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二話 『 残酷な判断の優しいウソ 』

 まあ確かに、理由ならある。

 ヘルズネクトに隠された『秘密』。

 ミーナの両親が何故殺されたのかに繋がるかもしれないそれを、確かめる為だ。

 しかし。これは簡単に他人に話して良い事ではないなど、少し考えれば分かる事でもある。

 これまでで聞いた話を元に考えれば、十か月前のあの日、ミーナを襲ってきたのはバナコーラからの刺客だったことは想像に難くない。かといって、現在バナコーラと敵対関係のグロウス国の騎士がミーナの事情を知ったとき、単純に自分達の味方ないし無関係者を装ってくれるかと考えれば、実際微妙なところだろうとアグニは思っているのだ。

 理由は簡単で、国同士のいざこざの場合、ともすれば敵対国に狂戦士を送りつけるような事情の場合、その中心の『秘密』に関わってくるかもしれない人間は、相手国に対して強い効力を持ちかねないからだ。

 現状、グロウスとバナコーラの力関係がどうなっているのかアグニには分からない。あるいは、グロウスの方が有利なのかもしれない。

 けれど仮にそうだとして、有力なカードになり得る人物を、国の騎士が国を守るという観点から見たとき、放置しておくことをするだろうか。国は〝国〟であるが故に、非情に徹することも(いと)わなくなるのではないだろうか。

 それは、目の前の騎士が悪者という事ではなく、一人の人間より大多数の人間を救うという社会的正義として、選ばなければならない立場というものがこの世界にはあるという事だ。自分の親も、そう言った避け得ぬ流れの中で死んでいったのだから、納得などできずとも、アグニには痛いほどそれが理解できてしまう。

 だからアグニは、理由を言うことが出来ない。

 国同士のいざこざの中にあって、それでも自分にとって顔も知らない大多数の人間より、ミーナというたった一人の女の子の方が大事だと思えてしまうから、可能性としてゼロではない多数の命を見殺しに出来てしまう。

「つーかよ。おっさんも人が悪いな。さっきの言葉を聞けば、おっさんが真っ直ぐな奴だって分かる。けどそれが分かっちまったら、余計に俺はこう言うしかねぇんだよ」

 アグニはミーナの髪を撫でながら溜息と一緒に苦笑いを零し、先ほど言い損ねた言葉を改めて口にした。

そりゃあ(、、、、)金と爵位の為だ(、、、、、、、)。他に理由なんてある訳がない」

 堂々と。他に理由があることを隠して見せながら、肩まで竦めて。

 つまりは、言えないという事のジェスチャーだった。

 そして、そのジェスチャーが分からない程、ジョイズ・モントレーは若くない。目を瞑り、鼻から息を抜き、再び目を開いたときには、ジョイズ・モントレーの視線はアグニの膝で眠るミーナへと向けられていた。

「それは、守る為か?」

 アグニも視線を落として、顔に苦笑を張り付けたまま、ミーナの頭をポンポンと叩く。

「責任を持て、っていう親父の教えを言い訳にする程度は。正直、行きたかねぇけどな。だから、この話はここまでにしてくれねぇかな。――戦いに己を賭ける理由は各人で決めるほかない――そう言ったのは、おっさんじゃねぇか」

 言われたジョイズ・モントレーは呆気に取られたように眼を丸くさせて眉を持ち上げた。深く息を吐き出すついでに、顔にしわを刻んだ笑みを浮かべる。

「思った通り、奇妙な奴だ。けれど、なればこそあの時の行動にも合点がいく。広場の襲撃時に見せた鋭さは、すべてその娘の為に使われていたのだと知ればな」

「んな馬鹿な。その言い方だと誤解があらぁな」

「誤解も何も、事実だろう。その娘の為になら、好まない場所にも赴くのだからな」

「いや、確かにそう言ったけどよ……」

 すべてその少女の為に使われている、などという表現の仕方では、まるで自分が甲斐甲斐しくミーナに尽くしているようではないか、とアグニは言いようのない感情に口をひん曲げた。

 そのときだ――。

 ガクン、とグリフォンの速度が落ち、ジョイズ・モントレーの声が聞こえた。

「何を煩悶する必要があるか我には分からんが、見えたぞ。ヘルズネクトだ」

 声に引かれ、アグニは遥か下の大地の裂け目へと視線を動かした、途端。

「……ッ! すげぇ!」

 それまで考えていたことが一瞬で吹き飛んだ。

 ゲールーゲ山の麓。

 地上からは絶対に望めない広大無辺とも思える大陸を東西に裂く、巨大な谷がそこにあった。

 まだ昼時を過ぎて一刻と少しの時分だというのに、谷底は薄墨を垂らしたようにぼやけていて、まるで世界に現れた地獄の入り口の様だと、アグニは感動した。

(くっそう。十か月前、ミーナに会う前にもここには来たはずだったが、下から見るのと全然違うな、ヘルズネクト! すげえ面白そうだ!)

 楽しそうに顔を歪めるアグニは、遥か眼下に目を向けたまま、声を上げる。

「で、いまから行くのか? おっさんが言う『秘密』探しに。いまから行くのか!」

 だが、そんなアグニの期待に、ジョイズ・モントレーは呆れた様に答えた。

「そんなわけなかろう。いまからヘルズネクトへと降りて行ったら、ほどなく日が沈み、暗闇の中をさ迷い探す羽目になる。自らを魔物の餌にしたいのなら別だが、そうでないなら崖の上にある野営地で一晩明かしてから、明日の早朝に出発だ。そもそも、これは出発前に話したはずだ。聞いていなかったのか?」

「あ、あー……」

「……、そうか。今度からはちゃんと聞いておけよ?」

「おう。分かった」

 アグニは気まずそうに頬を掻いて姿勢を戻す。

 それもそのはずで、牛の干し肉と豚の干し肉、ヘルズネクトでどちらを先に食べるか決める為に、ミーナと壮絶な睨めっこをしていて聞いていなかったのだから。

「いや、でも、そうか。了解した。探索は明日からだな」

「そうだ。一晩ではあるが、十分に英気を養って ―― 」

 ポゥ……、と。

 ミーナが掛けた銀細工のネックレスが透き通った露草(つゆくさ)色のアウラを発したのは、グリフォンが野営地へと向う途中、ヘルズネクトの上空をゆっくりと渡っていたときだった。

 露草色という防御結界に特化した青系統の光につられて言葉を止めたジョイズ・モントレーの視線を追って、アグニもミーナの胸元から零れるネックレスに目をやる。

「ぬう。不思議なものだな。魔法仕掛けの装飾品か?」

「いや、こいつとはそれなりに長く一緒にいるが、光った所を見るのは初めてだ」

 ジョイズ・モントレーが感心した様な声を上げ、しかしアグニはその言葉を否定する。

 なんとなしにアグニの手が動き、露草色のアウラで輝く銀板をつまみ上げようとした――そのとき。

 ドンッ! という腹に響く轟音と共に、真下から烈風が襲い掛かってきた。

次回 「 伝説! 落下だ! 大慌て! 」

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