第26話 穢れと洗濯
少女は穢れを掃う
青い魂は力を失う
イナクが留守にしている間、俺たちは家事を分担することになった
今日は朝食をミナが作る日だ
「できたよ~」
ギルドにミナの声が響く
ミナがお皿を両手に持って食堂に入ってきて、俺たちの前に置く
「おぉ~、おいしそうじゃん!ミナ、料理できるじゃん!」
目玉焼きだった
黄身は崩れているけど、見た目はちゃんとおいしそうだ
俺はミナの手料理を食べるのは初めてで、ちょっと気持ちがふわふわしていた
ミナが自分の皿と、パンが入った籠を置く
「いただきま~す!」
二人の声が重なる
俺はウキウキしながら目玉焼きをフォークで切って口に入れた
次の瞬間、口の中に焦げた味がした
全体が焦げた味なのに食感は柔らかい
噛めば噛むほど、異様な味が広がっていく
「ど、どうかな?」
ミナが俺に聞いてきた
少し吐き気をこらえて飲み込み、俺は言った
「お、おいしいよ」
「ほんと!」
ミナの顔がぱっと明るくなる
「うぇぇ…なにこれ、気持ち悪い…」
ナルが顔をしかめた
「なにそれ、ひど~い」
ミナがむっとする
「ソラはおいしいって言ってくれたもん」
「じゃ、自分で食べてみなよ!」
ナルが言い返す
そう言われてミナは自分の卵を口に入れた
噛むたびにミナの表情が曇っていく
「すごく……まずいね…」
「でしょ!口の中に残るし、気持ち悪い」
「ごめん…ソラ、気を使ってくれたんだね」
「あ…う、うん」
「もったいないけど、これは処分だね、ごめんね、二人とも」
「仕方ないよ、シロップがあるからパンに塗って食べよう」
「うん」
「ミナに料理は無理だね~」
ナルがさらりと言った
その言葉にミナが少しむっとして返した
「じゃ、ナルはできるの?」
「ミナよりはできるよ~」
「じゃ、夕ご飯はナルが作ってよ」
「いいよ~」
そのやりとりを横目に、俺はイナクのメモを思い出していた
二人の好みや家事について、色々と書かれていた
その中にあった一文
――料理をさせるな、食材にも触らせるな
「こういうことか…イナク」
俺は覚悟を決めて、ミナの目玉焼きを丸ごと口に入れた
噛まずに、そのまま一気に飲み込む
「え!ソラ君なにしてるの!?そんなの食べたら病気になっちゃうよ!」
「うん!食べちゃダメだよ!」
分かってはいる、危険な行為だ
でもミナが初めて、俺のために作ってくれた手料理だ
どうしても食べたかった
飲み込んだ直後、体が拒絶するように吐き気を押し上げてくる
俺は静かに立ち上がり、トイレに向かった
トイレに入った俺は、胸を叩きながらつぶやく
「通れ、通れ…大丈夫…毒じゃない」
次の瞬間、猛烈な吐き気に俺はあっさり敗北した…
その後、俺は何事もなかったように食堂に戻り、椅子に座った
「ごめんね、ソラ…」
ミナが落ち込んだ様子で言う
「ソラ君、優しいからね~」
そう言うとナルは思い出したように言った
「そういえば、洗濯物、もう限界じゃない?」
ミナが顔を上げる
「……あ、たしかに」
そういえば、この世界に来てから、俺はまだ自分で洗濯をしたことがない
俺はイナクのメモを思い出す
――洗濯をさせるな、洗濯場には一人で行け
メモによれば、どこかに洗濯場があるらしい
「そういえば、洗濯場ってどこにあるか知ってる?」
「え?うん、知ってるよ」
「郊外の川にあるよね」
「そろそろ洗濯に行かないと、だいぶ貯まってるよ」
この世界では頻繁に洗濯はしないらしい
貯めたものを、せいぜい月に二回くらいまとめて洗う感じだろうか
「今日、案内してもらえる?」
「うん、それじゃ三人で洗濯しようか」
「え、あ、いいよ、俺が一人でやるよ」
イナクのメモに従った方が賢明だと思った
「え~、ソラ君って、わたしたちの服、そんなに洗いたいの~」
ナルがからかうように言ってきた
「い、いや、そういうことでは…」
「ソラ、ありがたいけど、それじゃ悪いよ、三人でやろうよ」
「う、うん」
そう言われては断りきれなかった
俺たちはギルドを出て洗濯場へ向かった
外はかなり冷える
最近、どんどん気温が下がっている気がする
「寒いね」
「うん、でもこんなものじゃないよ」
「そうなの?」
「この国って北国だからさ、冬は厳しいのよね~」
「今年は暖房機があるから良かったよ、本格的に寒くなったら、みんなで食堂で寝る?」
