後半戦
〈ミソラ〉の目の前には、1人の少女がいた。
彼女の目は〈ミソラ〉への怒りに満ちていた。その理由はきっと、〈ミソラ〉が彼女の爆弾に爆弾交換カードを使ったからであろう。
でも不思議だった。なぜ、その場にいなかったのに〈ミソラ〉が犯人だと分かったのだろうか。
それは〈ミソラ〉が聞かなくても、すぐに教えてくれた。
「〈ユウヒ〉さんから聞きました。私の爆弾に爆弾交換カードを使ったって。どうしてそんなことするんですか!?」
どうしてと言われたって、理由は1つしかない。なぜそんな質問をするのか本当に分からなかったので、首を傾げる。
「……それは勝って生き残るためでしょ?」
「で、でもそれが人を陥れてるんです!」
やはり、〈ミソラ〉には意味がよく分からなかった。
「……陥れるって、私が〈オタ〉さんを?」
「そうですよ!」
「で、でも〈オタ〉さんも〈ヒバチ〉さんに爆弾交換カードを使いましたよね……?」
「そ、それは……〈ユウヒ〉さんが私に点火カードを使ったから、これじゃあ負けちゃうって思って……」
「それは、自分がされたら人にしてもいいってこと……?」
「ち、ちが……」
〈ミソラ〉を責めるには、〈オタ〉さんの理論は破綻していた。言い包められて動揺を隠せない〈オタ〉さんは、それでもまだ〈ミソラ〉への怒りが消えていない。むしろ増しているような気がする。でも、〈ミソラ〉には関係なかった。
「そ、そもそもこれはただのゲームなんですよ……? ゲームっていうのは楽しくやるものです。陥れるとか、そういうことじゃ……」
「こっちは命がけなんです!」
ああ、なるほど。さっきから〈オタ〉ちゃんの話の意図がよく分からなかったが、ここでようやく考え方が違うことに気づいた。
「もういいです! どうせ〈ミソラ〉さんもクリアできないんですから」
「え?」
〈オタ〉さんは開き直ったように、不敵な笑みを浮かべて1枚のカードを〈ミソラ〉に見せる。さっきまで、人を陥れるのは良くないと言っていた人の表情ではないと思った。
「この点火カードで、あんたも死んでもらうから」
〈ミソラ〉は、まだ動揺を隠せない。だって……。
「あ、あの……」
〈ミソラ〉の声はもう、〈オタ〉の耳には届かなかった。
もう時間が数分もない〈オタ〉は、ずんずんと〈ミソラ〉の爆弾に近づいてくる。止める術を持ち合わせていない〈ミソラ〉は、ただそれを見守ることしかできなかった。
「……これで、あんたも負けだから……」
点火カードを入れた〈オタ〉は、若干我に返ったのか、目を合わせないように俯いたまま気まずそうにそう言った。爆弾の残り時間はどんどん減っていく。それを見た〈ミソラ〉は、慌てることもなく、気まずそうに目を泳がせる。
「あ、あの……私、まだ持っているんです……」
そう言って〈ミソラ〉は、スカートの胸ポケットから1枚のカードを取り出した。〈オタ〉は俯いた顔をゆっくりと見上げて、それから絶望したような顔になっていく。
「な、何で……。嘘……。あっ、まだ使ってないから……。あんなに時間が少なかったって……」
「ご、ごめんなさい……」
そう言って〈ミソラ〉は、困ったような顔のまま、崩れ落ちた〈オタ〉を躱しながら爆弾に消火カードを使った。
「何で……。何で……」
〈オタ〉は、信じられないような顔をしながら〈ミソラ〉を見上げている。その目には涙を溜めていた。やはり、〈ミソラ〉には〈オタ〉の気持ちは分からなかった。
トシュ
「あっ……」
その後すぐ、〈オタ〉の爆弾が爆発したのか、どこからか細長い何かが風を切って〈オタ〉の首元に刺さった。そうして、目を閉じながら電池が切れたように倒れる。
静かな多目的ホールに、ぽつんと動かなくなった〈オタ〉を見た〈ミソラ〉は、少しだけ心が揺れるのを紛らわすように手を合わせた。
「あっれぇ? 〈ミソラ〉じゃーん(笑)」
〈ミソラ〉は、慌てて声が聞こえた方に振り向く。振り向いた先には、薄気味悪い笑顔を浮かべている〈ニコ〉が、多目的ホールの入り口に立っていた。
〈ミソラ〉は嫌な予感を顔には出さず、じっと近づいてくる〈ニコ〉を見つめ続ける。
「あれぇ。〈オタ〉なんでこんな所で倒れてるのぉ?」
