表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

第12話:【魔法、使えませんでした】

 雪が、静かに降っている。

 だが積もる気配はない。地面に触れたそばから、淡く溶けて消えていく。


 吐く息は白く、指先にじんわりと冷えが染みていた。


 その中を、三人は進んでいた。踏みしめるたびに、湿った土と雪がぬかるんだ音を立てる。


「……チッ……いつまで降りやがんだ、ここは」


 先頭を歩くイリスが、面倒くさそうに空を仰ぐ。

 仮面越しでも分かるほど、その声には苛立ちが滲んでいた。


「いいじゃねぇか〜〜」


 後ろから、気の抜けた声が飛ぶ。


「ノルディカ寄りだったら今頃もっと悲惨だぜ〜?あ、でもせっかくだし雪だるまくらいは作りたかったな〜〜」


「ガキくせぇ……」


 振り返りもせず、イリスは吐き捨てる。


 その後ろで、ナナシは黙って歩いていたが――ふと口を開いた。


「……ねぇ、リガン」


「ん〜?」


「ゴーレムに取り憑いてたやつ。メルムって言ったよね」


「ああそうだ、オマエ色々知ってんだろ。教えろ」


 イリスが仮面をわずかにずらし、横目で鋭く睨む。


「いやいや、そんな睨まなくても話すって〜〜…ウオッホン!」


 リガンは両手を軽く上げ、芝居がかった咳払いをひとつ。


「まずメルムってのは、ただの粘液生命体。いわゆるスライム系の魔獣だ、弱くて脅威度も最低クラス。子供でも倒せる定番――ってのが、まあ普通の認識だね」


「……へ?」


 ナナシが足を緩める。


「……ああ、オレの知ってるのもそれだ」


 イリスは短く頷くが、ナナシは納得できない。


「ちょっちょっ……!あれが!?」


「あはは……そうだよなあ〜〜」


 リガンは一瞬だけ前を見た。

 その目の奥の色が、ほんのわずかに変わる。


「――だが、最近は違う」


 声が、わずかに落ちた。


 雪の降る音が、やけに大きく感じられる。


「あいつら、ある時から“寄生”するようになった」


 ナナシの足が一瞬止まりかけるが、すぐに歩みを戻す。


 “寄生”という言葉だけが、妙に頭に残る。


「寄生した相手の力を使う。能力も、そのまま引き出す」


 リガンは続ける。


「で、さらに厄介なのが――相手を選ばない」


「……それって……」


 ナナシの喉がわずかに鳴る。


「動物も、無機物も、ヒトも」


 あっさりと言い切った。


 空気が、少しだけ重くなる。


「だからさっきみたいな監査局が動いてるわけ、表に出せない案件を処理する連中なのよ」


 イリスは何も言わない。

 だが、その歩幅がほんのわずかに狭くなっていた。


「じゃあ、それってかなりヤバいってこと?」


「そういうこと。しかも今回のはゴーレムに寄生して、最後にはヒト型まで取り始めてた」


 ナナシの脳裏に、あの顔が浮かぶ。


 瞳、意思。

 そして――あの、濁った怒りのような感情。


「……なんだったんだ…あれは……」


 忘れようと頭を振る。


 その時――視界の端に、違和感が走った。


 白の中に混じる、歪な影。


「……あれは……?」


 ナナシは足を速めた。


 近づくにつれて、それが人の形だと分かる。

 雪に半ば埋もれるように、男が倒れていた。


「おい!」


 駆け寄ると、肌は青白く、指先は紫に変色している。

 息も浅く、今にも消えそうだった。


「これ…凍傷になってる……!」


「どけ、ナナシ」


 イリスが前に出る。


 虚空に手をかざすと、空間がわずかに歪み――赤黒い魔導書が現れる。


 空気が、張り詰めた。


 仮面が外れ、瞳が赤く染まる。


目録展開(アーカイブ・アクセス)


【検索開始】【該当数:1】【覇刻(シグナ)蒼再刻(アクア・リジェネ)


 ページがひとりでにめくれ、止まる。

 淡い光が、本の隙間から滲み出す。


「巡れ水脈、命を繋げ―蒼再刻(アクア・リジェネ)


 イリスの手から、柔らかな青い光が溢れる。


 それは男の身体に触れ――

 凍りついた皮膚を、ゆっくりと“ほどいていく”。


凍りついていた男の指先には、かすかに血色が戻り、硬直していた皮膚が柔らかさを取り戻していっているのがわかる。


「……おぉ………すごい……」


 ナナシは思わず息を呑む。壊れかけていた命が、まるで時間を巻き戻すみたいに静かに繋ぎ直されていく。その光景が現実のものだと理解するまで、わずかな間が必要だった。


 魔法――という言葉が、ようやく実感を伴って胸に落ちる。

 ナナシは視線をイリスの手元に残したまま問いかける。


「ねぇ、リガン……魔法ってさ…自分も、ああいうの使えたりするのかな……」


 その声には、隠しきれない期待が混じっていた。


「無理だな」


 だが答えたのはリガンではなくイリスだ。

 返答はあまりにも早かった。


「え」


 間の抜けた声が漏れる。ナナシが顔を上げると、イリスは視線すら寄越さず、淡々とした口調で続けた。


「そもそもオマエ、魔力ねぇし」


 一瞬、言葉の意味が理解できない。冷たい空気が、やけに重く感じられた。


「いやいやいや、ちょっと待って。そんなサラッと言う!?」


 慌てて食い下がると、イリスは面倒くさそうに僅かだけ顔を向ける。


「普通はな、魔力には多少の流れがある。オマエはそれが一切ねぇ」


「……流れ?」


「魔力の流れだ。見りゃ分かる」


「魔力ってそんな感じでわかるもんなの!?」


 ナナシはリガンを見て問いかけると


「いやいや、普通はわからんのよ?イリスが特別なだけで」


「……じゃあ、自分って魔法使えないってこと?」


「そうだ」


 迷いのない断言だった。


「えぇぇ……」


 思わず肩が落ちる。胸の奥で膨らんでいた期待が、あっけなくしぼんでいくのが分かった。


 (魔法……使ってみたかった………)


 その様子を見て、リガンが小さく微笑む。


「まぁ、イリスが言うならそうだろうしねぇ」


 軽く歩み寄り、ぽん、とナナシの肩に手を置いた。


「……残念、だったな?」


「その言い方ちょっとムカつくんだけど!?」


 ナナシが顔を上げると、リガンはいつもの調子で肩をすくめていた。


 張り詰めていた空気が、わずかに緩む。だがナナシの中には、割り切れない何かが引っかかったままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