不覚
〈ニコ〉の目の前には、残り時間が2秒で止まっている爆弾と、それに祈りを捧げるように座っている少女がいた。
「なるほどねぇ。そういうことだったのかぁ。」
〈ニコ〉が話しかけるように言った言葉も、少女は反応せず、独り言になってしまう。反応しないのを不服に思った〈ニコ〉は、絶対に反応するであろうブラフをかける。
「でも〈プリン〉、残念だったねぇ。私が来たから負け確だよぉ。」
「〈ニコ〉、もう爆弾交換カードも点火カードも持ってないでしょ。」
何となく通じないだろうなと感じてはいたが、やはりハッタリは見透かされてしまった。しかし、返事をもらえたので、完全に無視を決め込もうとしているわけではないと分かる。〈ニコ〉はゆっくりと爆弾と〈プリン〉に近づく。
「流石だねぇ。こういう勝ち方もあるんだぁ。」
「……」
「〈ニコ〉はこの戦法、最初から思いついていたの?」
「まあ……」
歯切れの悪い返答だった。まだ警戒が解けていないのが分かる。〈ニコ〉は、その警戒を解くため、〈プリン〉と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。
それと同時、今度は〈プリン〉の方が突拍子もなく地面に向けて話し始めた。
「そもそもの話、このゲームって何の意味があるんだろう……。ゲーム開始前の説明でウイルスの感染者だとか、死ぬまで1週間だとか言われてたけど、体に異変はないし、すぐに殺されるゲームじゃないから緊張感もそこまでない……」
確かに、このゲームに夢中で忘れていたが、そんなことも言っていたような気がする。
「んー、確かにぃ。そもそもウイルス感染者のくだりは全然信用してなかったしぃ。嘘っぽすぎない? 1週間で全員死ぬとか。このゲームに関しては、【選別】なのかなぁ?って思ってるぅ。」
「【選別】?」
〈プリン〉は聞き慣れない言葉に、思わず〈ニコ〉の方を向いた。
「ほら、私たちって全員女子で年も近いじゃん? そういう同じ枠組みの人たちをそれぞれ集めて、優秀な人以外は排除する的な?」
「なんのために?」
「しーらないっ!」
そう言って〈ニコ〉は手のひらを横に曲げて首を傾げる。それを見た〈プリン〉は小さくため息をついた後、何もない地面に視線を戻す。
「まあ、その話は一理あるね。私たち以外にも、同じ性別・年齢の人がたくさんゲームを行って【選別】されている。理由は分からないけど。」
「それかぁ。あの嘘っぽいウイルスの話を信じるなら、このゲームを観ている人がいて、これを娯楽として、治療薬を生産するお金を稼いでいるとかもあり得るよねぇ。」
「……そっちの方が目的も分かりやすいし、嘘っぽいところを除けば可能性は高いか。」
そう言いながら〈プリン〉は顎に手を当て、考えるポーズを取る。考えるのが面倒くさくなった〈ニコ〉は、すくっと立ち上がって話を変えようとする。
「そうねぇ。まっ、どっちにしても私は勝ちがほぼ確定してるんだし、関係ないけどっ。」
「えっ。」
〈ニコ〉の勝利宣言に、〈プリン〉はさっきより驚いた顔でこちらを見た。その〈プリン〉の表情で反射的に不安になった〈ニコ〉は、思わず聞き返してしまった。
「な、なにぃ?」
「えっと……」
〈プリン〉はゆっくりと口を開く。その一瞬が、スローモーションのようだった。
〈ニコ〉は早歩きで3階の廊下を歩き出す。可能性は限りなく低いがゼロではなかった。確かめるために、早く自分の爆弾の場所に戻らなければいけない。そう思うと、さらに歩くスピードは上がっていく。
中央階段を下り、まずは2階の館主の寝室へ向かった。
「……い、いない。」
両扉をガバっと開けてから、そう小さく呟いた。焦燥感がどんどん膨れ上がっていく。この部屋にある爆弾はまだ動いていた。さらに最悪なことに、その爆弾の残り時間は〈ニコ〉の爆弾より4分ほど長い。
〈ニコ〉は一度冷静になるために息をついてから、これまでの流れを思い出す。
この爆弾は、〈オタ〉が爆弾交換カードで交換された爆弾であり、動いているのは〈ユウヒ〉が点火カードを使ったからである。しかし誤算だったのは、思ったより〈ユウヒ〉が点火したのが遅かったということ。私は〈オタ〉の爆弾がもっと早く点火されると思って〈ユウヒ〉の爆弾と交換したが、結局、一番残り時間が長かったのは〈オタ〉と交換したこの爆弾のままだった。
