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第25話 イナクの決断

君が欲しくて

自分に嘘をつく

それはできない

俺たちはギルドに戻ってきた

イナクはもう帰っていて、食事の支度をすませてくれていた


「イナク、悪い、今日は全部やらせちゃって」

「かまわん、勝手にやっただけだ」


イナクは皿を手に取り、鍋からシチューをよそっていた

俺も厨房から料理を運ぶのを手伝い、ほどなくして夕食の支度が整った


その時だった

厨房から出てきたイナクの前に、ナルがすっと立つ


「聞いて欲しいことがあるの」


イナクも真っすぐナルを見た


「私のこと好きって言ってくれて、ありがとう」

「でもわたし、イナクの妹のままがいい」

「これからも、家族でいてほしい…」

「ごめん…」


イナクはしばらく何も言わず、その言葉を受け止めるように立っていた

やがて静かに口を開く


「いいんだ、困らせて、すまなかった」

「俺の方こそ、家族でいさせて欲しい」


ナルは小さく微笑んだ


「うん」


それだけ言うと、ナルはふっといつもの調子に戻った


「でも、討伐依頼を受けるのは反対だからね! 家族として」

「俺にはこれしかない、それは聞けん」


イナクは間を置かずに答えた

するとナルは、やっぱりね…と言いたげに、いたずらっぽく笑った


「だよね」


そう言って椅子に腰を下ろす


「さあ、食べよう! イナクのシチュー大好き!」

「いただきまーす」


俺たちは夕食を食べ始めた


「おいしい~、温まる~」

「今日寒かったし、嬉しいね~」


ミナとナルはすぐに明るい声をあげる

さっきまでの空気が嘘みたいに、食卓にはいつもの日常が戻っていた


俺はそこで、ずっと呼吸を詰めていたことに気づいて、ようやく息をついた

そして椅子に座ろうとするイナクを見ながら思う


あれ? …今、振られてたよな…

なのに、もう食卓はいつも通りだ


「いただきます」


そう言って、俺もシチューを口に運ぶ

暖かくて優しい味が広がった


「イナク、これすごく美味しいな、どうやって作るんだ?」


そう聞くと、イナクはいつも通りの顔で答えた


「こんど教えてやる」


その一言に、俺は少しだけ安心する

いつものイナクだと思えた


食事を終え、体を拭いて歯を磨き、おやすみと声をかけて俺は部屋へ戻った

すると、しばらくして扉をノックする音がした


「はい」


返事をすると、扉が開く


「俺だ」


訪ねてきたのはイナクだった


「夜分にすまん、ちょっといいか?」

「おう」


イナクは部屋へ入り、後ろ手に扉を閉めた


「ソラには、先に言っておこうと思ってな」

「ん? なにをだ?」

「組合で会ったノアを覚えてるか?」

「ああ、覚えてるよ」

「俺は、あいつの所に行こうと思っている」

「行く? どういう意味だ?」

「この国には三つ軍があって、ノアはその一つの長らしい」

「その軍に誘われている」

「軍…?」


思わず、ナルの顔が頭に浮かんだ


「ギルドはどうするんだ? なんで急にそんなことを言い出す?」

「急ってわけじゃない、ずいぶん前から、興味があった」

「それに…」


イナクは少し言いよどんでから続けた


「ナルとミナには、内緒にしてくれるか?」

「…わかった」

「今日、俺が受けた依頼はワーウルフの討伐だった」

「依頼書には、二匹のつがいがすみ着いたと書いてあった」

「だが、行ってみると十五匹いて、しかも魔法が使える奴がいた」

「え!?」

「あのままなら、俺は殺されていただろう」

「それをノアに助けて貰ったんだ」

「そんなことが…」

「俺には戦うことしかできん」

「やっと、自分の生き方が見つかったと思ってる」

「でも…ナルが心配した通りだった」


俺はイナクの顔を見て言った


「…だから、軍に入ると?」

「そうだ」

「ナルはどうする? そばにいてやらなくていいのか?」


その問いのあと、部屋にわずかな沈黙が落ちた


「俺は、あいつらの近くにはいられない」

「ギルドにいたら、巻き込んじまう」

「もし今日の討伐に、あいつらを連れて行っていたら…」

「俺が勝手にくたばるのはいい、でもそれだけは」


バチン


気づけば、俺はイナクの頬を殴っていた

殴った俺の手の方が痛い


「お前が死ねば、悲しむ人がいるだろ、俺もその一人だ」

「戦うことしかできないと言うが、本当にそうか?」

「俺はそうは思わないぞ、他の道を選べば…」

「ギルドで平和に暮らしてきたお前だったら」

「ナルは、お前を受け入れたとは思わないのか?」


イナクは頬を押さえもせず、ただ強く拳を握りしめていた


「俺はナルのことを、誰よりも見てきた」


喉の奥に引っかかったものを押し込むように息を吐いた


「分かっているつもりだ…」

「いまのナルは…俺を…」

「それが…辛いんだ」


少しの間、間をおいて俺は聞いた


「それが本音か?」

「そうだ」


俺は大きくため息をついた


「わかった、俺はイナクを応援するよ」

「正直に言えば、戦うようになってからのイナクは、生き生きとしてると思っていたから」

「それをナルのためにやめても、ナルは喜ばないし、イナクにとっても良くないだろ」

