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ごめんね、君は救われて。  作者: 星海
1日目
3/7

点火


〈ユウヒ〉は、静かに焦りを感じていた。


 自分の筐体を見つけたのは、ゲーム開始から12分が経過した時だった。


 〈ユウヒ〉は、筐体に自分の名前が表記されているのを見るとすぐ、ポッケから消火カードを取り出した。一度差し込むと、自動的にその筐体に飲み込まれていく。時間は17分48秒で止まっていた。


 冷静ではなかった。


 〈プリン〉ちゃんと〈ヒバチ〉ちゃんの爆弾はまだ見つけていないが、〈オタ〉ちゃん以外の爆弾はまだ残り時間が止まっていなかった。


 今時間を止めれば、2番目になれる可能性があった。だから、慌てて止めた。


 その瞬間、音楽室の重い扉が開く音がした。


「〈プリン〉ちゃん……」


 〈プリン〉ちゃんは、髪が外ハネのショートヘアで、髪色は名前と同じようなプリンヘアー。目から感情が読み取れない、ジト目が特徴的で可愛い女の子だった。


 でもその目が、今はちょっと怖かった。


「……私、まだ爆弾見つけてなくて……」


 そう言いながら彼女は、ジッと〈ユウヒ〉を見続ける。一定の距離を取ってくれているのは、彼女の配慮なのだろうと思う。


「……〈プリン〉ちゃんの爆弾は3階にあると思う」


 本当は、1階と2階に見ていないフロアがあった。心のどこかで、時間稼ぎになるかもしれないと思ってしまった。罪悪感で「……多分ね」と付け足す。


 〈プリン〉ちゃんはほんの少し微笑んだ後、すぐいつもの表情に戻って別の所へ行こうと、ドアノブに手をかけていた。


「〈ユウヒ〉さん、お互い頑張りましょう」


 去り際に言われた〈プリン〉ちゃんの「頑張る」という言葉に、なぜか心がモヤモヤした。


 〈プリン〉ちゃんが音楽室を出てからしばらくして、〈ユウヒ〉も探索に出かけることにした。目的は、〈ユウヒ〉より先にスタートした〈ヒバチ〉の爆弾の残り時間を確認するためである。もし、〈ヒバチ〉の爆弾の残り時間が自分より長かったら、〈ユウヒ〉は3番目になるので、勝利条件を満たせていない。


 ポッケの残り2枚のカードを意識しつつ、とりあえずまだ探索していない、2階の広い寝室へ向かった。


「あっ……」


 音楽室を出てすぐ、1番会いたくない人に出会ってしまった。


「よお、〈ユウヒ〉」


「あっ、どう……も、〈ヒバチ〉ちゃん」


 頭の中ではすぐにいい返事が出てきたのに、喉に突っかかって変な返答になってしまう。


「……大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ。ごめんなさい」


 これ以上変な様子を見せると怪しまれると感じ、その場から離れようとする。しかし〈ヒバチ〉は、何でもないかのように再び話しかけてきた。


「なあ。もう爆弾は見つけたのか?」


 再び鼓動が速くなった〈ユウヒ〉は、顔を見せないように背中を向けたまま答える。


「いいえ、まだ見つかってないわ」


「そうか」


「だから、もう行きますね」


 今度こそ、〈ユウヒ〉はその場から離れるのに成功する。〈ヒバチ〉ちゃんの方こそ、もう爆弾を見つけたのかと聞く余裕はなかった。〈ヒバチ〉が見えなくなったところで、「ふぅ」と深く息をつく。


 こんな調子では、このゲームに勝つことなんて絶対にできない。心を鬼にしなければいけない。そう思ってもう一度息をついた。


 館の主の寝室の扉は左右に広がるタイプで、威厳を感じられる入り口だった。思ったより軽いその扉を開けると、人が5人横になっても余裕がありそうな、大きいベッドが目に飛び込んだ。


 それと同時に、正面のベッド奥に筐体が見えた。〈プリン〉ちゃんの筐体でありますようにと願いながら、その筐体に近づいていく。


 しかし、その願いは届かず、その筐体には〈ヒバチ〉と表記されていた。さらに最悪なことに、爆弾の残り時間は18分12秒で止まっている。〈ユウヒ〉より、その時間は長かった。


