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ごめんね、君は救われて。  作者: 星海
1日目
6/7

救済


 集団行動が苦手だった。


 高校に入ってから、ほとんど誰かと話した記憶がない。鋭い目つきと低い声、そして入学式から3日間、体調不良で休んでしまったせいで、仲良くなる機会を失ってしまった。


 しかし、それでも構わなかった。窓際の席で差し込む光が、何も置かれていない机と、頬杖をついたままぼーっとしている〈ヒバチ〉をやわらかく照らしている。


 あまり人と関わらないほうが気楽に学校生活を送れることを、〈ヒバチ〉は深く理解していた。昔、問題を起こしてしまった地元から離れたくて、わざわざ遠くの高校に通っている。


「ねぇねぇ。〈ヒバチ〉ちゃん。」


 話しかけられて振り返ると、この教室で一番目立っていた女の子が、笑顔で目の前に立っていた。後ろの方で、彼女の友達であろう別の女の子数人が、どこか不安げに彼女と〈ヒバチ〉を見守っている。


 面倒くさいなと思いつつ、彼女なりの優しさを無下にするわけにもいかず、


「おう……」と、だけ返す。


「今日さ、みんなで一緒に帰らない? 〈ヒバチ〉ちゃんのこと知りたい!」


「……ごめん。ウチ、家の用事が忙しくて、早めに帰らなきゃいけないんだ。」


 〈ヒバチ〉を仲間に入れようとしてくれた誘いを断るのは、少し胸が痛んだ。話しかけてくれた彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐ笑顔に戻った。


「そっか、分かった! また誘うね!」


 そう言って彼女は、後ろで見守っていた女の子たちの元に戻っていく。女の子たちは心配そうに駆け寄って、彼女の勇気を称えていた。やはり〈ヒバチ〉は歓迎されている感じではなかった。


 放課後は、自転車で少し遠くの薬局に向かう。本当は〈ヒバチ〉の通っている高校はバイトが禁止なのだが、〈ヒバチ〉が小学生の頃にお父さんを亡くし、お母さんも病弱でなかなか仕事をたくさんできるような体ではなく、妹もいるので経済状況がとても苦しい。


 さらに、〈ヒバチ〉の都合で地元から引っ越したため、どうしても〈ヒバチ〉がお金を稼がないと生活するのが厳しい状況だった。


 もちろん、入学前に学校からの許可は取ってからバイトを始めた。しかし、他の生徒や、許可を取っていることを知らない先生に見つかると面倒くさいため、わざわざ遠くの薬局を選んだ。


「〈ヒバチ〉ちゃん、今日もよろしくねぇ。」


「お願いします。」


 優しい声で話しかけてくれる職場のおばあちゃんに軽くお辞儀して、レジへ向かう。職場の人はこのおばあちゃんを含め全員優しく、お客さんも年齢層が高く穏やかな人が多くて働きやすかった。


 レジ打ちと品出し、空いている時間に掃除などをしていると、あっという間にバイトの時間は過ぎていく。


「お疲れさまでしたぁ。」


 バイトが終わると、今日は料理当番なので急いで家に帰る。とても大変そうに見えるが、〈ヒバチ〉は苦だとは思わなかった。むしろ、お母さんの支えになれるのが嬉しかった。


 玄関の扉を開けると、いつもと違って妹が待ってましたと言わんばかりに出迎えてくれた。


「お姉ちゃん! おかえり!」


「ただいま、〈ユイ〉。ちゃんと宿題はした?」


「うん! あとね、今日はお母さんの料理手伝いしたの! もうできたから食べよ!」


「えっ、そうなの? 今日はウチの当番だったはずなんだけど。」


 そう言いながら、お母さんがいるであろうリビングの方に向かう。


「あっ、お母さんただいま。今日ウチが担当だったのに、やってくれたの?」


「〈ヒバチ〉おかえりなさい。そうよ。〈ユイ〉が一緒に晩ご飯作りたいって言うから。」


「そうなの! お姉ちゃん最近頑張ってるからさっ。」


 後ろから妹の〈ユイ〉が駆け寄ってくる。


「そっか。お母さん、〈ユイ〉ありがとう。」


「どういたしまして! さっ、早く食べよ!」


 そう言って、3人は席に着き、もうよそわれているカレーの前で手を合わせて食事を始める。


「〈ヒバチ〉。学校生活はどう? お友達はできた?」


 〈ヒバチ〉の食べる手が止まる。一瞬、本当のことを言おうかとも思ったが、これ以上お母さんに心配をかけたくない〈ヒバチ〉は、ゆっくりと微笑んで悲しい嘘をつく。


「うん。順調だよ。仲良くしてる人もいる。」


「そっか。良かった。」


 そう言って、お母さんは嬉しそうにカレーをゆっくりと食べ始めた。〈ヒバチ〉はその様子を、何も言えないまま目で追っていた。


 そんな生活が一ヶ月ほど続いた頃だった。学校ではある程度人間関係が固まってきていて、その中で〈ヒバチ〉はやはりどこにも属していなかった。たまにグループワークや係の仕事で話す人はいるが、事務的な会話しかしたことがない。結局、お母さんにまだ嘘をついたままだった。


