リボルバー
〈プリン〉は、じん……と鈍い痛みで目を覚ました。
痛みの原因は、ベッドから大きくはみ出ていた腕だった。ゆっくりとその伸び切った腕を持ち上げ、姿勢を変える。
そうやって二度寝をかまそうとして、気づいた。
「違う違う……。」
ここは自分の家じゃない。慌てて目を擦り、体を起こした。
周りを見渡すと、小さな倉庫のような鉄筋コンクリートの部屋に囲まれていた。中央に垂れ下がった小さな豆電球では、まったく光量が足りていない。その薄暗い壁の向かい側に、白い張り紙が貼られているのが分かった。
〈プリン〉は病室のように硬いベッドから出て、張り紙に近づく。
【〈プリン〉様。この部屋で食事とシャワーを済ませてください。両方済ませ次第、出口の扉に付いているボタンを押してください。ボタンが押されると扉が開き、監視カメラが作動します。そして、次のエリアへ進んでください。】
こう書かれていた。どうやらボタンを押していない今なら、監視カメラなどは作動していないらしい。
〈プリン〉はもう一度、今度はしっかりと部屋を見渡す。しかし残念なことに、この部屋にはどこにも窓も壊せそうな壁もなかった。
仕方がないので、部屋の中央のテーブルにラップを敷いて置かれている料理に目を向けた。そこには、〈プリン〉の大好物である大きな海老天の入った蕎麦が置いてあった。
〈プリン〉は急いでテーブルの前にしゃがみ込み、手を合わせた。何時間寝ていたか分からないが、とても空腹だったため、この海老天蕎麦は染みるほど美味しかった。
そうして食事を済ませた後、部屋の片隅にあるシャワーの方へ向かった。カーテンを閉めると、1人でも圧迫感を感じるほど狭かったが、何となく安心感があったので閉めてから服を脱ぎ、外に投げ捨てた。
シャワーも済ませ、横に置いてある籠の中にあったバスタオルを手に取った。
「あれ、なんで……?」
バスタオルの下には、〈プリン〉が先程着ていた服とは違う、私服とまったく同じ服が置いてあった。
なぜこんなところに私服が置いてあるのか理解できず、しばらく呆然とそれを眺めていたが、体がブルルと冷えていくのを感じ、慌ててバスタオルで体を拭く。
そうして、ゆっくりと折り畳まれた服をつまんでみた。匂いを嗅いでみる。すると、どこか新品のような匂いがした。
「新品か……。」
新品にしても、どうして私服とまったく同じものを揃えることができるのか……という疑問はあったものの、ひとまず安心して袖を通した。
そうやって食事とシャワーを済ませた〈プリン〉は、出口の方へ向かう。
出口の扉のボタンを探した。ちょうどドアノブの部分がボタンになっており、そこを押し込む。
ヴヴヴン
重低音が響いたと同時に、先程までボタンだった箇所がドアノブのように浮き出てくる。そのドアノブをゆっくりと捻り、重い扉を開ける。
目の前には、広々とした工場の倉庫に数人の少女がいた。
工場の倉庫の天井はやけに高く、規則正しく並んだ鉄骨が、まるで無機質な骨組みのように空間を支えている。床は綺麗なままのコンクリートで、まるで最近敷き詰めたようだった。
1つ、この倉庫に異変があるとすれば、天井以外どこにも外の光が差し込まず、ここから出ることはできそうにないということだった。
そして今まさに手を振っている少女たちの奥には、得体の知れない横に大きくて黒い物体が2つ並んでいる。
「おーい! 何してんのー!」
さすがに扉の前でぼーっとしすぎたのか、1人の少女が手を振りながらこちらに向かってくる。〈プリン〉は慌てて少女の方へ目線を向け、笑顔を作った。
「あっ……ごめん。よろしく。」
「よろしくー! やっぱりあれ気になる?」
見るからに元気そうな彼女は、高めのポニーテールにオーバーオールがよく似合う、小さくて可愛い見た目をしていた。彼女はその黒い物体を指差す。〈プリン〉は無言でこくんと頷いた。
「だよね! 〈マイ〉も気になる! まあ、とりあえずあっちに行こ。」
そう言って〈マイ〉と名乗った彼女は、〈プリン〉の手を引っ張った。〈プリン〉は思ったよりも強引なその勢いに戸惑いながらも、体を預けるしかなく、そのまま質問する。
「いてて……あれは結局何なの?」
「んー? 〈マイ〉も分かんないけど、入るところがあったから、その中に入ってゲームするような気がする。」
