ゲーム開始
〈ミソラ〉は、3人が見えなくなってからすぐ、ゆっくりと顔を上げた。
「あの、すみません……。もう大丈夫です。ご迷惑おかけしてすみません。」
そう小さい声で言う〈ミソラ〉の目は腫れている。ちゃんと顔を見て、改めて顔が小さく、とても可愛い顔をしているなと思った。
「良かったわ。ゲームの内容的に、私達も早く爆弾探しに行かないといけないから。」
背中を擦る手を止め、〈ユウヒ〉はゆっくりと席を立ち上がる。モニターの残り時間は、まだ58分を切り始めたくらいで、余裕はある。
そのまま奥に向かっていく〈ユウヒ〉を見た〈ミソラ〉は、慌てるように振り返って言った。
「あ、あの! ありがとうございます。」
「いいえ。お互い頑張りましょう。」
〈ユウヒ〉は振り返らないまま、手のひらをひらひらと振る。その歩き方もとても様になっていて、まるでファッションショーを見ているかのようだった。
2人きりになるとちょっと気まずいなと思い、〈プリン〉も〈ユウヒ〉が出ていった後に席を立つ。
「あっ、あの……ありがとうございます。」
〈ミソラ〉の自分に向けられた感謝の言葉に、あれ?と思った。
「あー。もしかして、名前聞いてなかったか。」
「あっ、はい……。すみません……。」
「えーっとね……。私が〈プリン〉で、さっきの大人っぽい女性が〈ユウヒ〉さん。あと、先に行った3人が〈ニコ〉、〈オタ〉、〈ヒバチ〉なんだけど……。」
「な、なるほどです……。」
〈ミソラ〉は顎に手を添えて、名前を小さく反芻する。
「ルールは分かる?」
「あっ、はい。それはモニターを見れば何となく……。」
「そっか。じゃあこれで。」
「あ、あの……。」
小さい声で呼び止められて、奥に行く足を止める。
「〈ユウヒ〉さんと〈プリン〉さんは、どうして先に行かなかったんですか。ゲームルール的に、先に行ったほうが有利だから……。」
〈プリン〉は、「ああ……。」と少し考えながら答える。
「まあ、普通に心配だったからだよ。このまま動かなかったら、〈ミソラ〉がゲームに参加せずに負けちゃうと思って。」
「優しいんですね。」
唐突に褒められた〈プリン〉は、ふっと頬を綻ばせる。
「ありがとう。それに……。」
「それに?」
〈プリン〉は、慌てて言いかけた言葉をぐっと飲み込む。代わりに何を言おうかと、右上に視線が動いた。
「……このゲーム、先に行ったほうが有利とも限らないからね。」
「えっ?」
そう言い残し、今度こそ奥の扉へ向かう。もう話しかけられないよう、少し早歩きになった〈プリン〉に、〈ミソラ〉はまだ何か言いたげに「あっ……。」と声を漏らした。
奥の扉へ出るとすぐ、ご親切に全体マップが壁に貼り付けられていた。マップを見るに、ここは地下1階らしい。それにしても――
「思ったより広いな……。」
地下1階から最上階は3階。それも1つの階に大きいフロアと小さい部屋がたくさんあり、豪華な館と言って申し分ない。
探している間に30分経ってしまうとまずいなと思い、とりあえず現在地から一番近い右前の部屋から順に、自分の爆弾を探そうと歩き出す。
部屋に入ると、そこは最初にいた部屋よりも一回り大きい寝室が広がっていた。そうなると、〈プリン〉達が最初にいた部屋は本当に独房のような部屋なのかもしれないと推測する。
ここにはベッド以外にも、簡素なシャワーとトイレが付いていて、家具や最低限の生活用品も備わっていた。
「ここにはないか……。」
さすがに筐体と言うからには、一目で分かるくらい大きいものだろうと考え、ここにそれらしいものはないと判断し、部屋の奥までは入らずに扉を閉める。
「んー。」
すぐ隣の、おそらく同じ形状の部屋のドアノブに手を添えて立ち止まり、考える。
こんな小さい部屋を1つ1つ探してもキリがないし、時間もない。そもそも先に行った人達が誰も見えていないということは、全員広いフロアをメインに探している可能性が高い。
ゲーム内容的にも、こんな小さい部屋に爆弾を置いて、30分間見つからずに終わってしまうのは、さすがにこのゲームを作った人も望んでいないだろう。
そういろいろ考えて、ドアノブから手を離す。
そうしている間に後ろから、おそらく〈ミソラ〉であろう足音が聞こえてきて、〈プリン〉は逃げるように右の通路へと早歩きで進み始めた。
次に〈プリン〉が向かった先は、先程より照明が少なく暗めで、高そうな骨董品からワインなどの飲み物まで、たくさんの物が貯蔵されている保管庫のような場所だった。