 いつものように退屈な授業をぼんやりと聞いていると、あっという間に時間は流れていく。


 放課後、掃除当番の仕事が残っていた〈ヒバチ〉は、ほうきでゴミをまとめて掃除用具からちりとりを取り出そうとした。


「あれ、ないな……」


 仕方がないので、階段掃除の人に借りに行こうとした。すると、踊り場の方で女の子数人のはしゃぎ声が聞こえる。


「ねーえー! 全然掃除してないから早く帰ろうよぉ。」


「一応、掃除場所にいないと先生に見つかったら面倒じゃん。」


「早く、新しくできたスイーツのお店いーきーたーい!」


 〈ヒバチ〉は、沸々と昂る怒りをぐっと堪える。いきなり怒ったら駄目だ。とりあえず、まずは軽く注意するだけにしよう。そう心に決めて、踊り場の女子たちの方へ向かう。


「ねえ。何してるの?」


 〈ヒバチ〉の声に、踊り場の女の子たちはビクッと驚いてこちらを見た。1人の女子が他の女の子たちを庇うように、好戦的に答える。この前話しかけてきてくれた女の子だった。


「あー、ちょっとだけおしゃべりしてただけ。ちゃんと掃除してたよー。」


 そう言う彼女の目には敵意があった。〈ヒバチ〉は、この目を何度か見たことがある。


「嘘でしょ。ちゃんと掃除しないと駄目だからな。」


 そう言って、階段の掃除用具の方からちりとりを借りようとする。


「ちりとり借り――」


「あのさ!」


 〈ヒバチ〉の声を遮るように彼女は言った。


「最近よく思ってたんだけどさ、〈ヒバチ〉ちょっと真面目すぎじゃない? 色んな人に注意してるよね。」


「あ?」


 他の女の子たちが「ちょっと! やめなよ」と彼女の袖を掴む。しかし、彼女の追撃は止まらない。


「先生でもないのに、いっちょ前に人に注意するとか、ちょっとウザいんですけど。」


 〈ヒバチ〉は拳を強く握りしめた。感情の爆発を抑えようとして声が震える。


「それは、お前らが掃除をサボってもいい理由になるのか……?」


「ウザ……。はいはーい……。ちゃんとやればいいんでしょ?」


 そう言って彼女は、踊り場の端に立て掛けてあったほうきを持ち、見せつけるように掃き始めた。


「〈ヒバチ〉もぼーっとしてないで、早く行ってよ。」


 〈ヒバチ〉は怒りを堪えるように拳を握りしめる。そして目を閉じ、深呼吸を繰り返す。そしてなんとか怒りを抑え、無言で掃除用具からちりとりを取り出してその場を離れることに成功した。


「もういいよ。帰ろ。」


 彼女は〈ヒバチ〉がいなくなったのを見届けると、すぐに掃く動作をやめて、ほうきを掃除用具に投げ入れた。他の女の子たちも少し怯えた表情を残しながら、彼女と共に玄関の方へ向かった。


 〈ヒバチ〉は、放課後の出来事でイライラしながら自転車を漕いでいた。しかし、あそこで感情を爆発させずに事を収めることができるとは思ってもいなかった。昔に比べると成長したのかもしれない。昔だったら、あそこで彼女の胸ぐらを掴んで怒鳴っていただろう。


「お疲れ様です。」


 〈ヒバチ〉が普段通り挨拶すると、職場のおばあちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「元気ないけど、大丈夫ぅ? 何かあったぁ?」


 顔には出ていないはずなのに、どうして分かったのだろうか。〈ヒバチ〉は少し驚いたが、何事もなかったかのように「大丈夫です」とだけ返した。


 バイト中は特に何事もなく、むしろ程よい忙しさで先ほどの怒りを忘れることができた。そして、品出し作業をそつなくこなし、そろそろ終わりの時間が迫ってきた時だった。


「いらっしゃいませ……」


「は?」


 そこにいたのは、先ほど掃除をしていなくて注意した彼女だった。一気に全身が熱くなる。どうしてこんなところに彼女がいるのだろうか。学校からは十分に遠かったはずなのに。


