第20話 恋人と母親②
そう言ってルーは俺にしがみついて、腕を組んできた
そして俺の腕を引いて歩き出した
しばらく歩いていると
「ねえ、ソラ」
「なに?」
ルーは少しだけ声の調子を落として言った
「私、あれからたくさん食べて、少しだけどお肉もついてきたの」
たしかに、まだ痩せているが、前に会った時はもっと痩せていた気がする
「絶対、ソラに好きになって貰えるように、頑張るから」
俺は少しだけ胸が痛んだ
彼女の真っすぐな気持ちは、最初に会った時から痛いほど伝わってくる
この子は真剣に俺のことを考えてくれている
その気持ちに応えられないのが、後ろめたい
「ルーちゃん、俺は……」
俺が言いかけると、ルーは俺の腕を少しだけつねった
「ルーちゃんって呼ぶのはやめて、ルーって呼んで」
そう言われて俺は呼び直した
「ルー、前も言ったけど、俺は君の気持ちには、応えられないんだ」
それを聞いて、さらりと返してくる
「いいよ、私の気持ちは……変わらないから」
「なんでそこまで、俺なんかに?」
ルーはちょっとだけむっとした顔をした
「そういう言い方するソラは、ちょっとやだ」
少し間があってから、ルーが言った
「つまんない話だけど、聞きたい?」
「うん」
前を見つめながら、ルーは静かに話し始めた
「私、生まれてから、家の外を歩き回るなんて、一度もなかったの」
「ずっと、部屋の壁や天井ばかり見てた」
「パパとママが、私のために無理してるのも分かってた」
「どうして……私なんかが……生まれてきちゃったんだろ~って思ってた」
「私のパパとママってさ、凄く良い人なの」
「捨て子の私を育ててくれて……なのに……私は迷惑しか掛けてなくて」
「毎日、寝る前に『これで終わらせてください』って、神様にお祈りしてた」
「あはは、暗いでしょ、わたし」
ルーは笑ってみせる
その笑顔は、影を落としていた
それから、彼女は俺の顔を覗き込んで、ぱっと笑った
いつものルーがそこにいた
「でもね、ソラが全部塗り替えてくれたの」
「ソラのおかげで、いい仕事が見つかった!なんて…パパが大騒ぎしてるなって思ったら」
「凄く甘いお薬を貰ってきて」
「それから……魔法みたいに……あっという間に……全部変わってさ」
「神様は、私を連れて行ってくれなかったけど……ソラが終わらせてくれた」
「私の願いよりも……ずっと……優しい形で」
「色のついた、夢みたいな世界まで、わたしに与えてくれた」
「だから、もし、いつか神様が、私を連れていってくれても」
「神様より、ずっと……ソラが好き」
「きっと……ずっと……変わらない……」
ルーは、俺の腕を強く抱きしめる
「だからさ、はやく……」
「ミナに、ふられちゃってよ!」
「慰めてあげる!」
そういって、明るい笑顔を俺に向けてくる
この少女が、小さい体で抱えてきたものは、俺が想像できるようなものではない気がした
………神様………………
なんてものがいるのなら
俺をルーの近くに送ってくれて、本当に良かった
腕に回った小さな手に、そっと自分の手を添えて、俺は言った
「……ありがとう」
今の彼女が、俺の行いの結果なのだとしたら、それは凄く、誇らしく感じた
そうこうしているうちに……油を売ってる屋台にたどり着いた
大鍋が並び、小さく切った鶏皮を炒めて油を取っていた
じゅう、と音を立てて脂がにじみ、香ばしい匂いが通りに広がる
脇では、客たちが焼けた鶏皮をつまみに酒を飲んでいる
「鶏の皮を焼いて油を出してるんだって」
ルーが言った
屋台の店先には、串に刺さったカリカリの鶏皮が売られていた
それを見て俺はルーに言った
「あれ、たべてみる?」
