第四章 アルマディウスの魔法
そこは谷底にある昼でも暗い森だった。
昼でも薄暗くなるほど深い谷底に密集して生い茂る草木は異様な形と強烈な臭いをしていて、じっとりと濡れているのか不気味にてらてらと光を反射している。
もちろん、陽の光を反射しているのではない。深い谷の底にある森の中だ。太陽の光など届くはずがない。濡れた草木が照り返すのは脅威を含んだアウラの光だ。
木々に隠された魔物達の咆哮も近く、真昼の闇とでもいう暗さが纏わりつく樹木の陰には、ミーナの新緑色のアウラが〝銃火器精製魔法〟の陣を浮かばせ、その周囲にアグニの拳に揺らめく深紅と、ジョイズ・モントレーの大剣が纏う夕焼け色が奔っている。
突然の襲撃。
それはいつか見た黒ずくめの暗殺者然とした連中と、ヘルズネクトに元々いる魔物。そして、城門前広場に狂戦士として現れた人の形をした兵器の集団だった。
本来ならば負けることはもちろん、押されることなどない相手だ。それは広場でのジョイズ・モントレーや、豪放の魔蛟竜から逃げる際のミーナとアグニの能力を見れば分かるだろう。事実、戦闘力や破壊力という点で、襲われている三人は他を圧倒できる力を持っている。
だが、アグニ達三人はいま、苦戦をしていた。いや、苦戦を強いられていた。
三人に対してあまりにも多い人数差での戦いに加え、闇に近い視界と強烈な臭いは五感の内の二つを潰し、殺気を消しながら戦う暗殺者と殺気しかない狂戦士の組み合わせは、鋭敏にさせようとする感覚を否応なく狂わせてくる。そのうえ、魔の地と呼ばれるヘルズネクトに住む強力な魔物や獣が敵味方問わず襲ってくるのだから、苦戦を強いられるのは必至だった。
しかも、敵にはアグニ達を感知する術がある。だからこそ、この悪環境でもアグニ達を正確に襲うことが出来ているのだ。
「ったくよう! こうまで戦いにくいと苛々してくる――なっ!」
アグニが言葉と一緒に狂戦士を殴り飛ばし、
「アウラの光があってやっとなのに。どうして相手はこっちが見えるのよッ!」
ミーナが殴り飛ばされた狂戦士を〝銃火器精製魔法〟で狙い撃って、
「恐らくではあるが〝白夜目の猫草〟を使っているのだろう。あれを使えば僅かな光で昼間の様に視界を確保できると――ぬぅん!」
ジョイズ・モントレーが夕焼け色に濡れる大剣で切り裂いていく。
一騎当千の三人が、一人を三人で倒さなければならない状況は相当なストレスを伴い、けれど戦いにくいからと言って殺されてやるわけにはいかないかず、三人は本当に少しずつ森の出口へと戦いの場を移しながら、闇から襲いくる敵を協力して倒していくしかなかった。
もし嗅覚も視覚も自由にならないこの場所で完全な逃げに回ったら、この悪環境でも襲ってこられる相手にどうぞ殺してくださいと言っているようなものだ。
だから三人は戦うしかない。この危機を乗り越えるまで。
相手の命を、人という形の生き物を、殺し尽くしてでも――。
†††
四半刻ないし半刻ほど前のこと。
この世界の不運と称される豪放の魔蛟竜から逃げ切った日の翌日は、早朝から近衛師団長のジョイズ・モントレーが空から見た露草色の光を目指して進んだ。その後ろからのんべんだらりとしたアグニが、さらに未だ光るネックレスを首に下げたミーナが続き、三刻ほどの時間をかけて歩き進んだり魔物を倒したり腰に下がった小さな皮袋から干し肉を取り出して三人で噛み千切ったりして、今ようやく、闇と表現して何の違和感もない暗さと、鼻が曲がる強烈な臭いに覆われた森の、奥深い目的地に辿り着いたところだった。ちなみに、口にした干し肉は猪のもので、睨めっこまでして順番を決めた牛と豚の干し肉は、豪放の魔蛟竜から逃げる際に落としてしまった荷物の中だったりする。
さて。
目的地である森の奥深くに辿り着いた三人はと言えば、一様に吐息を零していた。
それぞれの口から漏れる吐息が意味するところは、気の抜ける感嘆か、純粋な驚きか。
「すげぇな、こりゃ」
アグニが呆きれた様に呟き、森に入ってからは常の様にその腕に張り付くミーナもその言葉に頷いた。
「不思議だね。今まで通ってきた森は、すごく暗くて、嫌な臭いがして、とっても怖かったのに、ここはほんのり明るくて、ちょっと温かくて、いっぱいほっとする」
目の前に広がるのは露草色のアウラに包まれた小さな空間と、中央に湧く小さな泉。
泉の直径は四レートル程で、周囲に開けた空間の半径は十レートルもない。
露草色のアウラを反射して輝く水面の直ぐ上には綿毛のような見た目の妖精が舞うように飛び、周りの大地は色鮮やかな草花に覆われている。香りも涼やかな空気はどこまでも澄んでいて、この場所には命が満ちていることを大いに謳っていた。まるで今まで通ってきた森の不快さが、この為の舞台装置だったのではないかとさえ思わせられる神秘が、ここにはあった。
「うむ、まさに驚愕だ。しかし、何がこの森を……ん?」
足元に何か見つけたジョイズ・モントレーは、不意に屈んで草花をそっとかき分ける。
「ほう、〝聖域結界〟か。さすがアルマディウス家は前頭首。噂に違わぬ」
見えるのは、苔むした色が特徴の亀甲竜の蝸牛の甲羅から造られた魔法陣。
見回せば、同じ魔法陣が円を描く様に等間隔で草の隙間から見え隠れしている。
「我も見るのは二度目だが、ヘルズネクトの底にある魔障に穢された森の一部をこうまで清められるとは。――ミーナよ。そなたの父君は素晴らしい人物だったのだな」
ジョイズ・モントレーは無骨な指で魔法陣を撫で、もう一度「素晴らしい」と呟いた。
その呟きにミーナはくすぐったい様な、誇らしい様な気分になって、にへへーと小さく笑った。
〝聖域結界〟とは、邪な意思を退ける退魔結界であり、結界魔法類の中では最上位に位置する魔法だ。結界内に封じ込める物を邪な者から認識できないようにし、ふいに迷い込むこともさせないように空間をループさせ、本当に必要と求める者だけを受け入れるというもの。欠点としては、結界を起動させるときに供給する魔力の量で起動期限が決まってしまうという所だ。
と、ここで。
「ん? えーっと、あれ……?」
ミーナは、やっと気が付いたのだった。
アルマディウスの家名と自分の関係。
それが、王国の騎士であるジョイズ・モントレーに、ばれていることに。
次回 「 胸を張ってもオコチャマン 」




