第6話:【夢に出て来た白い鍵のこと】
視界が、ゆっくりと揺れていた。
白い世界がぼやける。冷たい空気が肺に入り、ようやく自分が生きていることを思い出す。
「……はぁ……っ……はぁ……」
仰向けのまま、ナナシは息を吐いた。全身が重い。指先一つ動かすだけで、鈍い痛みが走る。
意識が左腕へ向く。
籠手は、まだそこにあった。
暗紫色の装甲は沈黙している。だが――
ドクン。
わずかに、脈打つ。
「……なんだよ、これ……」
呟いても返事はない。ただそこに“ある”だけなのに、妙に存在感が強い。
まるで、生きているみたいに。
「……起きれるか?」
横から声が落ちてきた。
視線を向けると、イリスが立っている。仮面越しでも分かる、警戒の色。
「いや……たぶん無理……です……」
「だろうな」
あっさり言われる。
イリスはしゃがみ込み、籠手をじっと見る。
「……“レリクス”…か」
「…“レリクス”……?もしかしてイリスのそれも同じような…?」
ナナシは倒れたまま、赤黒い本を指さす。
イリスは一瞬だけ視線を落とし、短く答えた。
「似てるかどうかは知らねぇが、分類としては同じだ」
「分類って……?」
「この世界に残された“異物”だよ」
淡々とした口調。
「誰が作ったかも分からねぇ。どうやって生まれたかも不明だ。なのに、異常な力だけは持ってる」
ナナシは黙って聞く。
「大きく分けて2つある、それは“装備型”と“同化型”だ」
わずかに間が空く。
「……で、もう一つ“例外”もあるが……まあ、今はいい」
それ以上は語らない。
ナナシは少し考えて、
「……えっと、自分のこれどっち?」
左腕を見る。
イリスは短く答えた。
「……わからねぇな」
「わからない!?」
「見たことねぇタイプだ、一見すると装備型だが、外せねぇなら同化型か…?」
ナナシはそれを聞き外そうと試みるがまるで皮膚とピッタリくっついている感じがして外せる気がしない、外す為の付け根のような部分も見えない。
「は、外れない……」
ナナシは半泣きながらイリスを見る
「少なくとも、“まともじゃない”のは確かだな」
「いやそれさっきからずっと言われてる!」
「事実だろ」
バッサリだった、イリスはさらに目を細める。
「さっきの動き……使ってたってより、籠手に“引き出されてた”感じだったな」
「……引き出されてた?」
「ああ。お前が使ってるんじゃねぇ。あれが、お前を使ってる」
「……うわあ……」
ナナシは空を見上げる。
「なんか不気味だなあ……」
「だろうな」
イリスはあっさり返す。
「だからオレは警戒してる」
その言葉は軽いが、視線は鋭いままだった。
ナナシは、ぼそっと呟く。
「……でもさ」
「なんだ」
「これのおかげで助かったのは事実だし」
「……まあな」
イリスもそれ以上は言わない、ナナシは座り込み空を見上げると雪が静かに降っている。
その光景を見ていると――ふと、思い出す。
「……あ」
「?」
「夢……見た気がする」
「夢?」
「これ…この白い鍵があってさ」
ナナシは懐のポケットから白い鍵を取り出し目を瞑るとぼんやりとした記憶が浮かんでくる。形は曖昧なのに印象だけが残っている。
「……どこで見た」
「分かんない。でも……なんか……懐かしい」
自分でも意味が分からない。
イリスはしばらく黙っていたが、やがて立ち上がる。
「……面倒なの拾っちまったな」
「え、ひどくない?」
「事実だろ」
軽く吐き捨てる。
そしてナナシを見下ろした。
「……動けるか?」
「いや、ほんと無理……」
即答だった。
「そうか」
短く言って、イリスは少しだけ考える。
雪は変わらず降り続いているし風も冷たい…このままじゃ凍えてしまうのは明白だ。
「……はぁ」
ため息。
「しょうがねぇな」
「え?」
「このまま死なれると後味が悪いしな」
そう言うと、イリスはナナシの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっとなに――」
「増幅」
小さく呟く。
空気が、わずかに軋んだ。
ぐい、と。
ナナシの体が、軽々と持ち上がる。
「うおおおおお!?絶対今なんかしたって!?」
「黙ってろ」
「いや今のは言わせてよ!?」
半ば引きずるように歩き出す。
「自分を完全に荷物あつかい!?」
「意外と軽いからマシだろ」
「フォローになってない!」
文句を言いながらも、ナナシはされるがままだ。やがて木々の間を抜けると小さな小屋が見えてきた。
雪に埋もれかけた、簡素な建物。
「……ここだ」
イリスは扉を蹴り開け、そのまま中へ入る。
風は遮られる。
ナナシはその場に転がされる。
「いだっ……!?」
「騒ぐな」
イリスは中を見回し、手際よく使えるものを確認している。
慣れている動きだった。
ナナシは仰向けになり、天井を見る。
「……助かった……のかあ…」
ぽつりと呟く。
返事はない。
だが――少しだけ安心する。
左腕を見る。
籠手は、まだそこにある。
ドクン。
静かに、脈打つ。
まるで、何かを待つように。
ナナシはゆっくりと目を閉じた。




