第28話 ライフライン
守るためなら
責任を好む
それが大人だ
翌朝、俺が食堂に降りると厨房からいい香りがした
俺が驚いて厨房を覗くと、そこではナルが朝食を作っていた
「え!ナル!?」
「おはよ~、ソラ君」
しまった…ナルに料理をさせてしまった。俺は咄嗟にそう思った
「朝ごはん、もうできるからね!座ってて~」
だめだ…もう手遅れだ…
ナルは早起きして準備していてくれたらしい
俺は諦めて食堂のテーブルに座った
するとミナも部屋から出てきた
「おはよう~、昨日はごめんね~」
「おはよう、体調はどう?」
「ずいぶん良くなった」
そう言ってミナは椅子に腰かけ、ムギが足元で寝ころんだ
するとナルが両手に皿を持って出てきた
「ミナ、おはよー、元気でた?」
「うん」
「ごはんできてるよ~」
そう告げて俺たちの前に皿が置かれた
綺麗な目玉焼きだった
ミナが感心したように言った
「あれ~、美味しそう~、ナルってすごいんだ」
たしかに美味しそうだった
「いただきま~す」
俺は目玉焼きをフォークで切って口に入れる
ジャリ
口の中に砂のような感触が広がる、金属のような香りが鼻に抜けた
ミナのそれに勝るとも劣らない味だ。体が飲み込むことを拒否する
なんとか俺は飲み込み、軽い吐き気を感じた
俺の横で目玉焼きを口にしたミナが呻いた
「う!」
ミナはすぐに口の中のものを手に吐き出した、そして立ち上がり
「まだ体調が悪いみたい」
そう言い残し、自分の部屋に戻ってしまった
ナルはにこやかな表情のまま、その様子を目で追っていた
俺は変な汗を感じながら言った
「お…おいしいよ」
ナルは俺をうかがうように見てから言った
「ソラ君って優しいね…」
「ごめんね、すぐ片付けるから」
ナルは俺の皿に手を伸ばしてくる
それを躱すように皿を持ち上げ、俺は目玉焼きを一気に口に入れる
「えぇ!!」
ナルがまさかの俺の行動に声をあげた
そして噛まずに一気に飲み込んだ
「ごちそうさま」
そう告げてから、俺はトイレに向かって悠然と歩き出した
俺の体が、異物にパニックを起こしてるのが分かる
トイレに入った俺は、無駄な抵抗と半ば悟りながら自分に言い聞かせた
「大丈夫、毒じゃない、毒じゃない」
次の瞬間、猛烈な吐き気に、また俺はあっさりと敗北した…
俺は何事もなかったかのように、食堂に戻ってきた
するとナルが駆け寄ってきた
「ごめん!ソラ君、あんなもの食べさせて…大丈夫?」
机を見ると、ナルの皿も置かれていた、どうやらナルもあれを口にしたらしい
俺は、可能な限りの笑顔を作って言った
「料理は、俺が作るよ!」
ここまで異常な味は、普通では説明がつかない
これも魔力が関係しているんだろう
なにより、ナルの目玉焼きは、すごく綺麗に焼けていた
一生懸命に…作ってくれたに違いない
「作ってくれて、嬉しかった」
「え?」
俺がそういうと、ナルは顔を赤くして目をそらした
机の上の皿を急いで集めて、手に持って厨房に向かう
「そういうとこだよ!」
そう言って、ナルは逃げるように厨房へ入って行った
その時、ギルドに一人の男が入ってきた
紺色の綺麗な身なりをしている中年の男だった
そしてよく通る声で男は言った
「ラピスギルドのソラはいるか?」
そう問われて、俺は返す
「俺がそうだ」
来客に気づいたナルが厨房から出て、小走りでこちらへ来た
俺を確認すると男は笑顔になって、丁寧な口調で言った
「わたしは、魔力省のレアルと申します」
「あなたに依頼をしにきました」
「魔力省?」
「それって、国からの依頼ってこと?」
「そうです、機密が含まれるため直接の依頼となります」
「報酬は金貨百枚、機密厳守です」
