第11話:【胡散臭い案内人】
リガンが軽く背を向ける。
「はあ…まあいっか!それじゃあ〜俺と一緒に――」
その言葉が終わるより先に、イリスが踵を返した。雪を踏みしめる音が、乾いた空気に小さく響く。
「行くぞ」
「え、ちょっとイリス!どこに――」
「決まってんだろ。ここにいても面倒しか増えねぇ」
ぶっきらぼうに言い捨て、そのまま歩き出す。迷いのない足取りだった。
ナナシは一瞬遅れて、慌てて後を追おうとする。その背中に――
「イリス〜〜!キミも一緒に来てくれないと困るんだよぉ〜〜!」
間延びした声が森に響いた。
イリスの足が止まる。わずかに肩が揺れ、ゆっくりと振り返る。
「……あ?」
低く、明らかに機嫌の悪い声。空気が、ほんの少しだけ張り詰める。
だがリガンは気にした様子もなく、ひらひらと手を振りながら近づいてくる。
「いやいや〜ほんと〜に!困るんだって〜!」
「何がだ」
「取り敢えず俺が困るのよ〜!」
「そうか、行くぞナナシ」
「え?え?…どういう事!?」
ナナシが思わず声を上げる。リガンは足を止め、少しだけ肩をすくめた。
「じゃあこう言えばわかるかねぇ。俺はダンに頼まれて来たんだよ?」
その一言で、空気が変わった。イリスの目が、わずかに細くなる。
「ダン・オルグレスト」
名前が落ちた瞬間、周囲の空気が一段冷える。
「……チッ。めんどくせぇ名前出しやがって」
「頼まれてるんだよ。迎えに行けってさ、心当たりあるでしょ?」
リガンはニヤニヤと笑う。
「ほら、あの件。ダンがお怒りだよ〜?」
「………チッ……アレは借りただけだ……あとで返そうと……」
「はいはい〜」
軽く流す。
イリスはしばらく黙る。雪が静かに落ちる音だけが、その間を埋める。やがて――
「……はぁ……わかったよ。どうせ断っても面倒になるだけだしな」
「助かる〜!」
パン、とリガンが軽く手を叩く。その音が妙に軽く響いた。
ナナシは二人のやり取りを見ながら、完全に置いていかれていた。
(どういう流れ……?)
理解が追いつかない。リガンがこちらを見る。
「で、そちらさんは?」
「え、自分?」
「だってどう見ても一人でどうにかできるタイプじゃないでしょ〜?」
「ぐっ……」
図星だった。ナナシは思わず言葉を詰まらせ、イリスを見る。
「自分、ついてっていいのか?」
「好きにしろ。ただし、ついてこれないなら置いていくだけだ」
「厳しい!」
「事実だろ」
「自分の体力の無さを否定できないのがつらい!」
ナナシは頭を抱える。リガンがくすっと笑い、そのまま歩き出した。
「んじゃ、いこうか〜。いざ、“ヴェルザン自由連邦”へ!」
迷いのない足取りで進み、イリスがそれに続く。
ナナシは一瞬だけ立ち止まり、振り返る。焼けた地面、崩れた痕――ついさっきまでの戦いの名残。だが、もう何も動いていない。
「……ま、いいか」
小さく呟き、胸の奥に残る違和感を押し込める。
「おい、本当に置いてくぞ」
前からイリスの声。
「あ、待って!」
ナナシは慌てて駆け出した。二人の背中を追い、雪を踏みしめながら走る。
前を行くのは、軽い調子の男と、仮面の少女。そのどちらも、まだよく分からない。
だが――ナナシは、足を止めなかった。




