第3話:【ガンロックではないゴーレムだ】
ガンロック先生――もといゴーレムが、氷を砕きながら再び立ち上がる。
『ォォオオオオオ……!!』
「いや生きてんのかよおおおおおお!?」
叫びながら、ナナシは反射的に後ろへ飛び退いた。
バキバキと音を立て、砕けた氷が雪原へ散っていく。
だが――おかしい。
「……ん?」
違和感。
凍り付いていたゴーレムの身体、その亀裂の奥。
黒い何かが、蠢いている。
じわり、と…まるで岩の内側から滲み出るみたいに、黒い筋が広がっていく。
「……黒い?」
ナナシが目を細める。
だが次の瞬間。
イリスの声音が、鋭く低くなった。
「……アレはもしかして“メルム”か…?」
「めるむ?」
聞き返すより早く――
バキッ!!
氷が、内側から砕け散った。
ゴーレムの身体を覆っていた氷が無理矢理押し広げられ、砕けた隙間からドロリと黒い液体が溢れ出す。
「っ……!?」
粘ついた黒。
液体のようで、液体じゃない。
生きているみたいに蠢きながら、岩の隙間を這い回っていく。
そして、ゴーレムの全身へ、黒い筋が走った。
ドクン。
ドクン。
不気味な脈動。
『……ォ……オォォォ……』
唸り声が変わる。
さっきまでの単純な怪物の声じゃない。
ノイズ混じりの、歪んだ音。
まるで別の何かが、中から喉を使っているみたいだった。
「うわぁ……絶対ヤバいやつじゃんアレ……」
ナナシの頬が引きつる。
目の前のそれは、もうただのゴーレムじゃない。
岩の隙間から黒が滲み、ところどころ溶けたみたいに歪んでいる。
動きはぎこちない。
なのに――妙に生々しかった。
「下がってろ」
イリスが一歩前へ出る。
淡い銀髪が、雪風に揺れた。
「アレはもう普通のゴーレムじゃねぇ」
(そうか……アレ、ゴーレムっていうんだ……)
そんな事を考えてしまった、その瞬間だった。
ゴーレムの頭部が、ゆっくりこちらを向く。
同時に、黒い筋が脈打った。
「……っ」
ナナシの背筋に寒気が走る。
理由は分からない。
だが本能が告げていた。
――アレはダメだ。
視線を合わせてはいけない何かだと。
「……なんなんだよ、それ」
思わず呟いた、その瞬間だった。
左腕に、違和感が走る。
「……ッ!?」
ドクン。
鼓動。
心臓とは違う。
もっと奥。
もっと深い場所から、“別の何か”が脈打っている。
視界の端が、わずかに歪んだ。
左腕が、熱い。
いや、違う。
熱いのに、冷たい。
矛盾した感覚が、腕の奥を駆け巡る。
「……なんだ、これ……」
思わず左腕を掴む。
すると、黒い筋が、脈打った。
まるで――呼応するように。
「っ……!」
その瞬間。
世界が、反転した。
⸻
燃えている。
空が裂け、大地が崩れている。
黒い“何か”が、世界そのものを覆い尽くそうとしていた。
絶望みたいな光景。
その中心に、一人の影が立っている。
左腕には、異形の籠手。
禍々しく、黒紫色に脈打つ装甲。
そして右手には――白い鍵。
影が、ゆっくりと鍵を掲げる。
籠手の一部が、スライドする。
現れた鍵穴へ、白い鍵が差し込まれ――
光が、溢れた。
⸻
「――ッ!?」
現実へ引き戻される。
荒い呼吸――雪の冷たさ、目の前には――イリス。
「……おい、どうした」
警戒した声。
ナナシは答えられない。
左腕が、熱を放っていた。
ドクン。
再び脈打つ。
次の瞬間――
黒紫色の籠手に、赤い光が走った。
「っ……!?」
装甲の隙間から、まるで血管のように赤い線が浮かび上がる。
籠手が、低く唸った。
ギ……ギギ……
内部で、何かが軋むような音。
まるで――
“目覚めようとしている”みたいに。
「……なんなんだよ、お前……」
ナナシが息を呑む。
その瞬間。
『ォォオオオオオオオ!!!』
メルムに侵食されたゴーレムが、大きく咆哮した。
同時に。
左腕の籠手が、さらに強く脈打つ。
まるで――
“敵”を見つけたみたいに。