「え~、ソラ君が変な気を起こしちゃうじゃん」
「起こさないから!」
街から出てしばらく歩く
途中、近所で見かける子供とすれ違った
大きな桶で水を運んでいる
あれが、あの子の仕事なんだと俺は思った
やがて目的地が見えてくる
川沿いには、屋根つきの洗濯場が設けられていた
中には大小さまざまな桶が置かれ、川の横には平べったい石がずらりと並んでいた
その石に洗濯物をこすりつけて洗っている人がいる
「わー、なつかし~」
「ひさしぶりだよね、全然変わってない」
「そうなの?」
「イナクが『洗濯は男の仕事だ』とか言い出してね~」
「そうそう、いつも一人で行っちゃうんだもん」
俺は嫌な予感がした
料理の例もある
イナクのメモには…なにか理由がある
「ここ、空いてるよ~」
ナルが洗濯用の石を確保して手を振った
俺たちはそれぞれの洗濯物を洗い始めた
洗剤みたいなものはなさそうだ
「ここで擦ればいいんだよね?」
「うん、他の人がそうしてるし」
「やってみる?」
「やってみよう」
二人が石に服を置いて洗おうとしたとき、俺に声がかかった
「ソラ!」
呼ばれた方を見ると、そこには青い大きな瞳がこちらを見ていた
今日は長い青髪を三つ編みにしている
前に会ったときより、顔色もよく、少しふっくらしてきている
「ルー?」
「やっぱりソラだ!偶然だね~」
「あれ?ミナとナルもいるの?珍しいね…イナクは?」
「イナクは軍に入ったから、しばらく留守なんだよ」
「えー、そうだったんだ」
「じゃ、ソラも洗濯しに来たの?」
「うん、実は初めてなんだけどね」
「へー」
そう言ってルーはミナとナルの方を見る
「その服…その石で洗う気なの?」
「うん」
「ボロボロになっちゃうよ?」
「厚手の布で汚れが強いなら分かるけど…」
「え、そうなの?」
「うん」
少し考えてからルーは二人に言った
「ひょっとして…ミナとナルって洗濯できないの?」
二人は痛いところを突かれた、みたいな顔をしていた
ルーは少し得意げに言う
「ふ~ん、わたしが教えてあげてもいいよ~」
なんだか三人の間に火花が散った気がした
俺は間に入って言う
「助かるよ!俺も分からなくてさ、困ってたんだ」
「うん!わたしに任せて、ソラの役に立てるの嬉しい!」
「ちょっと待っててね」
そう言うとルーは近くの桶を四つ重ねて持ち上げた
俺はすぐに追って、ルーの代わりに桶を持つ
「ありがとう、だからソラって好き」
ルーが吸い込まれそうな目で言う
その時、背中に冷たい気配を感じた
ナルとミナの視線だった
俺たちは桶を持ってミナとナルのところへ戻る
「こうやって、桶に水を入れて手でもみ洗いするの」
「足で踏んで洗う人もいるよ」
「子供にもできるから、ミナとナルにも出来るよ」
その一言で、ミナとナルの動きが一瞬止まった
するとルーは俺の洗濯物を見て言った
「ソラのは、わたしが洗ってあげる」
「え!いいよ、自分でやるから」
「遠慮なんかしなくていいって」
そう言ってルーは俺の洗濯物を一つ取った
異世界のパンツ、トランクスだった
「なにこれ?変わってるね」
ルーは顔を近づけて物珍しそうに見る
「あ!いや、それはいいよ」
俺は取り返そうと手を伸ばした
しかしルーはひょいっとかわす
「ひょっとして…これってズボン下?」
「え?うん、そうだよ、だから自分でやるから」
「へー」
そう言うと、少し間があった
それから、ルーはトランクスに鼻を近づけて匂いを嗅いだ
「なにしてんの!」
俺が伸ばした手を、またひらりとかわす
「えへへ、気になっちゃって」
「わたし、ソラのだったらなんだって平気だよ」
そう言ってルーは俺のトランクスを丁寧にもみ洗いし始めた
ルーにあんなものを洗わせるのは、少し忍びない
でも止められなかった
俺が諦めて自分の洗濯を始めると、また視線が刺さる
ミナとナルが冷ややかな目で俺を見ていた
「ソラ君って、女の子に弱すぎだよね」
「うん、すぐよその子についていきそう」
俺がどう返せばいいか分からずにいると
二人はぷいっと顔を背けて自分の洗濯を始めた
しばらくの間、俺たちは黙々と洗濯をした
するとナルの声が聞こえる
「あれぇ、やっぱ赤くなるじゃん」
「私のは白くなっちゃった」
赤くなる?