「ひゃ、ひゃくって!?」
「馬車を待たせてあります、私にご同行ください」
ナルが眉をひそめた
「いますぐ?」
「そうです」
「そんな急な話、ギルドとして承服できません」
「あなたが国の人間なんて話も、私たちには確認できないじゃない」
「組合の人間も連れてきている」
そう言って男は視線を外に向けた。そこには、女性が立っている
砂糖をくれた、あの女性だった
「これで信じて貰えたかな?」
「…断ることはできるの?」
「国への反意があるのなら、そうすれば良いのでは?」
ナルが唇をかんだ
「わかった、ただし、私も行く!」
「いえ、今回はソラだけ…」
男が言いかけた言葉に、重ねるようにナルが言った
「私も行きます!ソラ君だけなんて、絶対に、行かせないから!」
ナルの周辺の空気が変わった、冷たい汗が出るのを俺は感じた
男はナルを睨みつけていた
「そういえば、あなたはA級でしたね」
「ならばかまわないでしょう」
それからレアルは、ナルの方へ向き直った
「老婆心ながら、若く美しいあなたに、ご助言差し上げましょう」
レアルの周辺の空気も変わった。笑顔が消え、怒気を押し殺したように目尻が引きつっている
「ドブネズミ風情が…俺に魔力を向けるなんて、二度とやるな」
そう言って、すぐに男は、また笑顔に戻った
「あなたは、国に忠誠を誓った、優秀な魔術師のはずですから」
「私の権限で許可しましょう、さぁ、ご一緒にどうぞ」
ナルは俺の手を握ってきた
「いこう、ソラ君」
「うん」
俺はミナの部屋の方をちらりと見た
体調が悪そうだったし、声をかけないほうがいいだろう
するとナルが俺の手を少し強く握って合図した
俺がナルを見ると、軽く首を横に振る
そう、このレアルという男、刺激すると危険な気がする
ミナは知らない方がいいと、俺も思った
俺たちが馬車に乗ると、すぐに動き出した
組合の砂糖をくれたあの人は、その場に残されている
俺たちを、信用させるためだけに、連れてこられたみたいだ…
きっとナルは、俺を守るためなら、レアルと戦うつもりでいた
そんなことにだけはならないように、俺が気を付けないと…
俺は、自分を律するように気持ちを固めた
「ナル、お願いがあるんだ」
「なに?」
「あのレアルという男、それからこれから会う人」
「全部、俺が話す、口を出さないでくれ」
「え?」
「ナルが俺を守ろうとしてくれたのは嬉しい」
「でも、俺もナルを守りたいんだ」
「だから、俺を信じて」
「うん、ソラ君を信じるよ」
そう言って、繋いだままだった手を、ナルは強く握る
それからいつもの、からかうような口調で俺に言った
「なにかあったら、一緒に死のうね~」
「いや…怖いこと言い出さないで」
「え~、わたしとじゃ、嫌ってこと?」
「そうじゃないよ、そういう話じゃなくない?」
「冗談だよ~、ソラ君って可愛い」
俺の緊張をほぐそうとしてくれてるのかな、俺はそう思った
しばらくすると馬車が止まって、扉が開いた
俺たちは馬車の階段を降りて、外を見上げる
目の前にあったのは、巨大な城の門だった
水が溜まった堀があって、その架け橋の上に俺たちはいた
「城?」
「我が国王の城です」
声がした方を見ると、レアルが立っていた
「ここで俺に何をしろと?」
「いつもと同じですよ、配管のチェックです、修理はこちらでやります」
本当にそれだけ?俺は内心そう思った
俺たちはレアルに連れられ城に入った
そしてすぐにエレベーターに案内された
デパートで見たのと同じものだ
レアルはエレベーターの中に入り、俺たちも続いた
すぐにレアルはレバーを下げ、エレベーターは下に向かって動き出した
