第8話:【Ignis.】
白い鍵が、ナナシの手の中で赤く染まっていく。
焼けるような熱、だが、手放すという選択肢は頭に浮かばない。
導かれるように、腕が動く。
暗紫色の籠手がガシャリと開きそこには鍵穴が見えた。
ナナシは、迷いなく鍵を差し込む。
その瞬間――
【Key of Ignis】
低く、重い音声が空気を震わせた。
同時に、籠手が発光する。赤い光が装甲の隙間から滲み出し、まるで内側で炎が燃え上がっているようだった。
腕が熱い。
だが――痛くない。
むしろ、馴染んでいく。
カチリ、と乾いた音共に鍵を回す。
【Break the Fate】
次の瞬間――籠手から、赤い光が溢れ出した。
それは単なる発光じゃない、流れている。
まるで血管のように、光がナナシの全身へと駆け巡る。
「……っ!?」
腕。
肩。
胸。
脚。
順に、何かが“形成”されていく。
ギチッ……ギチッ……
金属が噛み合うような音が鳴り響く。
暗紫色の装甲が、内側からせり上がるようにしてナナシの身体を覆っていく。
その隙間から、赤い光が脈打つように漏れ出していた。
胸部に、核のような赤い輝きが灯る。
ドクン
ドクン
心臓とは違う鼓動。
それが、装甲全体へと広がっていく。
最後に、顔。
光が収束し、仮面が形成される。
視界が一瞬だけ暗転し――次の瞬間、開ける。
世界が、はっきりと見える。
空気の流れすら、理解できる。
ナナシはゆっくりと拳を握ると装甲が軋み、低く唸る。
その姿は――
もはや、人ではない。
炎を内包した、禍々しき戦士。
そして、静かに。
【Ignis Rebellion】
低く、機械的な音声が告げた。
同時に――炎が弾けた、周囲の雪が一瞬で溶け、蒸気が立ち昇る、白い世界の中でそこだけが異質に燃えていた。
「……っはぁ」
息を吐く。
白い息は、すぐに蒸発した。
「………力が溢れてくる…!」
その瞬間、地面を蹴ると自分でも信じられない速度で距離を詰める。
『ォォォォォォォォ!!』
メルムゴーレムが咆哮する。
その口が開く。
内部が赤く光り――炎が吐き出された。
「またそれかよ!!」
咄嗟に腕を構える。
避けようとするが――最早間に合わない。
直撃、轟音と共に炎がナナシを飲み込んだ。
雪が蒸発し、視界が赤く染まり誰もが終わったと思った、その瞬間――
【Reject―Ignis!】
低く、機械的な音声とともに炎が、歪んだ。ナナシの目前で炎は形を失う。
「……あれ?」
熱くない。いや――それどころか
「……効いてない?」
ゆっくりと腕を見る。
赤熱した鎧その全てが、炎を飲み込んでいた。
ゴーレムの炎が、ナナシに届く前に“消えている”。
理解した瞬間、口元が歪む。
(なんだこれ……)
(ゴーレムの動きが、分かる……)
踏み込み、炎の中をそのまま突っ切る。
『ォォォ!?』
ゴーレムが僅かに怯む。
「遅い!」
懐に潜り込みそのまま拳を振り抜く。
ゴォッ!!
衝撃と同時に、炎が内部へと叩き込まれる。
『……!?』
ゴーレムの体が揺れる。
「通った……!」
さっきまでびくともしなかったはずの岩の体に、確かな手応え。
黒い筋が脈打つのが見える。
明らかにそこだけ“違う”。
「そこだ!」
もう一歩踏み込み、連撃。拳が、肘が、炎を纏って叩き込まれる。
ドンッ! ドンッ!
内部で爆ぜる音と共に岩の体にひびが入る。
『ォォォォォォ!!』
ゴーレムが腕を振るう。
だが――
「見えてるよ!」
最小限の動きで躱した、身体が勝手に動く。何も迷いがない。
(なんだこれ……)
(全部、分かる……!)
再び拳を構える。
炎が集まる。
圧縮される。
「これで……!」
踏み込み、全力で叩き込む。
ゴォォォォッ!!
爆発。
炎が内部から噴き上がりゴーレムの体が大きく崩れた。
「よし……!」
だが、その瞬間。
「……っ?」
ナナシの動きが止まる。
崩れた体の奥。
黒い何かが、蠢いている。
ドクン
ドクン
それは、明らかに“別の何か”。
岩の体じゃない。
「……やっぱり大元はコイツだな!」
嫌な予感が走る。
炎が揺らぐ。
ゴーレムの奥で、
それがゆっくりと、こちらを見た。
それは、明らかに“別の何か”。
岩の体じゃない。
――生きている。