そう言いながら、動かなくなった〈オタ〉の前で座り込んで、そっと頭を撫で始めた。
「な、何しに来たんですか……」
〈ミソラ〉は恐る恐る尋ねる。
「んー。強いて言うなら、〈オタ〉の敵討ちぃ?」
「……見てたんですか?」
「さぁ。どうでしょうかぁ」
〈ニコ〉は小さくしゃがみ込んだまま、〈ミソラ〉を見上げて言った。
「惜しかったねぇ」
余裕そうな顔を見るに、〈ニコ〉は消火カードを持っているか、爆弾が止まっているのだろう。同時に、点火カードを持っていて、〈ミソラ〉に今使うことで点火カードを使わせなくして勝つ。すべてが完璧だと思った。
純粋に、自分と何が違ったのか気になった。
「私のどこが敗因だったんでしょうか」
〈ニコ〉は顎に手を当てて「んー」と考えた後、答えてくれる。
「〈オタ〉に時間を残したことだねぇ。もっと爆発ギリギリに爆弾交換カードを使わないと」
「で、でもそれだと、仮に相手がカードを使われていて、奪い損だった時どうするんですか」
「まあ、私の場合は常に人がいる部屋を回ってたから。これは情報戦でしょ? 常にハイエナのように狩る意識!」
そう言って、爪を顔の前に立てて「にゃーん」と猫科の真似をする。そのポーズは〈ミソラ〉にはできないなと感じるほどあざとかった。
「それにしても、負けが確定したのに〈ミソラ〉は悲しそうじゃないねぇ。なんでぇ?」
〈ニコ〉は少し口を尖らせてそう言った。
「初めてのゲームで負けるのは普通にあることですし、反省して次に活かそうとは思いますが、悲しいとか怒りの気持ちはないです」
本当にそう思っていた。だから、〈オタ〉の必死な表情と怒っている理由がよく分からなかった。
それを聞いた〈ニコ〉は、すくっと立ち上がって爆弾の前でカードをひらひらと見せびらかした。
「そっかぁ。じゃあ面白くないし、もう入れちゃうねぇ」
そうして、〈ミソラ〉の爆弾の残り時間は、もう一度動き始めてしまった。もう〈ミソラ〉には、この爆弾の爆発を止めることはできない。
「あれぇ?」
〈ニコ〉は〈ミソラ〉の方を見て嬉しそうな笑顔になる。
「何ですか」
〈ミソラ〉は言われたくないことを言われるような気がして身構えた。案の定、〈ニコ〉は〈ミソラ〉の肩に手を乗せて、意地悪な顔になった。
「色々言ってた割に、悔しそうな顔してるじゃん♪」
「……そりゃゲームに負けたんですから」
「ふーん。でも今なら、〈オタ〉の気持ちちょっとは分かるんじゃない?」
〈ミソラ〉は、込み上げる思いを押し殺して、何も返答せずに〈ニコ〉に背を向けて歩き出した。
「あー、逃げたぁ」
そう言われて、ふっと立ち止まる。溢れてしまった気持ちが、思わず口から出てしまう。
「そうやって、負けた相手を煽ってると、いつか罰が当たりますよ」
「負け惜しみぃ?」
「……」
これ以上〈ニコ〉に何を言っても、この憤りを晴らすことはできないと感じた〈ミソラ〉は、それ以上何も言えないまま、多目的ホールを後にした。
負けが確定した〈ミソラ〉は、とある場所に向かっていた。〈ミソラ〉には点火カードも残っている。〈ニコ〉と同じように、序盤は情報を集めたほうがいいと考えていたため、全員の爆弾の位置は分かっていた。
エレベーターで3階へ向かう。思えば、彼女は中盤からずっとどこにも姿を現していない。
〈ミソラ〉は礼拝室の扉をゆっくりと開ける。
「……や、やっぱりいたんですね〈プリン〉さん」
「いるよ」
爆弾の前で小さく座っている〈プリン〉は、扉の前にいる〈ミソラ〉の方を振り向かない。
それより〈ミソラ〉は、〈プリン〉さんの爆弾の残り時間を見て驚いた。〈プリン〉さんの爆弾の残り時間は2秒で止まっていた。つまり、ギリギリで消火カードを使ってから、何もせずここに居続けたのだろう。
「〈ミソラ〉は、もしかして駄目だった?」
駄目だったという遠回しな言い方に配慮を感じる。
「……はい」
「そっか」
その後、沈黙が生まれる。というよりも、〈ミソラ〉が動こうにも動けない空気感というのが正しいだろう。
「何しに来たかは大体分かる。〈ミソラ〉はどうしたい?」