 〈ユウヒ〉は冷静にポッケから1枚カードを取り出そうとする。


 手が震えていることに気づいた。


 気づいてしまったら、余計に緊張が走って空気が薄くなっていく。


 「大丈夫……大丈夫……」と、心を何度も落ち着かせて、ゆっくりと点火カードを筐体に近づける。


「何してんだ?」


 ハッと後ろを向く。驚きすぎて、心臓が痛い。〈ユウヒ〉は何も答えられないまま、黙って〈ヒバチ〉ちゃんを見つめ続ける。


「なんか〈ユウヒ〉らしくなくて怪しいと思ったんだよ。まあ、さっき会ったばっかなんだけど」


「……」


「で、何しようとしたんだ?」


 言わなくても分かっているくせに、わざわざ聞いてきて意地悪だなと思った。〈ユウヒ〉は、黙秘し続ける。


 それを見た〈ヒバチ〉は、今度は諭すように壁に手を掛けて話し始める。


「まあ、こんなゲームだからさ。こういうことも仕方ないなとは思うんだけどさ。手が震えるほど苦しいんだったら、やめたほうがいいと思うぜ。心が死んじまうからさ」


 〈ヒバチ〉は、生徒を叱る先生のような、あるいは子供を叱る親のような、どちらにせよ優しい表情をしていた。その表情が、〈ユウヒ〉の心の弱い部分を深く刺す。ムカついた。


 「じゃあ、どうやったら勝てるの? アイテムカードを使わずに! 人を裏切らずに! 負け続けたら死ぬ可能性だってあるんだよ!? 貴女だって最初あんなに自分勝手だったくせに、いっちょ前に人にお説教できる立場なの!?」


 八つ当たりだった。酷いことを言っているなと頭の中では分かっているのに、口が止まってくれない。

なのに〈ヒバチ〉ちゃんは、穏やかな表情のまま〈ユウヒ〉を見つめ続けている。


「確かに……ごめんな。勝てて生きて帰れなきゃ意味ないもんな」


 大人な対応にさらにイラッと来る。


「おいっ!」


 〈ユウヒ〉はこの苛立ちを抑えることができずに、かといってアイテムカードを〈ヒバチ〉ちゃんに使う余裕もなく、ただここから逃げ出したい一心で、〈ヒバチ〉ちゃんを押しのけて寝室を出た。


 〈ユウヒ〉は動きづらいハイヒールを脱いで、靴下で館を走る。走りながら、次の作戦を考えていた。


 こんなの自分らしくない。そんなことは分かっていながらも、冷静になったらもう動けなくなりそうで、これは助かるための夢なんだと言い聞かせて頭を回す。


 〈ユウヒ〉は地下一階の保存庫の前で立ち止まった。道中、誰かに会うことはなかった。皆、自分の爆弾のそばにいるのかもしれない。そして、この保存庫にも同じように爆弾を守っている少女がいるのだろうと〈ユウヒ〉は感じ取っていた。


 〈ユウヒ〉は、残酷な人間を演じる覚悟を決める。


「これは私じゃない。これは私じゃない」


 そう言い聞かせて中に入る。


「誰なの!?」


怯えた少女の声が聞こえる。保存庫の柱に垂れ下がっている時計は、ゲーム開始から20分後を指していた。


 〈ユウヒ〉は無言で少女の爆弾に近づいていく。


「……〈ユウヒ〉さん? どうしたんですか? やめてください! ねえ! 〈ユウヒ〉さん!?」


 少女の言葉に耳は傾けない。体で止められるかなと思ったけど、そんなことをすれば失格になってしまうのが分かっているのか、ただ地べたに座りながら懇願して叫ぶだけだった。


 〈ユウヒ〉は、何も聞こえていないかのように、手に持っている点火カードをそっと差し込み口に差し込む。あっけなく入ってしまった点火カードとともに、爆弾の残り時間の表記が動き始めた。


「酷い……。〈ユウヒ〉さん……。そんな人だとは思ってませんでした」


 〈オタ〉ちゃんの涙を溜めた、失望を含んだ上目遣いが〈ユウヒ〉を一瞬ひるませる。でも、ここまで来たならやるしかなかった。


「ごめんなさい。でもこうしないと勝てないから」


 なるべく表情を出さずに〈オタ〉ちゃんを見下ろす。しばらくどちらも動かないでいると、〈オタ〉ちゃんは目に溜まった涙を拭って保存庫から出ようとする。


「どこ行くの?」


「あんたの爆弾に交換カードを使うんだよ」


 〈ユウヒ〉さんから〈あんた〉呼びに変わったのに心がチクっと痛むが、ここまで来たならやるしかない。〈ユウヒ〉に点火カードを使えないなら、仕返しに交換カードを使う。これは想定内だった。


