四話 『 カッコいいと思いきや、やっぱり格好いい……!? 』
叫び声と同時に、新緑色の魔力が閃光となって弾けた。
瞬間――音が消え――景色が飛んだ。
ミーナの悲鳴をはじめ、魔力の爆発を受け止めるジョイズ・モントレーの雄叫びや、アグニの歯の間から漏れる呻きという、自分の発しているはずの声さえ聞こえない、空白の時間が数秒続き――ふっ、と。体にかかる力が緩やかになり、浮遊感が生まれる。
ギュッと縮こまっていたミーナの体から力が抜け、硬く瞑られていた目蓋がゆっくりと開かれれば、思わず出てくるのは感嘆のだった。
「うわぁ……!」
眼前眼下、一面に広がるのは、雄大に過ぎるこの星の円弧。
一緒に飛び出した荷台は粉々に砕け落ち、周りを覆っていた風防障壁は魔力の爆発で霧散して、既に遥か遠い背後では、豪放の魔蛟竜が自分の上に落ちてくる超巨大な大砲を一瞬で消し飛ばす光景を、驚愕をもって目にするアグニ達。大砲の中で聞いた化け物の叫びは、おそらくこの為の準備だったのだろうと思い至るが、グリフォンが運ぶ高度よりさらに高い位置からの世界という光景に、そんなことどうでもよくなっていた。何しろ、自分より遥かに大きいはずの豪放の魔蛟竜が今ではもう豆粒の様で、あんな化け物でさえ、世界からすればちっぽけな存在でしかない事を、思い知らされてしまったのだから。
今、アグニは、ミーナは、そしてジョイズ・モントレーは、何を考えているのか。
ひょっとすれば自分自身、その事さえ分からなくなるほどの高揚感を、あるいは自失するほどの圧倒的な世界というものを目の前にして、呆然としているだけかもしれない。
ただ一つ言えるとすれば、三人共に『いま自分は生きているんだ』と強く実感していることは確かだった。
そうして、数秒。
進行方向は遥か眼下の谷底にある小さな森に、奇妙な光のようなものが見え始めた頃。
浮遊感が終わりを告げるように、石を投げたら必ず落ちる事を証明するように、重力が徐々に三人の体を引きずり落とそうと力を込め始めた。
ミーナはアグニに抱えられながら、ごく普通の事を尋ねる。
「ねぇ、アグニ。聞きたいんだけど」
「ん?」と、アグニはオリハルコンで補強され、〝討伐の紋〟が刻まれたグローブを装備しつつ、徐々に速度を増す落下のさなかにしては、気楽な声を返した。
「この後の事って、考えてあるんだよね?」
「……、あったりまえだろう? なに馬鹿なこと言ってんだ、オコチャマン」
「じゃあ、どうやって着地するか、教えておいてほしいんだけ、ど……?」
アグニの目は、これでもかというほどに泳いでいた。
「――ッ! 嘘でしょ? 嘘って言ってっ!」
「嘘――じゃあない!」
「ぎゃーっす! どうするのさ、このままじゃ墜落死間違いないじゃんかあ!」
「ぬぁはははーっ! 心配すんな。どうにかなる! いんや、してやらぁ!」
アグニは快活に笑ってみせると、ジョイズ・モントレーへと声を投げた。
「なあ、おっさんは一人で着地できるだろう?」
「むう、やってみなければ分からんが、まあ、出来ん事もなかろう。なにぶん、この高さから落ちた事はないのでな」
「上等じゃねぇか。それなら俺がおっさんまで抱えなくて済むな」
からかい半分そう言って、アグニは続ける。
「なら先に行って、着地しやすくしといてやるよ。おっさんは、そのデカイ体をいっぱいに広げて、ブレーキかけながら見ててくれ。あんま近づくとあぶねぇからよ」
言い終わると同時に、アグニはミーナを抱えたまま落下するに任せて、進む方向に頭を向けた。途端、落下速度が跳ね上がる。
「もっとだ、ミーナ。目をギュッと瞑って、俺に体をくっつけろっ!」
ミーナは、このまま地面にぶつかったら二人とも死んじゃう! と思いながらも耳元で言われた通り目を瞑り、アグニの腕の中で精一杯に体を寄せた。するともう一段速度が上がり、ジョイズ・モントレーとの距離がぐんと開く。
「良い子だ」
目も開けていられない風圧が襲い掛かる中、アグニは後方のジョイズ・モントレーとの距離を振り返って薄く開けた横目で確認する。
(これだけ離れれば大丈夫か?)
