来ることはなかった――。

次回 「 危うい強さと支えの強さ 」

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