「私の爆弾の時間は4番目だから、私に交換カードを使ったら〈オタ〉ちゃんの負けが確定しちゃうよ」


「じゃあ、どうすればいいんだよ!」


「私より時間の長い〈ニコ〉ちゃんか〈ヒバチ〉ちゃんに使って」


 実際は、〈ニコ〉ちゃんの爆弾の残り時間は知らなかった。でも、ゲーム開始時に先に行った3人の方が説得力があると思った。


「……酷い」


 〈オタ〉ちゃんはそう言い残して保存庫を出る。完全に見えなくなってから、〈ユウヒ〉はふっと力が抜けたように倒れ込んだ。


 生まれてから人に嫌われるのは初めてだったような気がする。役を降りるとぐちゃぐちゃに泣いてしまいそうなほど、心をやられているのが分かる。


 しばらく、ただ呆然と座り込んでいると、保存庫に誰かがやってくる足音がした。


 今は誰も来てほしくない。こんなところ誰にも見られたくない。早く立ち上がらないと。そう思っても、体は動かない。どんどん足音は近づいてくる。


「あれ、〈オタ〉さんじゃなくて、〈ユウヒ〉さん……」


 現れたのは、〈ユウヒ〉がゲーム開始時に慰めていた〈ミソラ〉ちゃんだった。〈ユウヒ〉の爆弾を止めるのが遅くなった原因の少女だった。


 〈ミソラ〉ちゃんは、見るからにボロボロな〈ユウヒ〉を見て、気を使ったのか無言で〈オタ〉ちゃんの残り時間を確認する。


「私が、点火カードを使ったの」


 無言の時間に耐えられなくて、開き直るかのような口調でそう吐き捨てた。


 〈ミソラ〉ちゃんは、この場には2人しかいなかったのに、まさか自分だとは思っていなかったのか、反応が少し遅れてから驚いた顔をした。


「や、優しいんですね」


「え?」


 思ってもいなかった返答に思わず声が出る。


「私、〈オタ〉ちゃんを貶めたんだよ? 優しいなんてそんなわけ……」


 そう言いながら、自分が犯してしまった罪がフラッシュバックして、目から何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


「……相手にアイテムカードを使って蹴落とし合わないと勝てないゲームじゃないですか。それで心を痛めて泣いちゃうのは、十分優しいと思います」


「で、でも……」


 言葉を捻り出そうとするたびに涙が溢れてくる。もう、残酷な人間を演じることは不可能だった。


 〈ミソラ〉ちゃんは〈ユウヒ〉の涙に特に反応するわけでもなく、筐体を見つめたままオドオドと質問を投げかける。


「あ、あの……。〈オタ〉さんはどこに行ったんですか……?」


「多分、〈ヒバチ〉ちゃんか〈ニコ〉ちゃんのところだと思う……」


「じゃあ……もうちょっと待ってみようかな……」


 不穏だった。〈ユウヒ〉が心を鬼にして、たくさん傷ついて、人に嫌われたこと。それよりも、もっと酷いことをこの少女はしようとしている。


「あっ、来た」


〈ユウヒ〉が恐怖と絶望とぐちゃぐちゃの感情で〈ミソラ〉の足元の方を見ていると、〈オタ〉の爆弾がピッと音を立てた。そして、見覚えのある残り時間で止まっていることに気づく。


 18分12秒。〈ユウヒ〉よりも少し長い残り時間。どうやら〈オタ〉は、〈ヒバチ〉に爆弾交換カードを使ったみたいだった。


「〈ミソラ〉ちゃん? 本当にそんなことするの?」


 〈ユウヒ〉は恐る恐る尋ねる。〈ミソラ〉ちゃんは〈ユウヒ〉の方を見て、悲しそうな困り眉を作った。


「た、確かに、〈オタ〉さんには悪いことしたなって思います……。でも、そうしないと勝てないですし……」


「でも……」


「そ、それに」


 〈ミソラ〉ちゃんが、まだ何か言いたそうな〈ユウヒ〉の言葉を遮るように付け足す。その表情は、何か理解できないものを見るような、心底不思議そうな顔だった。


「このゲームに負けても、まだ死ぬわけじゃないんですよ。あと4回もあるんです。だからまだ大丈夫ですよ……」


 そう言って〈ミソラ〉は、躊躇なく爆弾交換カードを差し込んだ。


 〈ユウヒ〉は走った。


 とても嫌な予感がした。早く、早く自分の爆弾の元に戻らないといけない。その一心で階段を駆け上がる。


「うわっ!」


 1階の階段の踊り場で〈オタ〉ちゃんとぶつかった。〈オタ〉ちゃんは尻餅をついたあと、すぐさま謝ろうとして顔を見上げた瞬間、ぶつかった人が〈ユウヒ〉だということに気づいて、憎んだ目で睨みつける。