「おお……。」
この部屋は石壁になっていて、通路が狭く、天井がとても高い。まるで秘密基地みたいで、思わず感動の声が漏れる。
しばらく棚に積まれているものや天井を見ながら歩いていると、奥の方で人影が見えた。〈プリン〉は、あえてその人影に足音が聞こえるように近づいていく。
「だ、誰!?」
慌てたように振り返るその人影の正体は、〈オタ〉だった。
「そこで何してるの?」
「……。」
〈プリン〉はそう言いながら、黙ったままの〈オタ〉との距離を詰めていく。なんとなく予想はついていた。
〈オタ〉は、どんどん近づいてくる〈プリン〉から何かを隠すように腕を横に伸ばす。
「もしかして、爆弾?」
「触らないで!」
キッと強く威嚇され、一歩こちらへ近づいてくる。さすがに勢いに負けた〈プリン〉は、その場で立ち止まった。
「まだ自分の爆弾も見つけてないし、何もしないよ。ちょっと見せてほしいだけ。」
本音だった。しかし、当然と言えば当然で、自分で言っていても嘘くさいなと思うその言葉を、〈オタ〉が信じるはずもなく、腕を広げてバリアのように構え続ける。
〈プリン〉は、その隙間からぴょんぴょんとジャンプして、筐体の全容を確認しようとした。
「ちょっと! 何してるんですか! 駄目ですよ!」
〈プリン〉の視線を遮るように、〈オタ〉は腕を振って防ぐ。
〈プリン〉は、仕方ないかと、ひとつ手札を切ることにした。
「あの、ひとつアドバイスするね。今はこれが妨害行為に当たってない判定になってるけど、いつ妨害判定になるか分からないから、気をつけたほうがいいと思うよ。」
そう言うと〈オタ〉は、はっと気づいたように腕を下ろす。その代わり、「何もするなよ」と言わんばかりに、鋭い目で〈プリン〉を睨みつけた。
そうしてようやく、筐体の全貌を確認することができた。
筐体は、ゲームセンターにあるような、100円を入れるとカードが1枚出てきて、それを使って遊ぶ懐かしい機械のような見た目だった。
画面には〈オタ〉という表記と、その下に爆弾の残り時間と思われるタイマー。その数字は24分34秒で止まっていた。
「なるほどね……。」
そう小さく呟く。
次に、カードを差し込む場所も台の上にあることを確認した。自動レジのお札を入れるところのような、一度差し込むと戻ってこなさそうな見た目をしていることから、やはりこのカードは1回しか使えないのだろう。
これ以上見ていると〈オタ〉の視線が痛くて耐えられなくなってくるので、その場から3歩後ろに下がる。
「本当に何もしないでしょ? ただ確認したかっただけ。やっぱり、こんなに大きい筐体、小さい部屋にはなさそうだね。」
〈オタ〉を安心させるために、両手を上げてから話しかける。少しだけ、鋭い目線が緩くなった。
「……そうだと思う。」
「そっか。じゃあ、私も早く見つけないとやばいから行くね。」
「そうですか……。」
〈プリン〉は、これ以上ここにいる意味も時間もないので踵を返す。
その帰り際、〈プリン〉は思いついたようにくるっと振り返り、〈オタ〉を見つめた。
「……何ですか?」
警戒はまだ解けていない。
それでも〈プリン〉は、あえて笑顔を作った。
「私は〈オタ〉の敵じゃないよ。」
そう言って、今度こそ保管庫を後にした。
地下一階にはこの保管庫の他に、同じような設計の書庫があったが、そこには爆弾もなく、人もいなかった。
これ以上探索できる広いフロアはないため、中央の階段から一階へ向かう。
階段はこの中央階段の他に、非常階段とエレベーターがある。そして一階には広いフロアに多目的ホールがあるようなので、ひとまずそこへ向かった。
多目的ホールは、館の中心と言っても文句なしの広さだった。
たくさんの窓を覆うような重厚感のある深紅のカーテンと、天井に垂れ下がるいくつものシャンデリアが、閉鎖的でありながら華やかな輝きを放っている。
しかし、それよりも〈プリン〉は別のものに視線を奪われていた。
その視線の先には、先程見た筐体があった。
その筐体の側には人の気配がないため、もしかしたら〈プリン〉のものかもしれないと近づく。
しかし、その画面には残念ながら〈ミソラ〉という表記があった。
その下の残り時間は刻一刻と減っていく。
残り20分ほどの爆弾を見た〈プリン〉は、3階に爆弾があった場合、ギリギリ間に合うかどうかという残り時間に焦り、これ以上何もなさそうな多目的ホールを後にする。
次は同じ階にある食堂を目指し、早足で廊下を歩く。