「軍に入ったら、ギルドには帰ってこれるものなのか?」

「最初の二年は新兵練場で寮生活になる、帰ってこれても年に数回だ」

「ほんとうに、それでいいんだな?」

「イナクは迷いなく頷いた」


「ソラ」

「なんだ」

「図々しい頼みだが、ナルとミナのことを頼んでもいいか?」

「頼まれなくても、そうするさ」

「そうだったな」


それからイナクはゆっくり立ち上がり、部屋を出ようと扉に手をかけた

その背中に、俺は声をかける


「なあ、イナク」


イナクは小さく振り返った


「俺たち、家族だよな?」

「当たり前のことを聞くな」


そう言ってイナクは部屋を出ていき、静かに扉が閉まった


翌朝…


「そんなのだめに決まってるでしょ!」


ナルの大きな声が、ギルドの食堂に響きわたった


「軍なんて絶対だめ! どうなっちゃうか分からないよ」


すぐにミナも声を重ねた


「討伐依頼は上手く行ってるんでしょ? なんでそれじゃだめなの?」


食堂は朝から騒然としていた

早朝早々、家族会議が開かれている

イナクは軍に入ることをミナとナルに話し、案の定、二人は猛反対だった


「もう、決めたことだ」


そう言ったイナクに、ナルが即座に言い返す


「勝手に決めないで!」


すぐさまミナも続く


「そうだよ、急に相談もなしに決めるなんてだめだよ」

「イナクだって、家族を通せって言ってたじゃない」


二人の反応は当然だと思った

しかも昨日の今日で、軍に入ると言い出したのだ

なおさら受け入れられるはずがない


「すまん、頼む」


イナクが頭を下げる


「駄目だめ、絶対ダメ、ねえミナ!?」

「そうだよ、絶対だめ、やめて!」


ナルは俺の方を向き、すがるような目で言った


「ソラ君もそう思うでしょ?」


俺はその目を見返して、静かに口を開いた


「二人とも…まずは落ち着いて」

「そんな風に頭ごなしに反対されたら、イナクだって困るだろ」


ナルはこらえるように息を呑み、自分を落ち着けるように座り直した

それから改めて俺に聞く


「ソラ君は、どう思ってるの?」

「俺は、イナクを応援してやりたい」


その言葉を聞いた瞬間、ナルの目に涙が浮かんだ


「その言葉…二回目だね…」


「俺は、戦うことがイナクにとって大事なことだと思っている」

「今のままならイナクは必ず後悔する、そんな気がする、だから、イナクを縛り付けたくない」

「それに、ギルドで討伐を続けるより、軍で訓練を受けて、仲間と行動した方が、俺は安全なんじゃないかと思ってる」

「魔法を使う敵がいることもあるだろうからね」


するとミナが言った


「それなら、私たちも一緒に行けば」


俺はミナの目を静かに見つめた


「ミナは血まみれのイナクを見ていなかったね?」

「魔物とはいえ、生き物と殺し合うってそういうことだし、綺麗なものではない」

「ナルとミナが一緒に討伐に行って、生き物を魔法で殺すなんてことを、俺はしてほしくない」

「それはイナクだって、俺と同じ気持ちだと思う」

「イナクの安全のためにも、戦うなら、戦う人たちと一緒にいた方がいい」


ナルが涙をぽろぽろこぼしながら、震える声で言った


「ソラ君、…イナクの両足がなくなっちゃってもいいの?」


その言葉で、ナルが父親のことを言っているのだとすぐに分かった

イナクも同じ目に遭うかもしれない

その恐怖を、ナルはずっと抱えていたのだ


「その時は、全て俺の責任だ、俺を恨んでくれ」


ナルとミナは下を向いたまま黙り込んでしまった

絶対に賛成はしない

でも、これ以上は何も言えない

そう言われた気がした


その日のうちに、イナクは身支度を整えてギルドを出ていくことになった

それを見たミナとナルは、食堂に座ったまま泣き出してしまった


俺はギルドの外へ出て、イナクを見送る

イナクは立ち止まり、俺に向き直った


「恩に着る」


俺は頷いて言う


「イナク、一つだけ、俺に誓え」


イナクがまっすぐ俺を見た


「ナルとミナを、これ以上悲しませるな」


イナクは胸に手を当てた


「誓う、俺の誇りにかけて」


それから俺は、わざと軽く言った


「それと、シチューの作り方、まだ教わってないぞ」


イナクも少し笑う


「こんど教えてやる」


俺は右手を差し出した


「いってらっしゃい」


イナクはその手をしっかり握り返す


「いってきます」


その時、握った手の中に別の感触があった

見ると、メモがそっと押し込まれている


「これは?」


そう聞くと、イナクは短く答えた


「読んでおけ」


その時だった

ギルドの中からミナとナルがドタバタと飛び出してくる


「わたしたちに挨拶しないで行く気なの!?」

「そんなのありえないでしょ!」


ミナが大きく両手を広げた

すると、光の粒が旧市街一面を覆うように現れる

続いてナルが右手を掲げると、赤い花火が空中で炸裂するように花開いた


「いってらっしゃい!」


二人の声が重なる

その声を聞いた瞬間、イナクの目から涙が零れ落ちた


「いってきます」


そう言い残し、イナクは光の粒と赤い花火に祝福されながら

自分の道を歩んで行った…

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