 彼女は明らかに〈ヒバチ〉を意識しながら、喉の薬を手に取った。


 そして、品出ししている〈ヒバチ〉を横切る時に一瞬目が合った。


「このこと、学校に言うから。」


 そう言って彼女はレジに向かって行った。


 次の日、なんとなく嫌な予感がしつつも教室の扉を開ける。案の定、朝の騒がしい教室が一瞬しん……となる。おそらく彼女が昨日の出来事を大声で話したのだろう。


 〈ヒバチ〉はクラスの人たちの視線を浴びながら、何事もなかったかのように自分の席に座る。過剰に反応しなければ、次第にざわつきは戻っていく。数人はまだ〈ヒバチ〉のことを気にかけているようだったが、それも無視した。


「はーい、席に着いて! 朝のホームルーム始めるよー。」


 先生が教室に入って来てそう言った。クラスの人たちがそれに従って、ぞろぞろと席に着く。その中の一人が席に着かずに手を挙げていた。昨日の彼女だった。


「あのー! 昨日、〈ヒバチ〉さんが薬局でバイトしてたんですけどぉ。この高校って長期休暇以外のバイト禁止ですよねぇ?」


 そう言うとまた、教室の空気が張り詰めた。〈ヒバチ〉の感情が沸々と昂っていくのを感じる。彼女はそんな空気をものともせずに続ける。


「それなのに、最近よく細かいところで注意されるんです。人のことばっかり怒って、自分のことは棚に上げるのはあり得ないと思いまーす。」


 棚になんか上げてない。自分勝手なんかじゃない。なのに彼女の煽りとも取れる言葉に、〈ヒバチ〉の心は深く抉られる。そんな弱い自分の心を守るように、苛立ちで息が荒くなってしまう。


 そんな彼女の発言に、先生は困ったように頭を掻きながら答えた。


「あー、そうだなぁ。〈ヒバチ〉さんは事前に学校から許可を取ってバイトをしてるから大丈夫なんですよ。」

 庇ってくれた先生に対しての、彼女の追撃はまだ止まらない。


「それって特別な事情ってことですかぁ? 自分だけそうやってどうしようもない理由で許されて、平気で他の人を注意する神経が私には分かりませーん。」


「ちょっと、言いすぎっ……!」


「きゃ!?」


 先生が彼女を注意すると同時に、〈ヒバチ〉が彼女の胸ぐらを掴んで壁際に叩きつける。


「てめぇ! ウチのこともよく知らねぇくせに、自分が注意されたのが嫌で難癖つけてんじゃねぇぞ!」


 〈ヒバチ〉は怒りに任せて、服の裾を持ち上げる。彼女の目に涙が浮かんでいるのも、もう〈ヒバチ〉には見えなかった。


「やめろよ!」


「誰か、他の先生も呼んできて!」


 クラスの人たちは騒然となり、朝のホームルームどころではなくなった。もう〈ヒバチ〉の耳には何も届かない。


「ウチだって……ウチだって! まともになりてぇんだよ!」


 〈ヒバチ〉は薄くなっていく視界と、遠くなっていく音の中で、ぼんやりとお母さんにまた迷惑をかけてしまうなと反省していた。しかし、もう止まることはできなかった。




 〈ヒバチ〉は壁に体を預けて、重い足取りで自分の爆弾の元に戻りながら、嫌な記憶が蘇る。


 罪悪感があった。当事者ではない自分が、被害者に強く心を揺さぶられ、加害者を懲らしめるのは、ただの自己満足であると頭では思っていても、理性は効かず、感情のままに行動してしまう。


 〈ニコ〉にヒーロー気取りなんて言われて、ズシンと心に重りが乗っかるような感じがした。そんな素敵なものなんかじゃない。被害者を減らす、助けるための偽善ではなく、悪を、加害者を倒すことでしかこの怒りを収めることができない、そんなくだらなくて最悪な理由。そんな自分が大嫌いだった。


 今になって、そんな都合のいい自分に心が苦しくなってくる。大丈夫……だから自分だけが助からないように点火カードを使ったんだ。そう言い聞かせる。言い聞かせようとするほど、底なし沼のように心が沈んで、とうとうその場でしゃがみ込んでしまった。