コッ、コッ、コッと小気味よい足音のリズムが耳に馴染み始めた時、別の足音がそのリズムを狂わせ、思わず足を止めた。
どうやらその足音は、ちょうど食堂から出てくるようだった。
「あっ、〈プリン〉じゃーん。」
「〈ニコ〉。」
「ここで何してるの?」
「私は爆弾を探してる。歩いてるってことは、〈ニコ〉もまだ見つかってない感じ?」
「さぁ? どうでしょうかぁ。」
そう言いながら、少し挑発的な表情で首を傾げる。
「〈プリン〉は他の人の爆弾、何個か見つけた?」
自分への質問は曖昧にするのに、無遠慮に追加の質問を投げかけてくる。
どう答えたものか一瞬考えるが、隠す理由もないため正直に答えた。
「あー、うん。〈オタ〉と〈ミソラ〉の爆弾は見つけたよ。」
「そっかぁ。じゃあ、〈オタ〉の爆弾の残り時間、もう止まってた?」
流れるように質問が重なる。
「……知らない。」
「ふーん。」
〈ニコ〉は意味深に目を細め、顎を上げて〈プリン〉を見下ろす。
〈プリン〉は咄嗟に嘘をつくのが苦手で、多分見透かされたなと後悔した。
このまま質問され続けても困るので、黙ったまま食堂へ向かおうとする。
「食堂、何もなかったよぉ?」
「……。」
何もないなら行く意味はないと足を止める。その時、〈ニコ〉がくすっと笑った。
「敵の言ってること、信じるの?」
「……敵?」
「敵でしょ? 私達。」
「敵……。どうだろうね。」
「なにそれ、笑」
これ以上ここにいると、自分が自分でいられなくなる気がして、食堂を通り過ぎ非常階段の方へ歩き始める。
〈ニコ〉の足音は、反対方向へと消えていった。
他の一階で筐体がありそうな場所は、厨房と大浴場と応接室。
本来は、食堂を抜けてそのまま応接室、大浴場へ向かうルートが早かったのだが、〈ニコ〉から逃げるように非常階段へ来てしまったため、その近くにある厨房に入った。
しかし、ここにも爆弾も人もいなかった。
このまま食堂に戻って確認するのも癪なので、そのまま2階へ向かう。最悪、どこにもなければ最後に戻って来ればいいと自分に言い聞かせた。
2階は比較的小さい部屋が多く、宿泊客のためのフロアのようだった。
爆弾がありそうな場所は、音楽室と、この館の主の部屋であろう広い寝室。
ひとまず、非常階段から一番近い音楽室へ向かう。
音楽室の扉は他よりも少し重く、いつもより力を入れてドアノブを引く。
中に入ると、まず目についたのは段上に置かれた艶やかな黒いグランドピアノ。
そしてもうひとつ、1人の素敵な女性と、ピアノより一回り小さい四角い筐体。
「〈ユウヒ〉……さん。」
年齢はそこまで離れていないはずなのに、その大人びた雰囲気に、不自然に敬語へと切り替わる。
「……〈プリン〉ちゃん。」
10分前とは違い、どこか歯切れの悪い返事だった。
「……私、まだ爆弾を見つけてなくて。私の爆弾、どこかにありました?」
「ごめんなさい。見てないわ。」
「そうですか……。」
やはり〈ユウヒ〉も〈プリン〉を警戒している。
今は近づくべきではないと判断する。
「……でも、〈プリン〉ちゃんの爆弾は3階にあると思う。」
「え……。」
「多分ね……。」
2階を全て回ったのだろう。手間が省けてありがたいと思う反面、〈ニコ〉の言葉が一瞬頭をよぎる。
それを振り払うように言う。
「教えてくれて、ありがとうございます。」
「……いいえ。」
これ以上は負担になるだろうと判断し、〈プリン〉は背を向ける。
「〈ユウヒ〉さん、お互い頑張りましょう。」
「……そうね。」
ゆっくりドアノブを回し、扉を押し開けた。
再び非常階段を使い、3階へ向かう。
3階は屋根と一体化しており、他の階よりもスペースが狭い。
そのため、筐体がありそうな場所は礼拝室と展望室の2つだけだった。
礼拝室へ向かった。ゲーム開始から15分が過ぎた頃だった。
扉を開けると、廊下よりも少し暗く、ステンドグラスの光が淡く差し込んでいる。
床には複雑で美しい模様のカーペット。
正面には小さな祭壇、そして場違いな銀色の物体。
〈プリン〉はゆっくりとそれに近づく。
そこには〈プリン〉という表記と、14分35秒の残り時間。
〈ユウヒ〉の言葉が嘘ではなかったことに、少しだけ安堵する。
ポケットから3枚のカードを取り出し、祈るようにその場に座り込む。
「――――!!」
どこか下の階から、悲鳴のようなものが聞こえた気がした。
そろそろだろうとは思っていた。
「そうだよね……。」
〈プリン〉は小さく呟いた。




