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ごめんね、君は救われて。  作者: 星海
1日目
5/7

不覚


〈ニコ〉の目の前には、残り時間が2秒で止まっている爆弾と、それに祈りを捧げるように座っている少女がいた。


「なるほどねぇ。そういうことだったのかぁ。」


 〈ニコ〉が話しかけるように言った言葉も、少女は反応せず、独り言になってしまう。反応しないのを不服に思った〈ニコ〉は、絶対に反応するであろうブラフをかける。


「でも〈プリン〉、残念だったねぇ。私が来たから負け確だよぉ。」


「〈ニコ〉、もう爆弾交換カードも点火カードも持ってないでしょ。」


 何となく通じないだろうなと感じてはいたが、やはりハッタリは見透かされてしまった。しかし、返事をもらえたので、完全に無視を決め込もうとしているわけではないと分かる。〈ニコ〉はゆっくりと爆弾と〈プリン〉に近づく。


「流石だねぇ。こういう勝ち方もあるんだぁ。」


「……」


「〈ニコ〉はこの戦法、最初から思いついていたの?」


「まあ……」


 歯切れの悪い返答だった。まだ警戒が解けていないのが分かる。〈ニコ〉は、その警戒を解くため、〈プリン〉と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。


 それと同時、今度は〈プリン〉の方が突拍子もなく地面に向けて話し始めた。


「そもそもの話、このゲームって何の意味があるんだろう……。ゲーム開始前の説明でウイルスの感染者だとか、死ぬまで1週間だとか言われてたけど、体に異変はないし、すぐに殺されるゲームじゃないから緊張感もそこまでない……」


 確かに、このゲームに夢中で忘れていたが、そんなことも言っていたような気がする。


「んー、確かにぃ。そもそもウイルス感染者のくだりは全然信用してなかったしぃ。嘘っぽすぎない? 1週間で全員死ぬとか。このゲームに関しては、【選別】なのかなぁ?って思ってるぅ。」


「【選別】?」


 〈プリン〉は聞き慣れない言葉に、思わず〈ニコ〉の方を向いた。


「ほら、私たちって全員女子で年も近いじゃん? そういう同じ枠組みの人たちをそれぞれ集めて、優秀な人以外は排除する的な?」


「なんのために?」


「しーらないっ!」


 そう言って〈ニコ〉は手のひらを横に曲げて首を傾げる。それを見た〈プリン〉は小さくため息をついた後、何もない地面に視線を戻す。


「まあ、その話は一理あるね。私たち以外にも、同じ性別・年齢の人がたくさんゲームを行って【選別】されている。理由は分からないけど。」


「それかぁ。あの嘘っぽいウイルスの話を信じるなら、このゲームを観ている人がいて、これを娯楽として、治療薬を生産するお金を稼いでいるとかもあり得るよねぇ。」


「……そっちの方が目的も分かりやすいし、嘘っぽいところを除けば可能性は高いか。」


 そう言いながら〈プリン〉は顎に手を当て、考えるポーズを取る。考えるのが面倒くさくなった〈ニコ〉は、すくっと立ち上がって話を変えようとする。


「そうねぇ。まっ、どっちにしても私は勝ちがほぼ確定してるんだし、関係ないけどっ。」


「えっ。」


 〈ニコ〉の勝利宣言に、〈プリン〉はさっきより驚いた顔でこちらを見た。その〈プリン〉の表情で反射的に不安になった〈ニコ〉は、思わず聞き返してしまった。


「な、なにぃ?」


「えっと……」


 〈プリン〉はゆっくりと口を開く。その一瞬が、スローモーションのようだった。




 〈ニコ〉は早歩きで3階の廊下を歩き出す。可能性は限りなく低いがゼロではなかった。確かめるために、早く自分の爆弾の場所に戻らなければいけない。そう思うと、さらに歩くスピードは上がっていく。


 中央階段を下り、まずは2階の館主の寝室へ向かった。


「……い、いない。」


 両扉をガバっと開けてから、そう小さく呟いた。焦燥感がどんどん膨れ上がっていく。この部屋にある爆弾はまだ動いていた。さらに最悪なことに、その爆弾の残り時間は〈ニコ〉の爆弾より4分ほど長い。


