第3話 ちゃんと見なさい!②
「……え?」
数字が減っていく。五十七、五十六
俺は反射的に目を凝らした。すると数字がくっきりする
目を逸らすと薄くなる
(見てる物だけ……?)
《00:44》
継ぎ目のあたりが、ほんの少しだけ湿って見えた
透明なのに、光ってるみたいな濡れ方だ
《00:37》
向こうから荷車が来る
荷台には箱が積まれていて、端に鳥かごが揺れていた
小さな鳥が中で首を動かしている。荷車は屋台の列のすぐ脇を通る
《00:30》
意味は分からない。でも数字が短いのが怖い
怖いから、口が勝手に動いた
「ミナ」
「ん?」
「この魔力管……なんか、やばい気がする」
ミナの顔が一瞬で切り替わり、すぐ引き返してくる。
「どれ?」
俺は金具を指さした。
《00:18》
ミナは金具を一目見た瞬間、表情が変わった
一歩引いて、すぐ声を張る
「離れて! ここ、漏れてる!」
「え?」
《00:10》
ミナは目の前にいた子どもを抱き上げた
子供が持っていた桶が落ちて中の水が飛び散る
同時に、もう一人の子どもの背中を押して俺のほうへ寄せる
「ソラ、その子! 抱いて!」
「え、あ――」
ミナは子供を抱えたまま広場に向けて声を張った
「離れて! 魔力管が漏れてる! 下がって!」
《00:06》
俺が一瞬固まると、ミナがこっちを見て叫んだ
「早く! 動いて!」
ミナの声が広場に跳ねると、誰かがすぐ復唱した
「魔力漏れだ! 下がれ!」
次の声が重なり、また次が重なる
「下がれ下がれ!」
「離れろ!」
広場の人波が、同じ方向へじわっと動き始めた
《00:03》
広場の空気が一気に変わった
人の波が引くみたいに、みんなが同じ方向へ下がっていく
屋台の前がすっと空き、荷車も止まったまま取り残される
《00:01》
――パンッ。
乾いた音がして、継ぎ目から白いものが噴き出した
蒸気みたいに上へ抜けない。地面すれすれを横に広がってくる
熱い風が足元から来て、反射的に目を閉じた
「うわっ!」
椅子が倒れる音、皿が割れる音、誰かの悲鳴
白い漏れは路地の床をなめるように広がり、屋台の足元を支配した
漏れが弱まったころ、俺は目を開けた
荷車の男が青い顔で立ち尽くしている
屋台の客も固まっている
ミナは抱きかかえた子どもを降ろし、落ち着いた声で
「もう大丈夫。お家に帰りなさい」
俺も抱きかかえた子を降ろし
子どもたちは走って帰っていった
荷車の端の鳥かごが目に入った
さっきまで動いていた鳥が、もう動かない
羽が縮れて、籠の底に落ちたままだ
荷車の男がかごを見て、顔を引きつらせる
誰も手を出せない距離のまま、視線だけがそこに集まって、すぐ逸れた
それからミナが俺を見る
「ソラ、今の……どうして分かったの?」
「分からない……でも、数字が見えた」
「数字?」
「赤い数字が見えて。数字が減って、ゼロになったら……こうなった」
俺が指さした場所には、もう数字は出ていない
ミナは一瞬黙って、次の瞬間、目を見開いた
「なにそれ! 転生特典じゃん!」
「転生特典?」
「そういうのがあるの! 変なスキル! やったー、当たり!」
「当たりって……」
「当たりだよ! ソラはきっと沢山の人を助けるよ」
ミナは心底嬉しそうだ。
屋台の親父が叫ぶ。
「おいおい、聞いたか!? この兄ちゃんの一声で、みんな助かったらしいぜ!」
「ほんとかよ!」
「やばかったぞ、今の!」
周りから声が重なって、路地がざわっと沸く。
「兄ちゃん、何者だ!?」
「転生者か!?」
「すげぇ!」
「そっちの姉ちゃんも知らせてくれて助かったぜ!」
一斉に賞賛の声や拍手が上がった
「どもども~。ほらほら、それ以上近寄らないでね。おさわり禁止よ~」
ミナが声援にこたえるようにひらひらと手を振った
俺はというと、視線の置き場がなくなって、急に胸が痛んだ
俺一人だったら、絶対に何もできなかった
数字が見えただけで、どうすればいいかも分からなかった
褒められたこと、人の役に立てたことが、嬉しい
けど……。
「いや、俺は……」
言いかけたところで、ミナが俺の袖を引いた
それから、俺の目を覗き込むように目を合わせてきた
「ソラが助けたんだよ。君のおかげ」
「……でも、俺は」
「でもじゃない。助かったって言われてたでしょ。ちゃんと見なさい!」
ミナは俺の頭を両手で挟むように持って、上に上げた
俺の視線に皆の顔が飛び込んでくる。沢山の気持ちが流れ込んでくる、そんな気がした
さっきまで、俺は何を言おうとしていた?
なにか、ずっと心に残っているものが、また遠ざかっていくように感じた
「ほら、行こ。組合、遅れるよ」
ミナは俺の手を取って、そのまま引いて歩き出した
引っ張るんじゃなくて、迷わないように連れていくみたいに
「……う、うん」
歩き出した瞬間、胸の奥がふっと緩んで、目の奥が熱くなった
慌てて瞬きをしてごまかす
泣くようなことじゃない
俺はわざと別のことを考えた
赤い数字。あれは何だ。転生特典ってやつなのか
歩きながら、俺は何気なく身の回りの物を目で追ってみた
看板の留め具、屋台のランタン、荷車の車輪
目を凝らすと、いくつかに赤い時間が浮く
ただ、どれもずっと先だ。何年も先
さっきみたいに短いのは、あの継ぎ目の金具だけだった
変な能力だと思う
でも今日は役に立った
それだけは、確かだった




