第29話 ミナとナル④
目が覚めると俺はベッドの上にいた
柔らかな明かりに包まれた、静かで暖かい空間だった
「ここは?」
「組合の医務室です」
声がした方を見ると、そこにはリン・セピアがいた
「あなたは……」
「ソラさんでしたね、意識が戻ってなによりです」
俺は少し呆然としていた
だが、意識を失う前のことが一気によみがえる
「ナル! ミナは!?」
「ナルさんならそこにいますよ」
「え!?」
リンは杖を持った手で示した
そちらを見るとベッドに横になったナルがいた
俺は隣のベッドへ駆け寄り、ナルの顔を覗き込んだ
「ナル!」
俺が呼びかけるとナルはゆっくりと目を開いた
「あれ、ソラ君、どうしたの? そんな顔して」
そう言って、ナルは俺の頭を撫でる
それからナルも、思い出したように目を見開いた
「あ!」
するとリンは立ち上がり、俺たちに言った
「まずはゆっくりと休んでください」
「ナルさん、あなたは限界まで魔力を使って、危険な状態でした」
「今は夜の7時ごろです、明日の朝に話をしましょう」
「寝る前に、必ずそこの兵糧糖を食べてください」
「あなたの力も、必要になります」
そう言ってリンは医務室から出て行った
「ナル、身体の具合はどう?」
「そんなに悪くないよ、ちょっと疲れてるくらいかな」
横たわるナルは、噛みしめるように言った
「あれは……夢じゃなかったんだね」
「うん、夢だったら……良かったのに」
ナルは俺から顔を背けて、肩をゆらした
「ごめんね、なんとかしようとしたんだけど、わたし、弱くて」
俺はナルの肩に手を置いて言った
「ううん、ナルが助けてくれなかったら、俺もここにいなかった」
少し間があってからナルが言った
「ソラ君、私のこと、起こしてくれる?」
「え? 大丈夫なの?」
「うん、お薬も飲まなきゃいけないし」
「そうだね」
俺はナルの背中に手を回して、ゆっくりと彼女を抱き起こした
ナルからは甘い匂いがした
「急に、世界が変わっちゃったみたい……」
「ソラ君が、この世界に転生した時も、こんな気持ちだったのかな……」
俺は首を振った
「俺は……何も覚えていなかったから、違うよ」
「そっか、そうだよね」
「わたし、ソラ君がいてくれて良かった」
「きっと、一人だったら、耐えられないよ」
「たぶん、わたしは、またミナと戦わなきゃ……いけないと思う」
「次は……決着がつくまで……」
「わたしじゃ……全然かなわないけどね」
「ねぇ、ソラ君」
「ん? なに?」
「わたし、ソラ君には、黙っていようと思ってたことがあるの……迷惑だろうしさ」
「迷惑なんてことはないよ、なに? 聞かせて」
ナルは俺の目を見つめた
かなり弱っていて、無理をしているのが伝わってきた
「わたしさ……ソラ君のことが、好きなの」
「え……」
「だって、ソラ君って優しいんだもん」
「私が喜ぶことばっかりしてさ、私がからかったら……可愛く反応してくれるの」
「そんなの……好きになっちゃうじゃん……」
「ソラ君が、ミナのことが好きだって、分かってるよ」
「だから、わたしがこんな気持ちを持っちゃいけないって……」
「でもね……どうしても、好き」
「ごめんね、こんなこと言われて、迷惑……だよね」
「……そんなことないよ」
「え?」
「嬉しいよ……ナルみたいな子にさ、好きって言われて、嬉しくないわけないだろ」
「あはは……そっか……ソラ君って、優しいもんね」
「俺さ、正直に言うよ」
「俺は最低な人間かもしれないけど」
「ミナも、ナルも、ルーも……放っておけないんだ」
ナルが片目をぴくっとさせて言った
「ルーも?」
「へ、変な意味じゃないよ」
「そうじゃなくて、大切にしたい……と思ってるんだよ」
「幸せになって欲しいって……思うんだ」
「でも、どうしたらいいのか……分からなくて」
ナルはそこまで聞くと言った
「ソラ君って……ひょっとして女たらしなの?」
「わたし、キープとか嫌なんだけど」
「ごめん、そんなつもりはないんだ」
「ただ、それでも……ミナは俺にとって……特別なんだ」
「ミナから、きちんと返事を聞くまでは、前に進めない」
ナルが顎に人差し指を置いて、考えるしぐさをしてから言った
「ってことはさ……ミナに振られたら、私で良いってこと?」
「そ、その言い方は、なんか違うんだけど……」
「でもさ、そういうことじゃん」
「う……そう……だけど……」
嬉しそうに笑ってナルは言った
「そうなんだ~」
「じゃ、わたし、死んじゃうかもしれないし、これくらいは……いいよね」
「え?」
次の瞬間、甘い匂いと一緒に、柔らかい唇の感触が伝わる
唇が離れて、目の前にナルの顔があった
胸が張り裂けそうなほど高鳴っている
「ミナには内緒ね」
「必ずミナを連れ帰ってくるから、ちゃんと返事! ミナから聞いてよね」
「それまでは、キープされてあげる!」
そう言って、ナルは兵糧糖を取って口に放り込んだ
「あと、ルーはなしだから」
「そういうことしたら、ソラに『もて遊ばれたー』って、イナクに言っちゃうからね」
「おやすみ!」
そう言って、ナルは布団をかぶり横になった
俺は呆然としていた、今、俺、キスされなかったか?
ちょっと、健全な男子には刺激が強すぎた
まるで、当たり屋だ……
浮ついた気持ちは、すぐに現実に引き戻される
ナルは命を掛けて、またミナと戦うつもりなんだ
連れ戻す……
そんなことが、本当に出来るのかは分からない
でも、もう一度、あのミナに会いたい
きっと会える
また、当たり前の日々を取り戻せる
俺はそう、祈ることしかできなかった