つまり、〈ニコ〉の作戦はうまくいっていない。動いたままの自分の爆弾をギリギリで消火しても、時間が残っている彼女が爆弾交換カードを持っていれば、この爆弾と交換されてしまう可能性が高い。
〈ニコ〉は消火カードを使うために自分の爆弾の所へ戻らなければいけないと考え、1階へ行くために中央階段へ走った。柱の掛け時計を見ると、外に出てから10分が経過しているので、爆弾の残り時間は5分を切っているだろう。
1階の食堂を抜けた先、応接室に〈ニコ〉の爆弾はある。〈ニコ〉は応接室の扉の前で一度息を整えた。彼女がいませんように、私の作戦に気づいていませんように、と願いながら扉を開けた。
しかし残念なことに、〈ニコ〉の願いは叶わない。
「はぁ……やっぱりここにいたんだねぇ。〈ヒバチ〉……」
滅多に走らないのが祟って、息を整えたのに喋ろうとすると息が乱れて声が小さくなる。しかし、それでも〈ニコ〉の姿に気づいた〈ヒバチ〉はクルッと振り返った。
「よぉ。〈プリン〉……」
彼女の目に敵意が宿っているのが分かった。しかし、〈ニコ〉にはあまり思い当たる節がないので困惑する。
「どうしたの? 私、なんかしたっけぇ?」
〈ヒバチ〉は下を向いて、肩を小さく震わせた。
「ふざけんじゃねぇよ……。たとえゲームだろうと、お前は非道すぎる……!」
「え、どういうことぉ……?」
ますます意味が分からない。〈ニコ〉はゲームが始まってから〈ヒバチ〉とちゃんと喋ったのは今が初めてだった。だから、キレられる理由がまるでないはず。それでも、〈ニコ〉の運命は彼女の行動にかかっているため、下手に神経を逆撫でする発言はできない。なるべく笑顔を作ったまま、彼女の反応を伺う。
「とぼけるんじゃねぇよ。お前が〈ユウヒ〉に言ったことも、やったことも全部見てたんだぞ!」
なるほど、〈ユウヒ〉との音楽室での会話を聞かれていたのか。そういえば、音楽室の扉を全開にしたままだったっけ。
でも、なんで?
「それは、〈ヒバチ〉には関係ないじゃん。」
その瞬間、〈ヒバチ〉の感情が弾けるように動き出す。マズったと思った時には、〈ヒバチ〉に胸ぐらをつかまれたまま壁際に押されてしまった。
「お前はそうやって人を馬鹿にして生きてきたのか!!」
〈ヒバチ〉の怒鳴りに一瞬動揺したが、すぐに冷静になる。そして〈ニコ〉は、これが暴力にならないかなと考え始めた。そうすれば〈ヒバチ〉は失格になってゲームに勝てるのになぁ、と。しかし残念なことに、ゲーム側の暴力の判定には引っかかっていなかった。それなら——
「そうだよぉ、そうやって生きてきたぁ。だって〈ユウヒ〉、本当にこのゲームのセンスない雑魚だったんだもーん。」
〈ニコ〉はそう言って、煽るように目を細めて見つめる。火に油を注ぐように、もっと怒りを爆発させれば、暴力の一つや二つあるだろうと勝ちを確信していた。
しかし〈ヒバチ〉は、そのまま殴りかかるでも壁に叩きつけるでもなく、むしろ襟元をつかんでいた手がだんだんと弱まっていく。
「〈ニコ〉、そうか……」
ゆっくりと首周りが軽くなった。確かに〈ヒバチ〉のその目にはまだ怒気がこもっているはずだった。怒っているはずなのに、突如冷静になり始めたことに動揺を隠せない〈ニコ〉は、壁を這うようにずり落ちる。
そして〈ヒバチ〉は、倒れ込む〈ニコ〉を睨みつけながら、ドスの効いた低い声で言い放った。
「ゲームに勝つためだったら、そこまでするんだな……。お前がそういうつもりなら、こっちだって考えがある。」
〈ニコ〉は、焦燥感とある種の絶望に近い感情がうごめき、目を泳がせる。爆弾の残り時間は2分を切っていた。もうなりふり構っていられないと悟った〈ニコ〉は、いつもより下手な笑顔を作る。
「あー、あっ、そ。どうでもいいけど私、消火カード持ってて、早く時間止めたいからどいてくれなぁい?」
そう言うと、〈ヒバチ〉は黙ったままそっと離れた。〈ニコ〉は冷静を装ってスッと立ち上がり、爆弾の方へ歩き出した。
そのすれ違いざま、小さな声が耳に届く。
「ウチ、点火カードを使うから。」
足を止めて、バッと振り返る。
「なんで!? 意味わかんない! 使うなら爆弾交換カー……」
勢い余って余計なことを言いそうになる口を手で覆った。
しかし、その一言に〈ヒバチ〉は振り返らないまま小さく呟いた。
「私は人を貶しめて、自分だけ助かるなんて卑怯なことはできないから。」
「は……はぁ!?」
ありえない。ありえない。ありえない!