それはそうだろうな、とは口には出さない。「そっか」と小さく呟き、他の少女たちが集まっているところへ〈プリン〉も半ば強制的に連れて行かれる。
少女たちは〈プリン〉を合わせて十二人いた。一人の少女が〈マイ〉と〈プリン〉の前で腕を組み、仁王立ちで立ち塞がってきた。
「〈マイ〉ー。またそうやって無理やり連れてきて。その子、困惑してるじゃん。」
「だって全然こっちに来ないんだもん。」
〈マイ〉は拳を腰に当ててほっぺを膨らませる。そんな可愛く怒れるなら私が怒りたい、と〈プリン〉は思った。性格的にそんなことはできないけど。
「私が最後だった?」
〈プリン〉は〈マイ〉を注意した少女に向かって質問する。
「そうね。あなたが最後だと思うわ。」
「じゃあ、そろそろ次のゲームが始まるのかな。」
「そうね……つまりあなたもゲーム経験者なのね。」
〈プリン〉は首を傾げる。
「あれ、ここにいる人たちは全員二回目じゃないの?」
「あーそうね。多分全員二回目だと思うよ。一応確認しただけ。」
「そっか。」
〈プリン〉よりかなり背の高い彼女は、その見た目通り優秀そうな雰囲気を漂わせている。顔が小さく、大きな丸メガネがとても似合っていた。比べるのは申し訳ないが、この一瞬だけでも〈マイ〉との会話より知性を感じる。
「私は〈ラムネ〉と言います。あなたは?」
「〈プリン〉って言います。よろしくお願いします。」
お互い挨拶を交わして軽くお辞儀をする。横から遮るように〈マイ〉が飛び出してきた。
「〈プリン〉! 〈マイ〉だよー! よろしく!」
「え、知ってるよ。」
「なんで!?」
〈マイ〉は本当に気づいていないのか、目を丸くして驚いている。それを横目に〈プリン〉は、他の少女の名前も聞いて回ろうかと思った時――
ヴヴン!! ヴヴン!!
どこかで聞いたことのあるような不快音が、どこからか鳴り響く。しかしどこにもモニターはなく、少女たちは周りをきょろきょろと見渡す。
ゴゴゴ……!!
「な、何!? なんか揺れてる!」
地面が大きく揺れると、少女たちはしゃがみ込んだり、逃げようとしたり、周囲を観察したりと散り散りになり始めた。
「あっ、あれ!」
そう言って1人の少女が指を差した。全員が天井を見上げると、ショベルカーによって吊るされた巨大なモニターが、ゆっくりと降りてきていた。
やがてモニターが少女たちと同じ目線の高さまで下がり、アナウンスが鳴り響く。
「皆様、集まっていただきありがとうございます。これから今回のゲームの内容について説明させていただきます。」
「ちょっ、ちょっと! まだめっちゃ揺れてるし、外がうるさくて聞こえないんだけど!」
外の何かしらの機械が動き出したのか、まるで巨大な獣が喉を鳴らしているかのような、不気味な低音が短くリズムを刻んで騒音に支配されている。それのせいで少女たちは落ち着けず、アナウンスもよく聞こえていない。
それでもアナウンスは、こちらの事情など関係なく進行を続ける。おそらく、ゲーム説明中は強制進行なのだろう。
「今回のゲームは〈リボルバーゲーム〉です。」
「は?」
不穏なゲームの題名に、少女たちの空気が一気に重くなる。先程まで漂っていた穏やかな雰囲気が、現実に引き戻されていく。
アナウンスはそんな空気を感じ取ることもなく、前回と同じようにルール説明へと移る。
「まず皆様には、あそこにあるリボルバー型の機械に1人1つ入ってもらいます。」
黒い巨大な物体――上から見ると弾丸のリボルバーのようなそれの穴が、パカッと開く。穴は6つ、それが2つあるので、ぴったり12人全員が入る設計になっていた。
少女たちはしばらく緊張気味に次の説明を待っていたが、アナウンスはそこで止まった。それは、このリボルバーの中に入るまで次の説明が始まらないことを意味していた。
「……リボルバーってさ、あの銃に弾丸を詰めるやつ?」
「そうだね。」
「じゃあ、私たち撃ち出されちゃうの!?」
少女の叫びに、全員が気まずそうに押し黙る。誰もがこれから始まる恐ろしいゲームに怯え、しばらく誰も動こうとしない。
パタンッ
1人の少女、〈マイ〉が扉を閉めてリボルバーの中に入る。そして全員に向かって不思議そうに首を傾げた。
「みんな何してるのー? 早く入って始めよーよー。」
「……いやいや、入るの怖くないの?」
「全然? なんか遊園地のティーカップみたい!」
あまりにも危機感のない発言に、思わず〈プリン〉は吹き出してしまう。
