六話 『 確かめる肩肘 』
さっきの話と今の態度を合わせて見れば、男二人にとって無理矢理感は拭い切れないものだった。
自分の誕生日が両親の命日で、それが襲撃によるものとなれば、なんともやりきれない感情だって湧いて出る。
けれど、今のミーナは笑っているのだ。
笑顔を作れる程度の明るさを取り戻した彼女の表情を同情などで曇らせたくないと思う男二人は、互いに横目で視線を交わすと、話を進める為の会話を再開させる。
「そうか。ならば話は早い。そのネックレスを覆うアウラの色、先ほど豪放の魔蛟竜から逃れる際に大空を舞ったとき、谷底の小さな森にもそれと同じ色の小さな光点を見た。まずはそこを目的地と決め、歩を進めるのが良いだろう」
それから鼻から息を抜くジョイズ・モントレーはしばしの間をとると、自分の額に手を置いて、今度はわざわざしどろもどろに言った。
「あー、そなたの親御殿がどのような意図でそれを渡したのか我には皆目見当もつかぬが、えー、偶然にもヘルズネクトの奥深かい地にもそれと同じアウラの色が見えたのだ。うー、ひょっとすれば、それは、そう、あれだ、神の導きかもしれんからな」
言い終わり、ジョイズ・モントレーは自分の言葉にうんざりしたような顔で片頬を持ち上げた。ミーナに気づかれなよう静かに笑うアグニに『これでよいな?』と疲れた様に視線を投げれば、肩を竦めた苦笑いを鼻に掛けて笑い飛ばされた。
アグニはミーナの頭にポンと手を置き、そのままくしゃくしゃと撫でまわす。
何故って――誰だって〝誕生会〟に〝メイド長〟に〝隠し通路〟などという単語を羅列されれば、生まれを知る事は出来る。それがヘルズネクトに関わるとなれば、その家名を推測することに難があろうはずがない。
ああ、この少女はアルマディウス家の娘なのか、と。
本来ならば、王国騎士であるジョイズ・モントレーが事実を知ったからにはそれ相応の対処をするべき状況だ。だが、現状が現状なうえに訥々と自分の過去を語るミーナの幼い表情を目の当たりにすれば、人情という胸の温度も高くなるのが人の性。
だからアグニは安堵半分呆れ顔で、事実を飲み込んでくれるジョイズ・モントレーに肩をすくめて見せることが出来るのだ。当のミーナは自分がいま何を言ってしまったのかなど少しも気付かず、露草色に光る銀板を眺めながら、頭を撫でられているが。
「んじゃ、出発しようぜ」
疲れたないし呆れた様な息を吐いて、撫でる頭から手を放すアグニ。
「向かう場所は決まったんだ。だったらのんびりしてる時間が持ったいねぇ」
「うむ、言うとおりだな。空から見た限りではそう遠くでもなかった。今日は進みながら休める場所を探し、細かい位置は明日、明るくなってからだ」
ジョイズ・モントレーはそう言って大剣の柄に手を置くと、太陽が進む光景に背を向けた。東西に裂けるヘルズネクトの進行方向へ目を向け、注意を喚起させる様に言葉を繰る。
「ここから先、何が起こるか我にも分からん。ここは魔の谷と呼ばれるヘルズネクトの深部にあたる場所だ。豪放の魔蛟竜などという出会ってはならない伝説級の化け物が数多く闊歩する場所かもしれん。注意に注意を重ねなければ――」
唐突にゴツン、と。黒金の鎧に包まれたゴーレムのような肩を、アグニは軽く殴った。ついでに、ミーナの尻もポンと押して、可愛らしい小さな悲鳴と一緒に足を出す。
「わーってるよ、おっさん。話がなげぇ。考え過ぎたってきりはねぇんだ。とりあえず、やれることをやってみようぜ? オコチャマンにだってそのくらいわかる。なあ?」
そう言ってからりと笑うアグニに、オコチャマンじゃないもん! とミーナが自分の尻を押さえて、その後を追う。
そんな二人に目を丸くするジョイズ・モントレーはしかし、確かにその通りだなと、無意識に肩肘を張る為に吸い込んだ息を抜くことが出来た。
(考え過ぎてもきりはない、か)
死ぬかもしれないなどと考えていても仕方がない。今は行動するしかない。ならば初めに足を出す。そんな簡単な事にも、先ず思考が来てしまう。それ自体は良い事なのだろうが、それでもジョイズ・モントレーはほんの少し、アグニの背中を羨ましく思った。
(我が君、グロウス王よ。歳を取ったのは王ばかりではないようです)
それはアグニの若さを見てか。それとも奔放さを感じてか。
だが、今の自分を変える必要なんてこれっぽっちもない事を知っている王国騎士は、嬉しさの溜息を一つこぼして思うことが出来るのだった。
(我は運がいいようだ。この者達とならば、必ず――)
次回 「 大王は裏方に徹す 」