 でも〈ユウヒ〉には時間がなかった。


「〈オタ〉ちゃん。聞いて。さっき、〈ミソラ〉ちゃんが来て、貴女が〈ヒバチ〉ちゃんに爆弾交換カードを使った後に、爆弾交換カードを使ったの」


「……え。それって……」


「どうするかは〈オタ〉ちゃん次第だけど、それだけ伝えておくから。ごめんなさい。私も時間がないから……」


 そう謝って、〈ユウヒ〉は2階に行くために階段を駆け上がる。後ろからの泣き崩れる声にも振り返ることができなかった。


 ゲーム開始から27分が経過していた。


 〈ユウヒ〉は自分の爆弾がある音楽室の扉の前で、もう一度息をつく。誰もいませんようにと心から願いながら、重い扉をゆっくり開いた。


 しかし、その願いは届かず、1人の女の子が筐体の上に座っているのが目に映る。


「あっ、〈ユウヒ〉ぃ。来ちゃったかぁ」


〈ユウヒ〉に気づいて妙に嬉しそうに足をパタパタとしていたのは〈ニコ〉ちゃんだった。


「何するつもりなの」


「んー。〈ミソラ〉とおんなじことかなぁ」


「見てたのね……」


「まあ、最初に見つけて消火カードを使ったのは〈オタ〉ちゃんでしょ? そりゃ狙うよねぇ。先に取られちゃったけどぉ」


 そう言って、筐体からぴょんと降りてスカートの汚れを払った。細かい動作一つひとつに計算高さを感じさせる。


 〈ニコ〉はアイテムカードを2枚取り出した。


 もう〈ユウヒ〉は勝てないことを悟っていた。そもそも、筐体を見つけた瞬間に消火カードを使った時点で、負けは確定していたのかもしれない。


 〈ニコ〉はまず、消火カードを〈ユウヒ〉の筐体に入れる。違和感があった。


「……何で? 普通に爆弾交換カードを使えば、消火カードが1回分浮くんじゃないんですか?」


「あー。すぐ消火カード使っちゃうのに、それは分かるんだぁ」


 舐められた言い方にもイラッとすることはなく、〈ユウヒ〉の心は穏やかだった。


 それを見た〈ニコ〉は、少しだけ不服そうに目を細めてから説明してくれた。


「私はまだ消火カードを持ってるからぁ、敵が全員いなくなるか、アイテムカードがなくなるまで時間は経過させといた方が、余計なことされないからねぇ」


「なるほど、頭良いんですね」


「普通じゃなぁい?」


 そう言って、2枚の爆弾交換カードも差し込んだ。

〈ユウヒ〉の爆弾は、17分あたりから一気に30秒に短くなった。これによって、〈ユウヒ〉の敗退は確定してしまう。


「そうそう、〈ミソラ〉はさぁ。〈ユウヒ〉のこと優しいって評価してたけどさぁ」


 〈ニコ〉ちゃんは2枚のアイテムカードを差し込んだ後、嬉しそうに腕を後ろに組んで、一歩一歩こちらに近づいてきた。


「私的にはぁ、大人っぽい見た目の割には、生ぬるい環境で育ったんだなぁとしか思わなかったなぁ」


 酷い嫌味だなと思った。でも、〈ユウヒ〉は表情を変えることなく、落ち着いた声で返答する。


「私を優しい性格にしてくれた、周りの環境に感謝しなきゃですね」


ドカーン!


トシュ


 その瞬間、〈ユウヒ〉の爆弾からドカーンという安っぽい爆発音が聞こえた後、どこからか針のようなものが〈ユウヒ〉の首元に刺さった。


 そして瞳が閉じると同時に、重力のままに乾いた床に倒れ込む。


 〈ニコ〉は、地面に横たわる〈ユウヒ〉を見下ろして、不満そうに言った。


「あんなに余裕なかったくせに、最後に勝ち逃げされたみたいでムカつくぅ」

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