十分な距離が開いたところで、自分の腕を頭の上、地上へと向けて力を込めた。
「しっかり捕まってろよ、ミーナ! 吹き飛ばされねぇようになぁ!」
そして、自身の超絶的な量の魔力を解放させた。
ズ、ッッどぅっぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんんんんんっッッッッッッッ! と。
人間一人が出したとは思えない轟音がヘルズネクトに響き渡る。
解放されたアグニの魔力は深紅色のアウラとなって放射状に広がり、地面と接触するとガリゴゴドガガガガガガガガガガガッ、という馬鹿みたいな音を伴って、ヘルズネクトの谷底を周囲にある岩ごと押しつぶして更地に変えていった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ! とぉまああれぇええええええええっ!」
その直径、百レートルを優に超え、真下にたむろしていた軟体魔法生物を蒸発させる。
アグニは接地寸前、魔力の籠った拳を思い切り地面に叩き付けて大地を割り、それでも殺しきれない速度を逃がす為に自分の背中を擦りつけて、ようやく止まることに成功した。
しん……と。抱き合う格好の二人を襲うのは舞い上げられた粉塵と、何も考えられない思考の空白。
呆然の沈黙がひと時過ぎても、体に力は入らない。
ジンジンと痛む背中など、無事に着地できたことへの安堵感で忘れるアグニは、ずいぶんと高い空を谷底から見上げながらミーナに声をかけた。
「平気か?」
一拍の間が開き、それから言葉が返ってくる。
「平気、なのかな。死んでないよね?」
ぶはあ、と。ミーナは女の子らしからぬ息を盛大に吐き出して、ゆっくりと顔を上げた。アグニの呆けた顔に向かって唇を尖らせる。
「あほたれ。すっごく怖かったんだからね?」
「何言ってんだ。俺も怖かったぞ」
「威張るとこじゃないし」
アグニはミーナの頭に手を置いて、
「でも、生きてんだろ」
「うん、生きてる」
ミーナはアグニの腕の中でクスクスと笑った。
と、そのとき。空から夕焼け色のアウラを纏った大剣が超速で降ってきた。
――シュゥウウウウゥゥゥゥゥ……ッ、ドガゥンンンンンンンンンン……ッ! と。
再び舞い上がる粉塵。大剣を中心に盛り上がる大地は大きく放射状に亀裂を走らせる。
腹に響く衝撃がアグニとミーナを叩いて、一拍、粉塵の中から重たい声が届けられた。
「……ふう、着地できるものだな。人間とはかように頑丈なものか」
ジョイズ・モントレー。
粉塵の中から姿を見せるグロウス王国の近衛師団長は、腕を組み、自身の身分を表す赤黒い外套をたなびかせながら、黒金の鎧姿で大剣の柄の上に着地していた。それも――。
(うわお、腕組んでるよ……)
そのジョイズ・モントレーの格好にアグニとミーナは初めこそ呆然としていたが、しかし次第に可笑しさが込み上げてくると、仕舞いには大声で笑いだした。
豪放の魔蛟竜という化け物や、超高々度からの落下という危機を乗り越えて、最後に見たのが互いの笑顔ではなく、大地に突き刺さった大剣の柄に屹立するゴーレムのような男であれば、それも仕方ないのかもしれなかった。
次回 「 大事な贈り物 」




