第3話 ちゃんと見なさい!①
「ソラー! おいでー!」
階段を降りた瞬間、ミナの声が飛んできた
もうソラと呼ばれるのが当たり前のように感じる
一階は相変わらず、鍋の匂いと椅子の音で動いていた
食堂兼受付。掲示板の紙も増えている。朝から人の出入りがある
ミナはカウンターの向こうから皿を出して、俺の前に置いた
「はい、朝ごはん」
昨日と同じ……じゃない
具が見えるスープ
皿に、白いパンと焼いたソーセージが二本乗っている
「ソーセージ?」
「うん。昨日働いたから。あと今日、長いからね」
「長い?」
「私と登録にいくの!」
言い切ってミナはニコッとした
もう次の皿を用意している
「食べて。冷めちゃうよ」
「うん」
ソーセージは、噛んだ瞬間に肉の旨味が広がった
熱と脂と塩気が、やけにくっきりと分かる
体が若いせいか、味が刺さるみたいだった
俺は思わず、もう一口いってから息を吐いた
「……うまい」
「でしょ。うちの自家製」
「特別なんだからね。今日はソラの登録の日だから」
この街で、たぶん肉は簡単に出るものじゃない
昨日、食堂を見回しても肉を食べてる人は一人もいなかったのを思い出した
「あ……ありがとう」
どうやら俺はこの言葉を言い慣れていないらしい。
それを聞いてミナは、右手のおたまの先をこっちに向けた。
「ど、どういたしまして!」
少しだけ耳が赤い気がして、口元は笑っている
ひょっとしてミナも、この言葉を言われ慣れていないのか
そういえば、前にも同じような事があった気がする
「転生者さんは稼げるんだから、先行投資だから」
「先行投資……」
「うん。あとで回収するからね」
現実的すぎて笑いそうになる
でも、こういう現実は嫌じゃない
俺は最後の一切れを口に入れて、皿を空にした
スープも飲み干して、息を吐く
ミナが手を叩いた
「よし。上着着て。外、寒いよ」
「……うん」
ミナがカウンターの奥へ目をやる
ナルは受付に、にこやかな笑顔で座っていた
「ナル、あとお願いね」
「はーい」
外に出ると、旧市街の朝は冷たい
石畳が少し湿っていて、靴の裏が鳴る
歩き出してすぐ、壁沿いに青く光る細い管が走っているのに気づいた
家の壁を這って、窓の下を通って、角を曲がって一本が二本に、二本がまた分かれて、いろんな家に伸びていく
「……なにこれ」
俺が足を止めると、ミナが振り返った
「あー、それ。魔力管」
「魔力!?」
この世界に来て初めて、それらしい単語を聞いた気がする
「うん。街が魔力を配ってるのよ。決まった量までは好きに使っていいの」
配ってる
言われてみれば、管は壁を伝って家の中へ消えている
「じゃあ、明かりとか……」
「うん。明かりもコンロも暖炉も、全部これ」
ミナは当たり前みたいに言って、また歩き出した
通りの人も、魔力管のことなんて気にしていない
避けもしないし、見上げもしない。そこにあるのが普通なんだ
大通りに出ると、景色が変わった
店が増えて、人の流れも多くなる
魔力管も、一本だけやけに太いのが通っていた。青い光も強い
「……ここから分かれてるんだ」
見上げると、細い魔力管が枝みたいに伸びている
俺はつい、太い管に手が伸びそうになった
「だめ!」
ミナが即座に俺の手首をつかんで引っ込めた
「触ったら捕まるよ。ほんとに」
「触っただけで?」
「うん。街の管理物に手を出したらアウト。衛兵が来る」
ミナは太い魔力管から俺の手を遠ざけたまま、言った
「ただでさえ最近、魔力漏れの事故が多くてさ。みんなピリピリしてるの」
「……事故」
「旧市街の管は古いから、たまに漏れちゃうのよ。つい数日前に怪我人が出てさ。だから余計にね」
「……怪我人って」
「火傷らしいわ。近かったんだって」
火傷
青い光が、急にきれいに見えなくなった
ミナは俺の手を離さず、そのまま前を向く
「もう。何をするかわからないんだから」
そう言って、手を引いて歩き出した
「ほら、行こ」
「うん」
俺は手を引かれたまま、ミナの後ろをついていった
大通りから一本入った路地に入る
近道らしい。角を曲がると、路地の先が少しだけ開けていて、小さな広場みたいになっていた
そこに屋台が何台か出ていて、人が溜まっている
湯気と匂いに引かれて、立ち食いの客が列になっている
広場といっても通り道は肩が当たるくらい狭い
荷車がその隙間を縫って進み、体に対して大きな桶を抱えた子どもが何人も行き来していた
その子どもの一人が俺の左横をすり抜けた瞬間、壁ぎわがふっと視界に入り継ぎ目の金具が目に留まった
壁沿いに走る細い魔力管。その継ぎ目に、金具が繋がれている
目の高さくらいの位置だ
そのときだった
視界の端に、赤い数字が浮いた
《00:58》