「やっと見つけた……」


 遠くの方で誰かの声が聞こえた。何やらすごく急いでいるようで、小走りでこっちに向かってくる。〈ヒバチ〉は今、誰かと話したい気分ではなかったので、声の方を向かずにただ地面を見つめるだけだった。


「もしかして、〈ヒバチ〉が〈ニコ〉の爆弾爆発させた?」


 頭上からそう言われてドキッと体が熱くなるのを感じながら、黙り込む。しかし、その声の主は構わず質問を続けてきた。


「どうして? 〈ヒバチ〉はそんなことするようなタイプじゃないと思ってたんだけど。」


「……ウチの何を知ってるんだよ!」


 半分八つ当たりで声を荒げてしまう。さっき知り合ったばかりの、ほぼ赤の他人にウチの何が分かるのか。彼女にとっては何気ない一言だったかもしれないが、癪に障った。


「……確かにね。私は〈ヒバチ〉のことは何も知らない。……だからさ、教えてよ。〈ヒバチ〉のこと。」


「は?」


 意味が分からず、思わず顔を見上げる。声の主である〈プリン〉の表情から、何を考えているのかは全く読み取れなかった。


「教えてって……。もう時間の残されていないウチの何を知りたいんだよ。」


 〈プリン〉は一瞬、考え込むように目を逸らして言った。


「……〈ヒバチ〉は今、どんなカードが残ってる?」


 この期に及んでまだカードのことを気にしているのかと落胆した。


「何を持ってても、もうウチには戦う気力は残ってねーよ……。」


「私の予想だけど、〈ヒバチ〉は〈ニコ〉に爆弾交換カードを持っているのに点火カードを使った。だから〈ヒバチ〉はまだ爆弾交換カードを持っているでしょ。」


 なんで――と、〈プリン〉の鋭い予想に何も答えられないまま目が合う。それを見た〈プリン〉は満足そうに目を細めた。


「やっぱりそうなんだ。……でもどうして? 爆弾交換カードを使えば、〈ヒバチ〉は助かるのに。」


 〈プリン〉にとっては何気ない質問だったのだろう。しかし、〈ヒバチ〉にとっては心を抉るような質問だった。そうなると、〈ヒバチ〉は必ず感情が高まって声を荒げてしまう。自己防衛だった。


「ウチは……! ウチは自分だけ助かるのだけは許せないんだよ!」


 〈プリン〉は目を逸らさないで続ける。


「じゃあ、なんで〈ニコ〉の爆弾を爆発させたの?」


「それは……それは、あいつが〈ユウヒ〉を馬鹿にしたのが許せなかったんだ……!」


「……〈ユウヒ〉の敵討ちってこと?」


「違う……。違う! そうじゃないんだ! ただウチは、〈ニコ〉が許せなくて……。」


 そう言うと〈プリン〉は、初めて質問を止めて目線を下げた。何も言われないのが、理解されないのが怖くて、言葉が溢れてしまう。


「ウチは、いい奴でもヒーローなんかでもないんだよ……。ただ、感情もコントロールできない駄目な人間なんだ……。」


 そう〈ヒバチ〉が言うと、〈プリン〉は小さく笑い出した。


「……ふっ。ははっ……。」


「……何がおかしいんだよ。」


「いやいや……やっぱり、〈ヒバチ〉は優しいんだなって思って。」


「なんでそうなるんだ! ウチは優しくなんか……!」


「だって優しくなきゃ、こんなことでいちいち悩んだりしないでしょ。」


 何も言えなくて黙って息をのんでしまった。怒りがスーッと解けて、困惑が頭を支配し始める。


「い、いや……。本当にそんなことはない。ただウチは自分勝手で……。」


「このゲームは個人戦なんだから、みんな自分勝手なのは当たり前だよ。」


「でも、でも……!」


 動揺しながら否定の言葉を繰り返す〈ヒバチ〉に、〈プリン〉はそっと肩に手を添えた。


「〈ヒバチ〉には、生きてここから出た先に、守らなければいけない人がいるんじゃない?」


 そう言われた瞬間、〈ヒバチ〉は膝から崩れ落ちた。

 そうだ。そうだった。


 ウチには、大切な家族がいた。妹の〈ユイ〉とお母さんが心配しているはずなのに。それなのに、こんなくだらないプライドなんかで、自分勝手な都合なんかで、ウチは二人の元に帰れない選択肢を選んでしまった。


「なんで……。なんでウチはこんなこと……。」


 どうしようもなく後悔が押し寄せてくる。〈プリン〉は崩れ落ちる〈ヒバチ〉に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「妹か弟がいるでしょ?」