 〈ニコ〉は一度冷静になるために息をついてから、これまでの流れを思い出す。


 この爆弾は、〈オタ〉が爆弾交換カードで交換された爆弾であり、動いているのは〈ユウヒ〉が点火カードを使ったからである。しかし誤算だったのは、思ったより〈ユウヒ〉が点火したのが遅かったということ。私は〈オタ〉の爆弾がもっと早く点火されると思って〈ユウヒ〉の爆弾と交換したが、結局、一番残り時間が長かったのは〈オタ〉と交換したこの爆弾のままだった。


 つまり、〈ニコ〉の作戦はうまくいっていない。動いたままの自分の爆弾をギリギリで消火しても、時間が残っている彼女が爆弾交換カードを持っていれば、この爆弾と交換されてしまう可能性が高い。


 〈ニコ〉は消火カードを使うために自分の爆弾の所へ戻らなければいけないと考え、1階へ行くために中央階段へ走った。柱の掛け時計を見ると、外に出てから10分が経過しているので、爆弾の残り時間は5分を切っているだろう。


 1階の食堂を抜けた先、応接室に〈ニコ〉の爆弾はある。〈ニコ〉は応接室の扉の前で一度息を整えた。彼女がいませんように、私の作戦に気づいていませんように、と願いながら扉を開けた。


 しかし残念なことに、〈ニコ〉の願いは叶わない。


「はぁ……やっぱりここにいたんだねぇ。〈ヒバチ〉……」


 滅多に走らないのが祟って、息を整えたのに喋ろうとすると息が乱れて声が小さくなる。しかし、それでも〈ニコ〉の姿に気づいた〈ヒバチ〉はクルッと振り返った。


「よぉ。〈プリン〉……」


 彼女の目に敵意が宿っているのが分かった。しかし、〈ニコ〉にはあまり思い当たる節がないので困惑する。


「どうしたの? 私、なんかしたっけぇ?」


 〈ヒバチ〉は下を向いて、肩を小さく震わせた。


「ふざけんじゃねぇよ……。たとえゲームだろうと、お前は非道すぎる……!」


「え、どういうことぉ……?」


 ますます意味が分からない。〈ニコ〉はゲームが始まってから〈ヒバチ〉とちゃんと喋ったのは今が初めてだった。だから、キレられる理由がまるでないはず。それでも、〈ニコ〉の運命は彼女の行動にかかっているため、下手に神経を逆撫でする発言はできない。なるべく笑顔を作ったまま、彼女の反応を伺う。


「とぼけるんじゃねぇよ。お前が〈ユウヒ〉に言ったことも、やったことも全部見てたんだぞ!」


 なるほど、〈ユウヒ〉との音楽室での会話を聞かれていたのか。そういえば、音楽室の扉を全開にしたままだったっけ。


 でも、なんで?


「それは、〈ヒバチ〉には関係ないじゃん。」


 その瞬間、〈ヒバチ〉の感情が弾けるように動き出す。マズったと思った時には、〈ヒバチ〉に胸ぐらをつかまれたまま壁際に押されてしまった。


「お前はそうやって人を馬鹿にして生きてきたのか!!」


 〈ヒバチ〉の怒鳴りに一瞬動揺したが、すぐに冷静になる。そして〈ニコ〉は、これが暴力にならないかなと考え始めた。そうすれば〈ヒバチ〉は失格になってゲームに勝てるのになぁ、と。しかし残念なことに、ゲーム側の暴力の判定には引っかかっていなかった。それなら——


「そうだよぉ、そうやって生きてきたぁ。だって〈ユウヒ〉、本当にこのゲームのセンスない雑魚だったんだもーん。」


 〈ニコ〉はそう言って、煽るように目を細めて見つめる。火に油を注ぐように、もっと怒りを爆発させれば、暴力の一つや二つあるだろうと勝ちを確信していた。


 しかし〈ヒバチ〉は、そのまま殴りかかるでも壁に叩きつけるでもなく、むしろ襟元をつかんでいた手がだんだんと弱まっていく。


「〈ニコ〉、そうか……」


 ゆっくりと首周りが軽くなった。確かに〈ヒバチ〉のその目にはまだ怒気がこもっているはずだった。怒っているはずなのに、突如冷静になり始めたことに動揺を隠せない〈ニコ〉は、壁を這うようにずり落ちる。


 そして〈ヒバチ〉は、倒れ込む〈ニコ〉を睨みつけながら、ドスの効いた低い声で言い放った。


「ゲームに勝つためだったら、そこまでするんだな……。お前がそういうつもりなら、こっちだって考えがある。」


 〈ニコ〉は、焦燥感とある種の絶望に近い感情がうごめき、目を泳がせる。爆弾の残り時間は2分を切っていた。もうなりふり構っていられないと悟った〈ニコ〉は、いつもより下手な笑顔を作る。


