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少年(少女)は足掻いている  作者: 草次城
その後の人々

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54/55

昨日も今日もこの通り

前編です。次回最終話です。

 


 なんかアスターと結婚してもいいけど子供は王族とは認めないよって言われたんだけどそんな都合のいいことある? 俺の子供は何があっても王様にはならないんだから産まなくていいって意味じゃん?

 ベラドンナには悪いけどアスターと話し合って健康に逆にいい茶を贈ってもらって欠かさず飲んでるよ俺は。これで生理が止まれば万々歳だし。


 俺は腹が膨れるのも鼻の穴裂ける勢いでスイカ出すのも冗談じゃねえって感じだけど女の人も案外そうなのかな。少子高齢化だもんな。そしたら子無しの俺たちの皺寄せが行く姪っ子ちゃんたちには申し訳ない。でも子供ができないってなったときの周りの反応は今からすでに怖いぞ。想像しただけでごめんなさい、やっぱり産みますと意見を翻しちゃいそうだ。

 男の俺でさえそんな風にちゃんとした女なら産まなきゃという世間体がのしかかってくるのに、ずっとそんな環境で育っても誰が産むかって言える女の人、にわかには信じられないくらい精神が強過ぎる。昔は全然そんなの考えたこともなかったし他人事でいたかったんだけどなあ。


 などと将来への悩みはあれど、新婚旅行はとても楽しかった。

 国内の城へ十日間泊まったんだけど、広くて使用人が少なくてアスターがいて、エデルワイス邸を彷彿とさせる状況に俺のテンションはぶち上がった。もう全力で旅行を満喫した。


 ところが旅行後一ヶ月、あちこちの集まりに呼ばれてヒソヒソじろじろされて察した衝撃の事実。実はそれは代償だったらしい。結婚式の規模が小さかったのも、式典でアスターの隣ではなく義理の姪っ子ちゃんたちよりも下の末席に座らされたのも、新婚旅行の随行員の数も、王族ではない俺に身の程を叩き込むためだったようだ。


 礼儀とは、自分が持ってる敬意を相手に伝えるための作法だ。つまり使いようによって、こちらにとってお前の価値はこの程度だと暗に示すことができる。

 俺は妃としてちやほやされたかったわけじゃないから、俺は凡人とは違う尊い身なんだぞと激怒したり恥辱を覚えたりはしないけども、結婚してすぐこの勢いで来る、お前を尊重する用意はないという国のお偉いさん一堂の声なき声はちょっとしんどかった。


 だがそれがむかつきに変わるのも早かった。


 冷静になればなんで俺がいびられてんだよって話だ。立場に応じた扱いをするのはいいよ。でも馬鹿にすんのは違うだろ。アスター殿下にはもっとふさわしい人がいるってお題目でいじめっ子精神を糊塗してんのはお見通しなんだよ。絶対ちっさいアスターには優しくなかったくせに唐突にあいつを心配する舅姑面してんじゃねえぞクソ野郎どもが。お前らが可愛がってたらシオンはあんなべそべそ泣いたりしねえだろうがよ。


 怒りのあまり俺がお前らとは違うってことを知らしめるためのアスター喜ばせ作戦を始動。アイリスとフロラスに協力を仰ぎ、もとい計画をぶん投げた。


 同時にその日から俺は詳細に怨嗟の日記をつけている。いつか外野どもの心理を完璧に理解し、思い通りに操作する技術を身につけて、この記録をもとに復讐してやるのだ。


 恨みに浸っていると気が腐るから嬉しかったことも綴っていたら、瓢箪から駒というか、意外と俺に好意的な人もいると知った。どうも俺とアスターを身分の差を乗り越えた情熱的な夫婦だと祝福してくれてる層がいるようなのだ。


 ありがたいけどこれには参った、あんまり後ろめたくって。


 俺は令嬢としての感覚に疎い。言い換えれば俺はアスターとの結婚に際して貴族令嬢として何を失い、何を得たのか肌で理解していない。


 一般運動不足男性と短距離走選手じゃ、今後一生全速力のダッシュができないボタンを押す意味も重さも全然違う。アスターの結婚も、前者としてポチッとやったに過ぎない俺を、人のいい方々が後者だと勘違いしてなんという勇断だと褒めそやしてくるから据わりが悪いったらありゃしない。


 まあ弁解するつもりは欠片もないんだけど。そっちのが都合いいし。

 でもなぜそう受けとめられているのかは把握しておこうと探ってみたら、どうやらアスターが妻を大事にする夫としてわかりやすく振る舞ってくれてるおかげのようだった。


 王子の妻だからもあるが、それより社交界では人柄の知られたアスターの気に入った人ならばと新参者の俺を温かく見守ってくれているってわけ。アスター様々であるが、真面目な話、結婚してからとみにアスターがどれだけ俺のために気配りしてくれているか実感してる。