 動揺して目が泳いでしまう。震える声で言った。


「どうして分かるんだよ。」


「んー。まあ、ただの勘だけど。強いて言うなら、責任感が強くて人の気持ちに敏感だからかなぁ。私の知り合いも長女が多くて、みんな優しいんだよ。」


「なんだよそれ……。」


 〈ヒバチ〉は戸惑いながら、おかしくて笑ってしまう。


 “優しい”なんて、家族以外に言われたことなんてなかった。むしろ外の世界では、迷惑な人間だと思われている時間がほとんどだった。いつも相手のためにと思ってやったことが、余計なお節介だと受け取られる。そうやって無自覚で人を不快にさせ、最後は相手を傷つけて終わってしまう。


 いつからか、外の世界では自己表現をしなくなった。だから、耳に届いたはずの〈プリン〉の言葉をうまく理解できなかった。自分に向けられたものだと認識するまでに、少し時間がかかった。


 じわじわと胸の奥が温かくなっていくのを感じる。気分は悪くなかった。


 震えたままの体を少しずつ起こし、視線を落としたまま、〈ヒバチ〉は小さく息を吸った。


「ウチは、やっぱりここから生きて帰らなきゃいけないんだ……。だから、次からは情けも復讐も、ゲームに必要のないことはもう絶対にしない。」


 そう言って、微かに震える指先をぎゅっと握り込む。


「そうだね。」


 〈プリン〉も淡白な返事だが、その表情は微笑んでいた。




 そろそろ爆発の残り時間も尽きる頃だと悟った〈ヒバチ〉は、最後に一つだけ、ほんの少しの疑問をこぼした。


「そういえば、結局〈プリン〉の爆弾は止まっているのか。」


 それは何気ない質問だった。しかし、〈プリン〉がほんの少し口の端を吊り上げたように見えて、空気が確実に変わっていく。その一瞬がスローモーションのように感じた。〈プリン〉の唇が、ゆっくりと開く。


「私はさっき〈ヒバチ〉に爆弾交換カード使ったよ。」




 〈ヒバチ〉の表情がゆっくりと強張っていく。


「……は?」

 言っている意味が分からなかった。困惑する〈ヒバチ〉を横目に、〈プリン〉は何でもないかのように続けた。


「だから、私の時間が止まった爆弾と、〈ヒバチ〉の時間の減っていく爆弾を交換したってこと。」


「いやいや……意味わかんねーよ! 何がしてぇんだ!」


 戸惑いを隠せず口調が荒くなった〈ヒバチ〉とは対照的に、〈プリン〉はどこか事件の真犯人が自白するような、含みのある顔のまま、〈ヒバチ〉を見上げていた。


「私なんかより、〈ヒバチ〉の方が生きてここを出たほうがいいと思ったんだよ。ただ、それだけ。」


「でも、それじゃあお前はここから出られないんだぞ……?」


「大丈夫。次のゲームでも〈ヒバチ〉より勝てる自信が私にはある。」


「でもっ……!」


 〈ヒバチ〉がまだ何か言おうとしたが、思うように声が出ず、言葉を飲み込む。それを見た〈プリン〉は目を細め、光が差し込むように瞳の奥がやわらかくなった。同時に、頬も自然と緩む。



「ごめんね。〈ヒバチ〉は救われて。」


 〈ヒバチ〉はハッと息をのんだ。その一瞬の〈プリン〉が天使のようにも、はたまた悪魔のようにも見えた。自分とはまったく別次元の、理解に遠く及ばない存在が今、目の前にいる。


 もはや何も言えなかった。長い沈黙の中、〈プリン〉が立っていられる時間だけが刻一刻と減っていく。そうやってしばらく、お互い無言の時間が続いた後、おもむろに〈ヒバチ〉が口を開く。悪戯をする子供みたいな、生意気な顔をしていた。


「……そうやって、ウチを救うみたいなこと言ってるけど、本当はゲームがもっとやりたいから、わざと負けたんじゃない?」


 それを言われた〈プリン〉はニヤリと笑いながら、目線を落とした。


「当たりだね。でも、どっちも正解だよ。」


「なんだよ……それ。」


 トシュ


 その瞬間、どこからか針が飛んできて、それが〈プリン〉に刺さり、地面に倒れ込んだ。


 〈ヒバチ〉はただ、その光景を呆然と見つめることしかできなかった。



―――1日目【爆弾ゲーム】―――

生存者


〈ヒバチ〉


―以上1名―


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