白くなった?
俺は二人の手元を見た
ナルは真っ赤な服
ミナはまぶしいくらい真っ白な服を持っていた
「どうしたの?」
「色が変わっちゃうの」
「なにが悪いのかな~」
ルーが当たり前みたいに言った
「ミナとナルも色変わるんだ」
「私はね、黄色くなるよ」
そう言ってルーが見せた俺のトランクスは鮮やかな黄色になっていた
「綺麗な黄色に染めてくれるって評判になって、わたし大人気なんだから」
洗い方は普通に見える
ひょっとして、水が普通じゃないのか?
そう思って俺は、自分が洗っている服を見る
特に変化はない
「なんだ、やっぱそういうものなんだ」
「イナクが『男が洗えば色は変わらない』とか言ってたよね」
「なんで女の子が洗うと色が変わっちゃうんだろうね」
「え?他の子が洗っても色は変わらないよ」
「変わるのは私だけだと思ってたもん」
そうだ
やっぱりこんな極端に色が付くのは普通じゃない
俺が尋ねた
「それって昔からそうなの?」
「うん、昔からだよ」
「だから私とミナの下着って白と赤なんだよ~、自分で洗うからね」
「そ、そうなんだ」
ナルがいつものようにからかうように言う
「あれ~、ソラ君いま想像しなかった?」
「し、してない!」
イナクのメモの理由はこれか…
この二人に洗濯させたら全ての服が白と赤だけになる
でも、なんでこの三人だけがそうなんだろう
白と赤…光と赤さび…そこで俺の中でイメージがつながった
「ひょっとして、魔力のせい?」
「あ!そうかも!」
「私は光だから白で、ナルは赤さびだから赤?」
ルーが反応する
「えー!二人とも魔法使えるの?すごいね~」
「って…赤さびってなに?」
「ほら、鉄とかに出る…」
「うん、それは分かるけど、ナルって赤さびの魔法使いなの?」
「その呼ばれ方、すごい嫌なんですけど」
「ちょっと待って、ってことは、ルーにも魔力があるってこと?」
「そうなるよね…」
俺たちの視線がルーに集まる
「え!?なに?わたし、なにか言った?」
ナルがルーをまっすぐ見て言った
「調べてみる?」
「わたし、できるよ?貸与」
「え!?」
「扉から教わったもん」
「えー、そうなの?私はできな~い」
ミナが残念そうに言う
ルーはちょっと怖くなってきたみたいに、俺にすり寄って言った
「…なんの話してるの?いま」
「ごめんルー、怖がらせて。実はさ…」
「ルー、いくよー」
ナルがぐいっと進める
「私が合図したらステータスって唱えてね」
「え!?いや、ちゃんと説明してから…」
「ソラ君はどいて」
「ルーはそんな弱くないから平気だって」
ナルが右手を上げる
「はい!貸したよ~」
「どうぞ~、ルー、せーの」
ルーは思い切ったように唱えた
「ステータス」
すると、ルーの能力板が現れた
【名前】ルー
【適正】魔力、魔力集中
【スキル】魔椀
「やっぱり!魔力あるじゃん」
「え!?なになに、どういうこと?」
「ルーも魔法使いってこと」
「わたし魔法が使えるの?」
「うん」
「なにか開いた~、みたいな感覚分かる?」
「開く?」
「分からないか~」
「そのうち自然と魔法が使えるようになるよ」
するとルーは俺の腕に抱きついて言った
「やったー!ソラ!」
「わたしも魔法使いなんだって!」
「うん、おめでとう!」
「えへへ、ソラは私が守ってあげるね」
ルーから言われると複雑だ…
「スキル、魔椀ってなんだろう」
「意識すると説明が見れるよ」
「そうなの?やってみる」
スキル:魔椀
周囲の穢れ《けがれ》から力を奪う大きな器
「器…穢れ?どういうこと?」
「よく分からないね」
「今度リンに聞きに行こうよ」
「えー…あの人に聞くのぉ?」
「だって、俺たちだけじゃよく分からないだろ」
そのときルーを呼ぶ声がした
「ルー?どこー?」
「あ!お母さんだ、もう行かなくちゃ」
「またね!ソラ、会えて嬉しかったよ」
そう言ってルーはぱたぱた母親の所へ走って行った
ルーの母ニナがルーに心配そうに尋ねた
「今日は具合悪くならない?」
「うん!なんかすごく調子がいいの!」
「きっとソラに会えたからだね!」
母親は俺たちに頭を下げた
ルーは手をぱたぱた振りながら帰っていった