「うん!」
二人で鶏皮にぱくついた
「パリパリしてる~」
「うん、塩気があって美味しいね」
すぐに食べ終わった
それから、壺に入った鶏油を買って、次は肉を買いにいく
ルーに肉屋へ案内される途中、ふと彼女の歩みがゆるんだ
視線が目の前の屋台に吸い寄せられている
そこには、色とりどりのリボンが飾られていて、ゆらゆら揺れていた
……気になるのかな
俺はそう思って、声をかけた
「気になるの、ある?」
「え、ううん、ただ、綺麗だなって」
言いながらも、目はまだリボンに残っている
「今日のお礼に、どれか買ってあげようか?」
「え!?」
「ルーがいなかったら、俺、途方にくれてたしさ」
「本当に…いいの?」
「いいよ」
「じゃ…これ」
そこには黒い色のリボンがあった
俺は少し意外だった。もっと明るい色を選ぶと思ったから
「え?黒でいいの?」
「うん、だって…ソラの色だし」
ソラの色
俺の髪の毛の色だった
俺は店の人に声をかけて、黒いリボンを買い、ルーに手渡した
ルーはそれを胸に抱きしめるようにして言った
「ありがとう」
ルーは本当に喜んでくれた。こっちまで嬉しくなるくらいに
そのあと、ルーの案内で鶏肉、小麦粉、ニンニクと生姜、ついでに醤油のような調味料を手に入れた
これだけあれば、十分にからあげが作れそうだった
「ありがとう、ルーのおかげで、なんとかなりそうだ」
「えへへ、ソラに褒めてもらえて嬉しい!」
もう夕日が差しはじめていた
通りの影が少し長くなって、屋台の喧騒もどこか柔らかく聞こえる
「もう暗くなるし、家まで送るよ」
「私のこと、心配?」
ルーは俺を覗き込むように言った
「え?そりゃ、そうだよ」
俺の反応を見て、大きな瞳が、喜びで揺れたのが分かった
「えへへ、やった」
「私のお家、ギルドのすぐ近くなの。一緒に帰ろ!」
夕焼けの光が、旧市街の道を長く照らす
俺たちは並んで歩いていた
すると、隣を歩いていたルーの姿が視界から消えた
振り向くと、ルーはその場にしゃがみ込んでいた
「どうしたの! ルー」
心配して駆け寄る俺に、ルーは小さく微笑んだ
「ちょっと……はしゃぎすぎちゃった、休めば、大丈夫だから」
苦しそうに呼吸して肩が揺れていた
「ごめん、無理してつき合わせちゃって」
「いいの、私がそうしたいの」
そこで俺は、ルーに背中をむけてしゃがみこんだ
「乗って」
「え?」
「おんぶ!俺がそうしたいの」
俺はルーの口調を真似るように言った
「う……うん」
ルーは素直に俺の背中へ乗った
その身体は、驚くほど軽かった
俺はルーを背負い、歩き出した
まだ苦しそうな呼吸が、背中越しに伝わってくる
するとルーは、消え入りそうな声で言った
「神様って……ほんといじわる」
「わたし……こんなんで……ちゃんと、おおきくなれるかな」
俺の背中で、彼女が小さく泣いているのが分かった
打ち消すように、俺は少し声を張った
「今日は楽しかったね! ルーに相談に乗って貰って、二人で答えを見つけて」
「市場を回って、色々なものをみて、買い集めて、二人で沢山歩いて」
「俺、ルーに出会えて良かった」
「今日一緒にいてくれて、嬉しかった」
「ルーに助けられて、今は……俺がルーを助けてる」
「そういうのってさ、すごいことだと、俺は思うんだよ」
「俺も……神様に祈るよ」
「ずっと、ルーが元気でいられますようにって」
「だから、大丈夫さ!」
すると、小さい声でルーが言った
「うん……やくそく……まもるから……」
そう言ったところで、ルーが俺の背中で、寝息を立てているのが分かった
乱れていた呼吸も落ち着いている
俺は少し胸を撫で下ろして、帰路を急いだ