「あー、あっ、そ。どうでもいいけど私、消火カード持ってて、早く時間止めたいからどいてくれなぁい?」


 そう言うと、〈ヒバチ〉は黙ったままそっと離れた。〈ニコ〉は冷静を装ってスッと立ち上がり、爆弾の方へ歩き出した。


 そのすれ違いざま、小さな声が耳に届く。


「ウチ、点火カードを使うから。」


 足を止めて、バッと振り返る。


「なんで!? 意味わかんない! 使うなら爆弾交換カー……」


 勢い余って余計なことを言いそうになる口を手で覆った。


 しかし、その一言に〈ヒバチ〉は振り返らないまま小さく呟いた。


「私は人を貶しめて、自分だけ助かるなんて卑怯なことはできないから。」


「は……はぁ!?」


 ありえない。ありえない。ありえない!


 絶対に勝てる場面なのにも関わらず、舐めた理由で相討ちを選ぶなんて! しかも、この私相手に!


 あまりにも屈辱的で何も言えないまま、どんどん呼吸が荒くなっていく。言葉を紡ごうとしても、怒りが思考を邪魔して何も出てこない。


「……っ!」


 何も言えないまま残り時間だけが過ぎていくのを嫌った〈ニコ〉は、バッと視線を爆弾に戻して消火カードをスカートのポケットから取り出す。筐体のカード差し込み口にカードを滑り込ませる直前、〈ニコ〉は最後の抵抗のように、試すような口調で煽ってみる。


「そんなカッコつけちゃって、人間っていうのは最後は自分のことばっかり考えるものなんだよ? そもそも他人が負けてるのに、なんで〈ヒバチ〉が怒るのぉ? ヒーロー気取りのつもり? そんなに人助けしたいならカードなんか使わず、一人で死ねばいいじゃない。」


 消火カードが吸い込まれる。爆弾の残り時間は10秒で止まった。


「そう思えれば、どれだけ楽だったんだろうな……」


 そう小さく呟く〈ヒバチ〉は、ゆっくり〈ニコ〉の方に振り向いた。〈ニコ〉は荒くなる息を整えるように、ゆっくりと浅く呼吸して〈ヒバチ〉を見つめる。


 〈ヒバチ〉は、おもむろにポケットからカードを1枚取り出し、爆弾に近づいてくる。


「ねぇ、ねぇ! もうやめて! 私が悪かったから! 許してよぉ!」


 〈ニコ〉はペタンと地面に座り込み、上目遣いで〈ヒバチ〉に懇願した。端から見れば情緒が不安定に見えるかもしれないが、勝つためには何でもやる〈ニコ〉の特技だった。


 〈ヒバチ〉は爆弾の目の前で足を止めた。


「少しは、〈ユウヒ〉とか他の負けた人たちの気持ちが分かったか?」


「わ、分かったから! もうしないからぁ!」


 泣き落としが効いていると願って必死に演技を続ける。役になりきりすぎて、思わず涙が溢れてくる。


 それを見た〈ヒバチ〉は穏やかな表情に変わり、〈ニコ〉と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。〈ニコ〉は「キタ!」と心の中でガッツポーズをする。


 その瞬間、〈ヒバチ〉の腕が〈ニコ〉の頭に伸びた。


「その気持ちを大切にして生きてくれよ。」


 そう言って、頭を撫でられる。


「は?」


 意味が分からず、思わず素が漏れてしまう。


 〈ヒバチ〉はそのままもう一度立ち上がり、今度こそ爆弾にカードを挿入する。そうして、残り時間は10秒のカウントダウンを始めた。


「なんで! 意味がわかんない! 本当に爆弾交換カードも使わないし、これじゃあ共倒れじゃん! どうしてっ!」


 〈ニコ〉の叫びにも〈ヒバチ〉はただ微笑むだけだった。その余裕な表情も、理解不能な行動も、何もかもが受け入れられず、悔しくて叫び散らす。


「なんで! なんで! なんでなのっ! ふざけんな! ふざけんな! ふざけっ……!」


 ドカーン!


 トシュ


 カウントダウンがゼロになると同時に爆発音が鳴り、細い針が〈ニコ〉に刺さる。そして、電池が切れたように座ったまま頭から地面に倒れ込む。


 その静けさの中で、〈ヒバチ〉はただポツンと佇んでいるだけだった。

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