未だに礼拝室の入り口でぽつんと佇んでいる〈ミソラ〉の方を見ることはなく、ただ座り込んだままの〈プリン〉さんは、〈ミソラ〉の心を読んだかのように選択を迫った。
「……本当は、〈プリン〉さんがいなければ点火カードを使おうかなと思ってました。でも、さすがにこれでは点火カードを使う気も失せちゃいますね」
点火カードを使おうとしたことを白状した〈ミソラ〉に対して、〈プリン〉さんはやっとこちらを向いて、優しい笑顔を向けてきた。
「私は〈ミソラ〉の敵じゃないからね」
敵ではないという言葉に違和感を感じる。少なくとも、〈ミソラ〉は全員が敵だと思ってゲームをしていたが、〈プリン〉さんにはまるで敵意を感じない。
「〈プリン〉さんは、最初からこういう展開になるって分かっていたんですか?」
〈ミソラ〉は、少しずつ〈プリン〉さんに近づきながら質問する。だんだん、ぺたんと座った〈プリン〉さんが上目遣いになっていくのが、なんだかお人形さんのようだった。
「いや、最善はギリギリまで消火カードを使わないで、爆弾交換カードを消火カードを使った別の人に使うことだと思う」
「それは、〈ニコ〉さんがやってました……。私は途中までは同じですけど、点火カードでやり返される時間を残してしまって……」
「なるほどね」
「……最初に教えてくれましたよね。先に行った方が有利とも限らないって。それでこの戦法を思いついたんです。言われなかったら、すぐ消火カードを使ってたと思います。だから、教えてくれてありがとうございます」
そう言うと、〈プリン〉は少し照れたように髪をいじいじして目を逸らし、「ありがとう」と言った。最初の時も思ったけれど、嬉しそうなのが分かりやすいなと思った。
「でも、違ったら申し訳ないんですけど……」
「何?」
間違っていたら失礼だけど、きっとこの違和感は気のせいではないと思う。
「あそこで親切に教えてくれたのも、今ここで座り込んでいるのも、全部作戦ですか?」
〈プリン〉さんは一瞬驚いた顔をした後、目線を左上に移してから答える。
「敵を作りたくなかったって意味ではそうかもね。でも、ただ優しくしたかったからしたのもあるよ」
「そうですか……」
少し濁された回答に、完全には納得できなかった。それに気づいたのか、〈プリン〉は付け足すように話し始める。
「ドッジボールって分かる?」
「ど、ドッジボールですか……? ま、まあ何となく……」
「私、小学生の時、ドッジボールでよく最後に残っちゃってたんだよね。何でだと思う……?」
「何でって……」
「それは、私の影が薄いから」
「えっ……?」
何が言いたいのか分からなかった。急な自虐なのかと思って慰めの言葉を考える。しかし、思いつくより先に〈プリン〉が話を続けた。
「ドッジボールに勝つためには、強い人が相手にボールを当てて人数を減らす必要があるでしょ? でも同時に、その人は目立つから狙われるんだ。同じように、動きが悪い人も、変な位置にいる人も、声が出ている人も。こういう人たちが当てられていくと、最後に残るのはそれらに当てはまっていない人たちになる。それは、特徴がない“影が薄い人”なんだよ」
「た、確かに……」
「そしてこのゲームも同じだと思ったんだ。クリアするためには爆弾を最後まで残しておく必要がある。でもこのゲームの仕様上、絶対に蹴落とし合いが始まってしまうから、なるべく目立たず、敵意を見せないように立ち回ったんだよ。初対面だということと、3階に爆弾があったことも運が良かったと思う」
「で、でもこのゲームの勝利条件は、爆弾の残り時間が大切じゃないですか。残り2秒じゃ、生き残った人が2人いたらほぼ負けますし、他のカードを使う時間もない。そもそも、私が非道だったら点火カードを挿入して爆発させますし……」
「そうだね。だから最善じゃないの。ドッジボールだって、強い人がキャッチして当たらないのが一番いいでしょ? でも、私はそういう戦い方を選んだ」
確かに、理にかなっているなと思った。実際に、〈ミソラ〉はその蹴落とし合いの末に負けてしまったので、何も言えない。
「私からも質問していい?」
今度は〈プリン〉から質問される。〈ミソラ〉は、先ほどのお礼もあり、断る理由もないので無言で頷く。