絶対に勝てる場面なのにも関わらず、舐めた理由で相討ちを選ぶなんて! しかも、この私相手に!
あまりにも屈辱的で何も言えないまま、どんどん呼吸が荒くなっていく。言葉を紡ごうとしても、怒りが思考を邪魔して何も出てこない。
「……っ!」
何も言えないまま残り時間だけが過ぎていくのを嫌った〈ニコ〉は、バッと視線を爆弾に戻して消火カードをスカートのポケットから取り出す。筐体のカード差し込み口にカードを滑り込ませる直前、〈ニコ〉は最後の抵抗のように、試すような口調で煽ってみる。
「そんなカッコつけちゃって、人間っていうのは最後は自分のことばっかり考えるものなんだよ? そもそも他人が負けてるのに、なんで〈ヒバチ〉が怒るのぉ? ヒーロー気取りのつもり? そんなに人助けしたいならカードなんか使わず、一人で死ねばいいじゃない。」
消火カードが吸い込まれる。爆弾の残り時間は10秒で止まった。
「そう思えれば、どれだけ楽だったんだろうな……」
そう小さく呟く〈ヒバチ〉は、ゆっくり〈ニコ〉の方に振り向いた。〈ニコ〉は荒くなる息を整えるように、ゆっくりと浅く呼吸して〈ヒバチ〉を見つめる。
〈ヒバチ〉は、おもむろにポケットからカードを1枚取り出し、爆弾に近づいてくる。
「ねぇ、ねぇ! もうやめて! 私が悪かったから! 許してよぉ!」
〈ニコ〉はペタンと地面に座り込み、上目遣いで〈ヒバチ〉に懇願した。端から見れば情緒が不安定に見えるかもしれないが、勝つためには何でもやる〈ニコ〉の特技だった。
〈ヒバチ〉は爆弾の目の前で足を止めた。
「少しは、〈ユウヒ〉とか他の負けた人たちの気持ちが分かったか?」
「わ、分かったから! もうしないからぁ!」
泣き落としが効いていると願って必死に演技を続ける。役になりきりすぎて、思わず涙が溢れてくる。
それを見た〈ヒバチ〉は穏やかな表情に変わり、〈ニコ〉と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。〈ニコ〉は「キタ!」と心の中でガッツポーズをする。
その瞬間、〈ヒバチ〉の腕が〈ニコ〉の頭に伸びた。
「その気持ちを大切にして生きてくれよ。」
そう言って、頭を撫でられる。
「は?」
意味が分からず、思わず素が漏れてしまう。
〈ヒバチ〉はそのままもう一度立ち上がり、今度こそ爆弾にカードを挿入する。そうして、残り時間は10秒のカウントダウンを始めた。
「なんで! 意味がわかんない! 本当に爆弾交換カードも使わないし、これじゃあ共倒れじゃん! どうしてっ!」
〈ニコ〉の叫びにも〈ヒバチ〉はただ微笑むだけだった。その余裕な表情も、理解不能な行動も、何もかもが受け入れられず、悔しくて叫び散らす。
「なんで! なんで! なんでなのっ! ふざけんな! ふざけんな! ふざけっ……!」
ドカーン!
トシュ
カウントダウンがゼロになると同時に爆発音が鳴り、細い針が〈ニコ〉に刺さる。そして、電池が切れたように座ったまま頭から地面に倒れ込む。
その静けさの中で、〈ヒバチ〉はただポツンと佇んでいるだけだった。