 作戦の発端こそ舅姑どもを見返してやるって鬱憤晴らしだったけど、結果としてアスターに感謝を示せるのはよかったなと素直に思う。


 そして待ちに待った今日この日。依頼から半年でアイリスたちはきっちり頼み事をこなしてくれて、贈り物の手筈が整った。大本命のお方は遠い国で再婚されてるってことでさすがに無理だったけど、こちらもしっかり本命だ。


 準正装まで着飾っても状況がわからずかなりそわついているアスターを客間まで連れていく。そこで待ってたおばさんを認識して目を輝かせる、狙い通りのアスターの横顔に、俺の笑顔も会心のそれだった。


「あ……アスター様!」

「アルメリア」

「アスター様! ああ、ああ、こんなに大きくおなりで……!」


 ひしと小柄なアルメリアさんとアスターの二人が抱き合っているのを見ると、俺も鼻が高い。

 ざまあみろ宮廷人どもめ。本気でお前らの王子様の幸せのために何かしてさしあげたいって言うならこれくらいは企画しろっての。

 ついでに俺もアルメリアさんに挨拶できたから今回ばかりはかなり冴えてる。アスターを大事に思ってる人には、あなたたちの大事なアスターと生きていくのは俺ですよと伝えておきたいとずっと思ってたんだ。


 さて第一段階はうまくいったから次は第二段階だ。画家さんに登場してもらって、それから存分に二人で話してもらおう。

 さっそく俺は使用人に指示しようとした。したはずが、口を開いたその次にはひょいと持ち上げられてアスターの腕の上にいた。


「君ってとんでもない悪党だ! こんな悪巧みをしてたなんてちっとも気づかなかった」

「でしょ? 私ってこの道の天才なのよ。腕のいい助手だっているんだから」


 ニコニコしてるアスターの綺麗な茶色の頭をいつものように雑に撫でかけ、今日はおめかししてるんだったと寸前で方向転換。肩を叩く。


「それはフロラスたち? いつから考えてたの? ベラ、ねえ」

「あとで話すわ。今は久闊を叙する時間よ。画家さんだってお呼びしたんだから」


 俺はこういう折には記念写真を撮りたい人だ。でもこの世界にカメラはない。だから代わりに画家さんを手配した。アルメリアさんとアスターの絵を描いてもらうのだ。

 画家の人は、忙しい王侯貴族の絵も描いてるだけあって、最初から最後まで本人が必要ってわけじゃなくて、顔さえモデルになってもらえれば、服や小物は後から本物を見ていい感じに足せるらしい。


 だからアスターがこんな王子様王子様した格好をしなくても構わなかったんだけど、アスターはアルメリアさんに立派になった姿を見せたいだろうからそうした。アスターを自慢の坊っちゃんだと思ってたに違いないアルメリアさんも感慨深いだろうし。


「ね、アスター。下ろして」


 下ろされた。足がついて油断してたら、額に軽く柔らかい感触があって、ぱっと見上げた先のアスターが紫の目を細めている。


 地獄のように恥ずかしい。


 相手がアスターだし、唇以外なら犬猫の愛情表現と変わらないと思ってるから、額や頬にされるキス自体に嫌悪感はない。ぶっちゃけるとむしろ嬉しい。いやだって外見こそ美少女ベラドンナだけど、中身俺だぜ。人間かどうかすら怪しいんだぞ。普通がっかりするだろ。それなのにアスターはこんなことしてこんな顔して、なんか、本当に俺のこと、一人の友人以上に思ってるんだって毎回新鮮に筆舌に尽くしがたい感情になる。


 俺が勝手に理解者扱いしている相手が、向こうも思ったより俺のこと好きだっただけでもすごいのに、正体があやふやな俺を受けていれてくれた上に一生を共にしたいくらい好きになってくれたんだぞ。奇跡だ。照れる。


 でもだからこそ唇はなあ。好意の種類が無視できなくなって話が変わってくる。

 ある特定の行動を開始する合図みたいな、大きな流れの一部だったら俺は平気だ。でも普段の生活で単独でされちゃうと、そこへのキスは特別な、恋愛成就の象徴とする俺の固定観念が強烈に刺激される。毎回好きだって告白されてるように錯覚し、桁外れの羞恥とアスターと同じ気持ちじゃないことの申し訳なさにのたうち回る羽目になる。


 それで昔、まだ学園に通っていたころ、王宮の庭で俺はアスターに唇へのキスがいささか、と伝えた。


 体が女になったとて精神は変わらないんだから俺が元々男が好きなら男を、女が好きなら女を、両方好きならどっちかを好きになるところだが、それ以前の問題として俺正直アスター以外のこの世界の人間をあんま同じ生き物とは思ってないんだよな。異世界ってくらい常識が違い過ぎるのと、俺が本当に人間かという疑いがあるんだもん。