「最初、私が来てからゲーム開始時までずっと泣いていたじゃん? 今は全くそういう雰囲気がないんだけど、どうしてあの時は泣いていたの?」
少しだけ身構えたが、思ったより軽い質問だった。
「私、極度の人見知りなんです。知らない所で知らない人と一緒に暮らすとかを考えたら、泣けてきちゃったんです。でも、ゲームをするってなって、他の人たちは対戦相手だって思うとワクワクして大丈夫になったんです。……変ですよね」
話している途中で、ちょっと異常かもなと思って思わず自虐する。しかし、〈プリン〉さんは優しく否定してくれる。
「変じゃないよ。ゲームが好きなんだね」
「は、はい。実はカードゲームが好きで、このゲームもカードを使うからワクワクしていたんです。今日、ゲーム配信が終わってから外に出た瞬間、気づいたらここにいて、所属事務所からのドッキリかと思ってました……」
「所属事務所……?」
「はい……。一応、カードゲームのプロゲーマーをやらせていただいているんです。すみません……勝手に自分語りしちゃって」
「全然大丈夫だよ。むしろ話してくれてありがとう。プロゲーマーってすごいね」
「で、でもこのゲーム負けちゃったんで、すごくないです……」
なんだか照れくさくなって、謙遜してしまう。
「……次、頑張ってね。応援してる」
〈プリン〉さんの優しい声と笑顔に、〈ミソラ〉も思わず笑みがこぼれる。
「〈プリン〉さんはこのゲーム生き残って、生きて帰れるんですもんね。羨ましい」
「……まだゲームは終わってないから、最後までどうなるかは分からないよ」
ハッと〈プリン〉さんの方を見る。作戦がうまくいっていても最後まで気を抜かない。こういうところに〈プリン〉さんの底知れない強さを感じた。
もし別のゲームで仲間だったら、頼もしい存在になっていたに違いない。
そう思った〈ミソラ〉は、〈プリン〉に小さな約束を交わした。
「そうですね……。じゃあもし次、どこかで会えたら、また仲良くしてほしいです」
「こちらこそ、そうしてもらえると嬉しい」
そんな話をしているうちに、〈ミソラ〉の爆弾の残り時間は終わりを迎えようとしていた。
「それじゃあ私、時間がもう少ないと思うので移動しますね」
そう言って〈ミソラ〉は、〈プリン〉さんに小さく会釈して礼拝室を後にした。ここでゲームオーバーになってもいいかなと思っていたが、動かないまま横たわっているのを見られるのは少し恥ずかしかった。
昔飼っていた猫も、同じような気持ちだったのかもしれない。
向かう当てもなく、3階の狭い廊下をゆっくりと歩く。中央階段の手すりに手を当てた時、ここで倒れたら転げ落ちると思い、階段を一つ飛ばしで急いで降りた。
その踊り場をくるっと回った時、図らずもまた彼女に会ってしまった。
「あれぇ? 〈ミソラ〉まだいたんだ?」
2階から〈ミソラ〉を見上げるように、〈ニコ〉は立っていた。〈ミソラ〉は〈ニコ〉を見た瞬間、ぐっと体に力が入り、一歩だけ後ろに下がった。
「3階って誰かいたっけぇ……。あっ、もしかして〈プリン〉かぁ!」
「はい、そうですけど」
「ってことは〈ミソラ〉が〈プリン〉の爆弾点火したってことぉ?」
〈ニコ〉もさすがの考察力で、〈ミソラ〉が本当はしようとしたことを瞬時に見破る。しかし、
「いいえ、点火カードは使いませんでした」
そう〈ミソラ〉が言うと、〈ニコ〉は首を傾げた。
「えっ、何でぇ?」
「……〈プリン〉さんには恩があったので」
「……」
回答に納得できなかった〈ニコ〉は、今度は眉をひそめて心底不思議そうな顔をする。
「でも、敵だよぉ?」
「……それでも私にはできませんでした」
「……ふーん」
そう言って〈ニコ〉は、2階から階段を登ってくる。〈ミソラ〉は目が合ったまま、それを逸らすことができなかった。
そして、〈ミソラ〉の目の前で登るのを止める。手で銃を作って、〈ミソラ〉のおでこに当てる。
「そんなんじゃ、次も負けちゃうよぉ?」
「そう、かもしれませんね……」
トシュ
そう言い残して、〈ミソラ〉は踊り場で倒れ込む。それを見下ろす〈ニコ〉は、手で作った銃を今度は口元に当てて小さく言った。
「っぱーん。2キル目ぇ」