「あー! 〈プリン〉笑ったでしょ! 〈プリン〉も早く入ろーよー!」
〈マイ〉がそう言い終わるや否や、続くように〈マイ〉の隣に〈ラムネ〉が入っていく。
「確かに、入らないとここから出ることもできないし、覚悟を決めるしかないよね。」
「〈ラムネ〉ぇ! だよねー!」
少女たちも彼女たちの言葉に、徐々に理解を示してリボルバーへと近づいていく。
「……確かに、入らなきゃ始まらないか……。」
「そうだね……。」
少女たちが次々とリボルバーの中に入っていく。しかし〈マイ〉と〈ラムネ〉のいない方のリボルバーが人気で、先に満員になった。
「なんでみんなそっち行くの!」
〈ラムネ〉は気まずそうに頭をかき、苦笑いする。〈プリン〉から見ても、その理由はなんとなく分かった。おそらくこれはチーム戦だ。
〈プリン〉は〈マイ〉の右隣に入っていった。
「よかったー! やっぱり〈プリン〉はこっちに来てくれると思った! 嬉しい!」
「よろしくね。」
そうしているうちに、全員がリボルバーの中に入り終わる。それを待っていたかのように、アナウンスが再び流れ始めた。
「皆様、ありがとうございます。今回は同じリボルバーの中に入った方々がチームになります。右側のチームは赤チーム、左側のチームは青チームになります。」
その説明の後、リボルバーの奥の壁に赤と青の幕が垂れ下がる。〈プリン〉たちは青チームだった。
「やっぱりね……よかった。」
「ちょっと! よかったって何よ、〈マシュ〉!」
〈マシュ〉と呼ばれた向かい側の少女に〈マイ〉が噛みつく。〈マシュ〉は少し気まずそうに、にやっとしてから手を合わせて謝った。
「このゲームはターン制で、選択権に回った方が、それぞれに設置されているパネルから三つの選択肢を選んでもらいます。」
「1つ目は【装填】。言葉通り、1つの弾をリボルバーに込めます。2つ目は【発砲】。【装填】した好きな数の弾を、向かい側の選択権を持つ相手に発射します。3つ目は【回復】。これも【装填】した弾を消費して自身のライフを回復できます。そして、これらの選択をし終えると、リボルバーが回って次の人にローテーションしていきます。」
「このゲームの【装填】した弾はチーム共有の資源になります。個人のライフは5個、装填数も同様に最大5個。なのでチームで協力して5回【装填】して相手に【発砲】すれば、確実に1人を倒すことができます。」
「勝利条件は相手チームを全滅させることです。もしくは百ターンが過ぎると強制的に両チーム敗北となります。」
〈プリン〉はパネルを見ながら、顎に手を添えて考え込む。その隣で〈マイ〉は大きな声で騒いでいた。
「待って待って! 意味分かんない! どういうこと!?」
「わ、分かんない? でもやっていけば多分分かると思うから安心して。」
〈ラムネ〉は〈マイ〉を宥めるように優しく言った。しかし彼女自身も、チームの少女たちも少し不安そうだった。
〈プリン〉を除いては。
「説明は以上です。それでは、何か質問はありますか。」
〈プリン〉がすっと手を挙げた。
「このゲームにおいて【発砲】されて敗退した場合、死ぬことはありますか? また、すでに敗退した人が選択権を持っている場合はスキップされて次の人に回りますか?」
「質問ありがとうございます。敗退した場合、前回のゲームと同様に麻酔を撃たれて動けなくなります。また、敗退した人はスキップされ、次の生存者に選択権が回ります。」
少女たちから安堵の表情が見られる。リボルバーゲームと聞いたときは本当に撃たれるのかと思ったが、そうではないと〈プリン〉の質問で確定した。
「それでは1ターン目を開始します。最初の選択権は、赤チームの〈ツキノ〉さんと青チームの〈ユラン〉さんです。〈ツキノ〉から選択をお願いします。」
ヴヴヴン
ゲームが始まると、リボルバーがゆっくりと回転し、〈ツキノ〉と〈ユラン〉が向かい合う位置になる。そしてモニターもその2人の上に移動し、【装填】された弾の数と、お互いのライフが表示された。
「いくよ! 赤チーム!」
〈ツキノ〉の大きな声に、赤チームの空気が引き締まる。
〈ツキノ〉は【装填】を選択する。すると、モニターに1つ弾が表示された。
ヴヴヴン
そして赤チームの選択権が右隣に移動する。
「なるほどね……。」
〈プリン〉は静かに頷いた。
その口元が、一瞬だけわずかに吊り上がっていた。