 そのせいか、あるいはそもそも俺が恋をしない人間なのかは知らんが、相手の性別関係なく俺の恋愛の神経が死んでる。それでもこの先いつか恋をするなら相手はアスターだけだって確信はあるけど、その不確定な未来でアスターを引っ張り続けるなんてのはそれこそ本当に悪女の所業だ。だから俺は黙って受け入れてアスターに期待を持たせるのは酷だと思って、キスについて言ったんだ。良心の呵責を緩和したいとの自分可愛さも含まれていたのは否定しないけど。


 するとアスターは逆に俺が心配になるほどあっさり納得してくれた。


「いいの? 私から言っておいて何だけど、本当に?」

「嫌なら嫌って言うよ。そういう約束だろ」

「すり合わせしないの?」

「大丈夫だって。絶対にどんなときでも禁止というわけじゃないんだろ」

「まあそうだけど……。アスターあなた、私にかなり都合いい男になってるわよ」

「気づいた? こんな男他にはいないよ。もちろん女にもいない」


 冗談めかしていたが、俺はその通りだとしみじみアスターを眺めた。

 こんな人がいて、俺ってばなんて幸運なんだ。アスターを大事にしなきゃ罰があたるぜ。


「だからベラ、もっといい人を探してよそ見なんかしないでね」

「そうなったら私はまた呪われてるわよ」

「呪いじゃなかったら怒るよ。もう二度とそんなことできないようにしてしまおうかな」

「いやそんな手段があるなら私がよそ見する前にやりなさいよ」


 ずっと友達でいたい願望を差っ引いても、俺がアスターに呆れられる可能性を少しでも減らすために、俺が突然アスター以外の誰かと恋に落ちる危険がなくなるのは俺としても助かる。

 だけど俺自身ままならない心をアスターがどうやって縫い留めるつもりなんだろう。呪いだったらさすがに勘弁だけど、もしかして。


 ふと思いついて俺はアスターの手を首に持っていった。

 成長期でぐんぐん育っていくアスターの手がでかいんだか俺の首が細いんだか。掌硬いな。カイロみたいにあったかい。


「こうやってつかんでおくとか?」


 冗談が過ぎたらしい。アスターが目を見開いている。間違いない、ドン引きだ。やばい。

 とりあえずベラドンナの美少女スマイルでごまかしたら、アスターは眉間にしわを寄せて手を引っ込めた。


「こういうの、危ないよ」

「ごめんって」


 よし許された。


「君は時々心臓に悪いよね。僕が本気にしたらどうするつもりだったんだ」

「別に。だってアスターがそこまでするなら私が悪いでしょ」

「……君が悪いと僕が言えばなんでも受け入れるのか?」

「顔怖っ。違うわよ、普段そんなことしないからこそ、それだけ私がアスターを傷つけちゃったってことでしょ。ね? だから何されても私の自業自得でしょ」


 アスターは口元を片手で覆って何やら葛藤していた。


「…………ダメだ! 僕がしっかりしないと」

「それ口に出すのね」


 改めて振り返るとアスターの言動が危なかった気もするが、元を正せば気まずい問題がぽんと解決した反動で変に気分が浮ついていた俺が先に奇行に走ったんだからお互い様か。


 とにかくアスターは基本的に唇にはキスしない。裏を返せばそこ以外には今みたいな気軽さで仕掛けてくる。

 恥ずかしい。本当に。ちょっと触れるだけのキスとはいえ、やたらアスターが余裕なのが納得がいかないくらいに恥ずかしい。俺の弟分のくせに。

 慣れてんのかなってフロラスにアスターって恋人いたのか聞いたら変顔一歩手前くらいのバカかこいつって顔されただけで終わった。俺の質問の何がおかしい。答えになってねえし。


 などと全力で気を散らしても頰といわず耳まで熱い。いやおでこはもうさすがに慣れてきたけど人前はさあ。気にしてんの俺だけだけどさあ。


「あなたは行って。私は向こうで待ってるから」

「どうして。君も一緒にいてよ。アルメリアに紹介させて」

「だったらこんな風にさせないでよ……」


 正気かよ。なんで身内に引き合わせるつもりのくせに俺を照れさせんだよ。お前だけは俺がこうなるってわかってるだろ。

 呆れ返りながら俺はアスターにアルメリアさんの前へ引き出された。


 もういい、このまま画家さんを召喚する。そんで俺だけ消してもらったりアルメリアさんにこっそりお前の悪口を吹き込んだりしてやるからな。後悔しても遅いぞアスター。




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― 新着の感想 ―
あれよな、お家大事、領地の御家来衆や領民やらへの責任負ってるのはあってもひたすら打算ありきで接して来る宮廷社会に居ればベラドンナの態度なんて純粋そのものですよね その精神が正体不明であっても宮廷人の方…
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