ナルがまた手を繋いできた。彼女の不安が伝わってくる
俺は強く、ナルの手を握り返した。俺がしっかりしないと、イナクにだって顔向けできない
レアルが話し出した
「あなたは、魔力管の魔力がどこから来るか…ご存じですか?」
「いや、知らない」
「そうでしょう、それは国家機密です」
「これからあなた方を、その提供元に案内します」
「もうお判りでしょうが、他言すれば、国を敵に回します」
「秘密厳守、最初に聞いたよ、誰にも言わない」
「結構、あなたは話が分かりそうですね」
するとエレベーターが止まって、扉が開いた
むせかえるような匂いがした、生臭い、腐敗したような匂いだった
レアルはかまわず降りて歩いていく
俺たちもそれに続いた
「あなたには、ここにある全ての設備の寿命をチェックして頂きたい」
そう言われて俺が目を向けると、そこは上が吹き抜けになった広いホールで、光が射し込んでいた
そしてそこにいるものに、俺の目は奪われる
大きなドラゴンが何十頭も拘束されていた
「これは!?」
「これが、魔力の元です」
「膨大な魔力と生命力を持つドラゴンを捕らえ、彼らから魔力を抜いて提供しています」
巨大な足かせで身動きを封じられたドラゴンが沢山いた
体に膜のようなものを貼り付けられている
すると、ナルが目を見開いて言った
「こんな…酷い…むりやり、盗られてる…魔力を…」
ナルの目が、色んなものを追って定まっていない
魔力があるナルには、俺と違う光景が見えているように感じた
するとナルの呼吸が急に早くなり、息ができなさそうに苦しみだした
「ナル!」
俺はナルの視界を塞ぎ、背中をゆっくりとさする
「ゆっくり息を吐いて、大丈夫、ゆっくりと…息を吐くんだ」
それを、レアルは横目で見た
「我が国は北国です、森林地帯が少なく、資源も乏しい、あるのは魔法技術だけ」
「町のどこであっても、無料で魔力が提供されているから、毎年の冬で犠牲者が出ない」
「私たちは酷いことをしている、だが…それを恥じたことは一度もない」
「それを恥だと思う奴は、我々の敵だ」
まずい…レアルはナルに警告をしている
だが今のナルは、その声が聞こえていないように見えた
俺はすぐにレアルに言った
「ナルは優しい女の子なだけなんです、小さな生き物の痛みにだって、悲しむような子だから」
「あまり、深く考えないでください」
レアルは目だけで俺を見た
「なるほど、わたしにも小さな娘がいます、あなたの言うことも分かりますよ」
「ただ、ナルさんが私の娘だったなら…こう、助言するでしょうね」
「A級魔術師である、あなたの言動は、過剰に受け止められると」
「我が国に、A級魔術師は10名しかいないのですから」
「うち2名がラピスギルドにいる、リンのあなたたちへの方針を、良く思っていない者も多いのです、私も含めてね」
次々と知らない話が出てくる…俺は自分の喉が鳴るのを感じた
「あまり警戒しないでください、私は敵じゃありません」
「私はただ、この町の生活を支える、この場所の設備寿命を確認し、厳しい冬に備えたいだけです」
「誰も死なない…冬のためにね」
「来るなと言うのについてきた、優しい女の子をなだめなさい、その子のためですよ」
ナルの呼吸は少し落ち着きを取り戻していた
俺はナルの手を握り、彼女の視界の前に立った
「ナル、俺が誰か分かる?」
「ソラ…君」
「そう、俺のことだけ見て、他は見ないで、分かったね」
「うん…」
俺はナルの視界を塞ぐように手を回した
「どこから始めればいい?」
「この施設は円形になっています、外側からぐるりと回れば、全てチェックできるでしょう」
