一話 『 お空の散歩でお昼寝を 』
富を欲し、地位を求め、グロウス城城門前広場に集まった猛者の数、二百余名。
しかし、グロウス城下町を囲む巨大な市壁に設けられた南門に集まった人数は、三割にも満たなかった。
恐怖からの支配。
集まる者たちの強さを気配によって知り得る程度には死線を潜り抜けてきたはずの連中が、あまりにもあっさりと殺された。その事実は、次に死ぬのは自分ではないかという瞬間の戸惑いを猛者の心に生み落とし、瞬間の戸惑いは、四半刻という時間の中で絶対的な足枷へと姿を変えていた。
言ってしまえば灰色の男、いや、狂戦士とジョイズ・モントレーの一戦が、多くの猛者の心を折ってしまったのだ。
こいつらにはついて行けない、と。
だが、王国騎士の長であるジョイズ・モントレーは、黒竜の鱗と胸肉を錬成時に練りこんだ黒金の鎧に身を包んで、空駆けるグリフォンが引く荷台に乗りながら思うことが出来ていた。
(これで良かったのだ。生きていればこそ立つ瀬もある)、と。
何故なら、この作戦は戦争とは違い、戦力があれば良いものでもないからだ。
確かに、この世界には一騎当千の力を持つ者達は居る。星の息吹である溶岩を操り、刃一つで大海を裂き、暴風轟雷を飲み干すような顎を持つ、人知を超えた力を持った連中が。
だが、そうでない半端な(というにも常人以上の)力を持った連中ならば、いない方が良い〝場合〟があるのだ。
その〝場合〟というのが、『確立された信頼の有無』である。
刃を交えての争いは死という影が常に付き纏い、その影は一瞬の躊躇を好んで喰らう化け物だ。共に戦う仲間の死を怒りに変えて相手を打ち滅ぼす力へと変化させられるのなら死という物もまだ役に立つが、長い時間寝食を共にしてきた王国騎士でさえ、その大きさに個人の差はあれど、仲間の死を前にすれば動揺は浮かぶし、恐怖は禁じえない。数千数万の人間が入り乱れて殺し合うなら、戦場の熱気に意識を預けることも出来るが、今回は少人数ごとのグループに分かれて行う探索作戦。意識を預けるその熱量が圧倒的に足りないのだ。
だと言うのに、今日初めて顔を合わせた連中ならどうか?
だからこそ、ジョイズ・モントレーは『良かった』と思うことが出来る。
(あの程度なら、生き直すこともまだ……ん?)
思案に耽っていたジョイズ・モントレーの目に、光が飛び込んできた。ふとそちらを見てみれば、荷台に乗った三人の内の一人、純白の外套に身を包で眠る少女が、首から提げる小さな銀板だった。銀板には文字が彫られている。
(……『I・L・D』、か)
ジョイズ・モントレーはそのまま視線を顔に向け、
(しかし、何故この様な娘が)
少女であるミーナの無垢と言って差し支えない寝顔に疑問を抱いた。寝顔を見ているだけならばこの作戦に参加した理由が分からず、けれど膝を借りているパートナーだろう相手に無理やり参加させられた風でもない。
(アグニと言ったか。どちらかといえば、少女の護衛のように見えなくもないが……)
ジョイズ・モントレーはそう推測しながら、少女のライトブラウンの長髪を撫でる赤茶けた髪色をしたアグニに視線を移した。
(どこか掴みづらい雰囲気を持った、奇妙な奴だ。しかし……)
広場の襲撃時に見せた鋭さが只者でなかったことを思い返す。
(師が良かったのだろう。この男は強い)
近衛師団長であるジョイズ・モントレーは、少女に膝を貸すアグニを見て一人思った。
その当人であるアグニにといえば――。
雲のない、突き抜けた快晴の空を踏みしめて疾駆する巨体のグリフォンと、それが引く荷台の周囲を囲うシャボンの様な膜を興味深そうに眺めながら、溜息をついていた。
「なあ、巨人のおっさん。コレ、なんだ?」
王国騎士の長に対して、あまりにも気兼ねなく話かけるアグニ。
しかし、相手は王国の近衛師団長。アグニのような若輩の言葉など、いちいち気にする様子など微塵もない。
「空を移動するという経験は初めてか?」
「前に一度、ペガサスに。けど、そのときはこんなシャボン玉はなかったな」
「ペガサスは心の優しい生き物だ。背に乗る者を振り落さんように空を駆ける」
だがグリフォンは違う。とジョイズ・モントレーは続け、シャボンの天蓋にあたる部分を見上げた。
「これは風防障壁というものだ。この荷台を造る際に、あらかじめこの魔法をいつでも使える様、板と板の内側に魔法陣を彫り込んで作ってある。これがなければ、こうして我々が乗っている荷台などグリフォンの膂力に耐え切れずに粉微塵になっていよう。例え荷台が無事であっても、我らの方が振り落されている。グリフォンとは、そういう生き物だ。下を見るがいい」
アグニは首だけで振り返り、眼下を覗く。
そこには、グリフォンが生み出す速度によって、景色が線の様に流れる光景があった。
「うへぇ~。こりゃすごい」
高空から空を見上げるという普段は出来ない経験に、下など見もしなかったアグニの口元が奇妙に引きつった。周りを見れば、同じように飛んでいる参加者たちも、今のアグニと同じような顔をしている。
「落ちればただでは済むまい。気を付ける事だ」
「そうする」
アグニは素直に首肯して、首を引っ込めた。
そのとき。ふと自分の膝を枕代わりに眠るミーナの顔が目に入り、何とも幸せそうに涎を垂らす顔に、つい悪戯心をくすぐられた。別に何がしたかったわけではない。不意の瞬間というやつだ。
アグニはミーナの鼻をつまんだ。
「ん……」
最初の数秒こそ普通の顔をしていたが、だんだんとその表情が苦しそうなものになり、
「んん…………っう」
しまいには、顔が真っ赤になった。
「口で息すりゃいいのに」
呟くアグニは、これ以上やったら可哀そうだという所で指を放してやる。
途端、「へちっ!」とくしゃみをして、ミーナは丸まった手で猫の様に顔をこすった。
「はは、変な奴」
アグニはミーナの行動に悪戯心を満足させたのか、鼻から息を抜いて再びその頭を覆う髪を撫でる。人前でこういうことを平気でするから『仲が良い』という雰囲気が染み付き、国営商会のマグティーノやルターナに勘違いされるのだが、アグニには分からない。
そんな、ナチュラルにいちゃつくアグニに、ジョイズ・モントレーは声を掛けた。
「一つ、聞きたい」
アグニは撫でる手を止めずに「ん?」と片眉を上げて見せる。
「お前たちは何故、この作戦に参加した?」
「……。何故って、そりゃあ」
「我の見る限り、富や名声を求める為という訳ではないように見えるが?」
先に二の句を潰されてしまい、アグニはむぐっと言葉に詰まった。
「広場でも言ったはずだ。この作戦は成功より死んでしまう可能性の方がよっぽど高いと。例えヘルズネクトに住まう魔物達の手強さを知らずとも、先の襲撃に使われた敵国の駒を見れば、恐ろしさを十分に理解できるはずだ」
「って……、言われてもなあ」
への字に曲げた口で言うと、アグニは頭を掻いたのだった。
次回 「 残酷な判断の優しいウソ 」




