一話 『 胸を張ってもオコチャマン 』
「ばれて、る……?」
ジョイズ・モントレーを驚いたように見た後にアグニの顔を窺って、不安げに瞬きを繰り返すミーナ。絶対にばれないと思っていた嘘が明るみに出て戸惑っている幼子の表情、と言えば良いだろうか。そんな顔で見上げられれば、アグニだって溜息を吐きたくなる。
「格下げだ、オコチャマン」
「あぅ、オコチャマンじゃないもん」
言いつつ、ミーナはジョイズ・モントレーから隠れるようにアグニの陰に移動して、
「オコチャマン『改』だもん……」
どうやら自分がオコチャマンだという事は認めたらしい。
「でも、なんで? お父様の名前とか言ってないし、家名も話してないよ?」
本当に不思議そうに首を傾げるミーナに、アグニは軽い頭痛を覚えた。半眼になりつつ、自分の腕の下からひょっこりと顔を出すミーナを見る。
「昨日、自分で言ったんじゃねぇか。メイド長とか隠し通路とか。そんなのが居たりあったりする家はどう考えても一般階級の家じゃねぇよ。そりゃ中流階級の家でもメイドは居るかもしれないが、『長』を付けるほど人数は雇えねぇだろうさ」
「ああ、なるほど」
「今度からは、もう少し考えてから言葉ってもんを口にしような、オコチャマン」
「むぅー、うっさいし、アグニのあほぅ」
自分の失態に気づき、ちょこんと下唇を尖らせるミーナ。どうやら不貞腐れたらしい。
会話を聞いていたジョイズ・モントレーは口元を軽く持ち上げてのっそりと立ち上がると、二人に、正確には、怯えたように体を隠すミーナへと向き直った。
「怯えることはない。そなたのネックレスに浮かぶアウラの色と、上空から見えたこの場所の光点の色が一致した時には確信に近い予測は立っていた。そなたが語った言葉が駄目押しになったことは否めないが、何かをする気ならば既に行動を起こしている」
その言葉に、ミーナはアグニを見上げる。目に浮かぶ色は「本当?」と保護者に尋ねているようなもので、保護欲を掻き立てられるのは何もアグニが特別だからではない。
「さあな。おっさんは騎士様だ。きっと俺には分からん崇高な使命があるだろうさ。でも、俺から見た感じで言わせてもらえば、義務感や正義感しかないような騎士連中とは違うんじゃねぇかと思うね。言ってみりゃ、融通は利きそうな騎士様って感じだ。そこだけは間違いねぇと思うぞ」
まだ丸一日にも満たない時を過ごしただけではあったが、アグニはジョイズ・モントレーという男を見て、そう思っていた。それは、ミーナを国の駒にせずとも今回の作戦を成し遂げて見せるという覚悟だった、と。
「だから、ンなに怖がらなくって平気だ。売り飛ばされやしねぇよ」
「うん、わかった……」
二人を交互に見やって小さく頷くミーナは、おずおずとアグニの陰から出てくる。
「内緒にしてて、ごめんなさい」
アグニの服をちょこんとつまみながら、しょぼくれた顔でミーナは謝った。
謝られた当のジョイズ・モントレーは、その様子に苦笑いを浮かべるしかない。
「気にするなと言っている。そなたらはそなたらの事情で情報を隠したし、情報を隠さざるを得ない状況を作ったのは、そなたらではないのだ」
それに、と言い置いて、ジョイズ・モントレーは目を伏せて重く口を開いた。
「我々こそ責められて然るべき立場にいる。そなたの父君がアルマディウス侯爵であるならば余計に、頭を下げるのはこちらという物なのだからな」
言葉を聞いて、先に怪訝な表情を作ったのはアグニである。
「待てよ、おっさん。そりゃどういう意味だ?」
ミーナの頭にポンと手を置いて、
「こいつのオヤジがアルマディウス侯爵だったからって、なんでおっさんが謝るんだよ?」
問われたジョイズ・モントレーは、何とも言えない表情で数歩先に湧く綺麗な泉まで歩くと、ゆっくりと中を覗き込んだ。水草に覆われた水底に沈むのは、亀甲竜の蝸牛の甲羅を加工した〝聖域結界〟の核となる一つの魔法陣。さっき足元にあったそれとは少し形の違う物だった。
「逆に問おう。我らがこのヘルズネクトへと赴いた理由が、ここに隠された『秘密』を見つける為だとして、何故その『秘密』がここに隠されていると知ることが出来たのか。そして、何故我々国の防衛力である騎士らを魔の谷である此処に向かわせてまで、その『秘密』をバナコーラより早く手に入れようと躍起になっていたのか、と」
「そんなの簡単です」
言ったのはミーナだ。つい際程までの怯えた様な、あるいは遠慮しているような表情は消え、胸を張った自慢気な口ぶりでドヤ顔を作っている。
「バナコーラの王様は強欲の化身なんて言われてる人だし、父様が隠した『秘密』が何であっても、王様に渡しちゃいけないものだって思ったから、グロウスの王様は一生懸命になって探してるんです。違いますか?」
ふふん、と鼻を鳴らして見せる。どうやら自分の答えに絶対の自信があるようだ。
けれど悲しいかな。二つの質問に答えが一つでは、あまりにもお粗末だろう。
「だからお前はオコチャマンなんだ……いや、バブチャマンだな。ばぶー」
はあ、と溜息をつくアグニは「そういう事か」と呟いた。
「つまり、内通してたってことか。こいつの家――アルマディウス家と」
次回 「 真実の側面にある事実 」