「ナル、記録を付けるのを手伝ってくれる?絶対に俺から目を反らさないで」
「うん…分かった…」
俺たちはぐるりと、この場所の設備を確認して回った
途中、体の一部が腐り悪臭を放ちながらも、魔力を盗られているドラゴンを見かけた
ここは…酷い場所だ…
でも、ここの魔力が無ければ、料理を作る火すら、この町には、無かった
そういえば、この世界に来てから、俺は木を見ていない、一本も…
ここの魔力が、この町の生命線なんだと、俺にも理解はできた
「こんなの…酷いよ…」
少し目を離したすきに、ナルが体の崩れたドラゴンを見て言った
俺はナルの肩に手を置いた。そして、抱き寄せて視界を塞ぎ、念を押すように言った
「ナル、ここでは俺だけを見て、俺が喋る、絶対に…ナルは喋らないで」
ナルの目から、ぽろぽろと涙が落ちた
俺はナルを静かに抱きしめた
「お願いだ、ナル…」
「ナルが言いたいことは、後で、俺が、全部聞いてあげる」
「だから…ギルドに無事に帰るまで、ナルの声は…俺に預けて…」
「約束だよ」
「うん…」
ナルは小さく返事した
俺は、なるべく淡々と、いつものように、配管をチェックした
しばらくすると、ナルも少し落ち着きを取り戻し、作業を進める
この場所を一回りするまで、半日ほど
ようやく作業を終えて、最初の場所に帰ってきた
そこにはレアルが待っていた
俺はナルに念を押すように言った
「ナル、俺のこと、見てくれてる?」
「うん」
「もうすぐ終わるからね、最後まで、ナルを抱き寄せててもいいかな?」
「いいよ…」
「ありがとう」
そう言って、俺はナルの頭を右腕で抱えるように抱き寄せた
そのまま、調査結果をレアルに渡して、特に寿命が短かった場所を指摘する
すぐにレアルは施設にいた人間にそれを渡し、修復を指示した
「ソラ、噂以上でしたね、あなたは国の宝です」
「わたしはあなたが気に入りました、今後はリンに協力し、後ろ盾となってもいい」
「あなたが国に忠実ならば、危険なA級魔術師の一人くらいなら、私は見逃しますよ」
レアルが言った言葉の意味は分かった
協力しなければ、ナルがどうなるか分からないと、俺を脅している
「俺はただの配管工です、この町でしか生きていけない…ご依頼頂ければ、いつでも喜んでやります」
そう言った俺に、大きな袋をレアルは手渡してきた
重い…金貨の音がした
「あなたは、話が分かっていいですね」
そういうと、レアルは俺に耳打ちした
「この女に首輪を付けろ、今日会ったのが俺でなかったら、処分されてたぞ」
背筋が冷たくなる
レアルは普段の笑顔に戻り、俺に言った
「それに…見た所、あなたなら、簡単なのでは?」
「分かりました、なにぶん世間知らずなもので…ご助言感謝します」
「魔力省長官レアル・ジスト、それが私の名前です」
「あなたが気に入りました。何かあれば、わたしを頼りなさい」
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた
それからエレベーターに乗り、城の門から外に出て
つり橋の前で待っていた馬車に乗り、ギルドに向かう
少しずつ、吸い込む空気が軽くなるのを感じた
俺はナルの様子を確認した
俺の腕の中で、寝息を立てている
あの場所にいた時とは全然違う
魔力のない俺には分からないが
ナルには負担が大きい場所だったんだと思う
俺があの時、しっかりとレアルと対峙し、ナルを説得出来ていれば…
今日、長い時間、怯え切ったナルを見た
自分の不甲斐なさに、腹が立つ
きっとイナクなら…ナルを連れて行かなかった
そんな考えが浮かんでくる
だめだ!俺がもっと、しっかりしないと
俺が、守るんだ




