八話 『 もう一つの戦い 』
アウラの小さな光が、腰にさがった硝子の兎から消えて十分。
今はベッドの上に居る女だが、救護員が駆けつけた時には〝B24〟と呼ばれる隠れ家の床で大量の血を流したまま横たわっている状態だった。体に付けられた傷は数十に及び、部屋中が血の臭気に満ちていたほどだ。
ベッドに移された女の周りには数名の救護員と王国騎士という丸一日ぶりの他人の姿があり、生死の境を彷徨っていた女にとっては、やっと気を休める事が出来る状況になっていた。
「まったく、酷い怪我だ。これで死んでいないとは、相当な悪運の強さだよ、あんた」
救護員の一人は的確な処置を手早く施しながら、感心と呆れの中間あたりの声を漏らす。
「って、この傷じゃ声は出せないか。いや、それでも大したもんだぞ? 丸一日、自分の魔力を回復に回していたんだろうが、よくそんな気力が持ったよ。さすがは隠密だ。少しでも回復をしない時間があれば死んでいただろうから、その判断は正しかったんだ。けど、いやはや、本当に魔人並みの精神力だと驚くばかりだがね」
話しかけている救護員が女の体中に包帯を巻き、周囲に立つ連中が失血で半分ショック症状を起こしかけている肉体に、真聖典八章十三節という回復魔法で生命力を補填していく。
「にしても、グロウス陛下直々の命令とは恐れ入ったぞ? 隠密はその特性故に〝いつ死んでもおかしくない措置〟が施されているもんだが、まさか、陛下との直通回線を持たせられているとはよ? よっぽど信頼されてんだな、あんた。そのおかげで、俺は救護員としてあんたの命を助けられているんだから万々歳ではあるが。本当に、俺は今日という日を信じられんよ」
棺桶から這い出てくるアンデッドの様に女の体を包帯でぐるぐる巻きにした救護員は、水で薄めた虹のような色の薬を最後に飲ませて、ベッドからシーツをはぎ取り、簡易的な担架として使用した。
途端、薬の所為か、他人の言葉に安心したからか、女の意識が一気にぼやけ、思考する事さえ出来なくなる。
救護員の声が続いた。
「なんだ? そんな心配そうな目ぇして。任務の事で不安があるのか? はは、安心しなよ。数時間もあれば肉体も魔力も元通りだ。あんたの様な魔人並みの精神力がある奴なら、もっと早く回復するかもな。――ここだけの話、本当なら、さっきのは王族にしか使わない薬だったんだぞ? そのくらいの効果はあるんだよ。陛下直々の命令だから使ったがな――。だから、今は眠っておくことをお勧めする。あんたの任務がなんなのかは知らないが、死んだら元も子も無いだろう。第一、あの薬を使って死なれたら、俺の首が飛んじまう。俺の首を繋げるためと思って今はゆっくり――………………」
女の意識が完全に眠りに落ちた。
それを確認した救護員は、鋭い視線に危機感を混ぜ込んで静かに叫んだ。
「急いで城へ運べ。ルート324から606を迂回。111を突っ切れ。この状態だ、どこにこれをやったやつがいるかわからねぇんだ。慎重かつ丁寧に、そのうえで全速力を発揮しろ。聖典詠唱間違えんなよ? 万一にも間違えたら患者が死ぬと思え」
直後、女は騎士らの手で運び出され、城へと搬送されていった。
話しかけていた救護員は女の包帯の下を思い出して背中を震えさせる。
数十か所の鋭い切り傷。
ナイフで全身を撫で切られた様なその跡は、目を背けたくなるほどだった。
拳が知らずに握られる。
(必ず助けてやる。陛下に言われたからじゃねぇ。人が死ぬのは見たくねぇからだ!)
自分の仕事に誇りを持つ救護員は、己が立つべき戦場へ向かう。
断つためではなく、その命を未来へ繋ぐための、戦いの場へ。
次回 第四章 ―― アルマディウスの魔法




