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少年(少女)は足掻いている  作者: 草次城
その後の人々

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55/55

明日もあなたといるために

完結です。pt、ブクマ、感想など送ってくださった皆様、ここまで読んでくださった皆様、お付き合いありがとうございました。嬉しかったです。

 


 夜。蝋燭灯る夫婦の寝室にて、俺はすっかり寝支度をして転がっていた。横のアスターは肘枕で俺の下ろした髪を手櫛で梳いている。


 視界の隅で、アスターの銀のピアスの紫がちらつく。不思議な反射は、聖銀って名前の呪いを寄せつけない金属特有の色だそうで、怪しい品じゃないとアスターが自分で外しても何ともない様子を見せてもらったが、正直装飾品でもアスターの体になんか刺さってるってのはいい気がしない。


 でもアスターはずいぶん気に入ってるみたいだ。旅行のときから着け始めて、それからずっと着けっぱなし。寝る前もこうして外さないし、俺が触ったらすごく嫌がるし。

 

 ピアスじゃないけど自分は人の髪をめちゃくちゃ触るのにな。結うのはさすがにだが手入れは侍女に代わってやりたがるのだから相当気に入っている。

 人に頭を触られるのは気持ちいいからいいんだけど。美容院にいるような気分で、今日に至るまでの計画を語る。


「まずアルメリアさんがご存命かどうかもわからないから、直接行って探すしかなかったんだよ。バンナン行きについては、お兄様の伝手で細かい手配を引き受けてくれる商会が見つかったんだけど、人は貸せないって言われてさ。でも俺が行くわけにもいかないだろ。それでフロラスに相談したら、アイリスが暇してるって言うから、お願いしたら快く引き受けてくれたんだよ。しかもさすがアイリス、全部やり遂げただけじゃくて商会の人や向こうの人にもすっかり気に入られて、ぜひうちで働いてほしいって何回も勧誘されたんだって。すごくない?」

「そうだね。……就職先が決まったとは聞いていたけれど、君が関わってたんだ」

「俺は何もしてねえだろ。でさ、俺アイリスには順調に出世して社長になってほしいんだよな。社長わかる? 商会の会長」

「うん、でもなぜ?」

「ほら俺ってさ、自分でも自分がなんだかわかんないからさあ、人生がこれっきりならいいんだけど、もしもう一回、今度は赤ちゃんからこの世界で生きていくってなったときさ、また女だったらいろいろ困るじゃん。女一人で独身のまま食っていけるように今のうちに出来ることしとかねえとなーって。だからアイリスには女がバリバリ働ける会社を作ってほしい。そんで生理用品とかドレス以外の服とか売ってほしい」


 笑い事じゃなく、この世界で女が一人で生きていけないと、また転生した場合俺は詰む。

 結婚は危険だ。俺はたまたまアスターが理解ありまくる男だったから子無しでいける予定だけど、そうじゃなかったら俺に何も決定権ないまま母親にならされて、産めるだけ産めって叱咤されてるだろ。俺は鶏じゃないんだぞ。病むわ。


「アスター、あの子が立身栄達に興味あるか知ってる?」

「あるよ彼女は。とてもその気持ちが強い人だよ」

「えーじゃあ俺も公爵業頑張ってパトロンになろ。行儀作法上達してる気がしねえし、先は長いんだけどさ」

「してるだろ」

「俺も実はそう思ってたんだけどね、歴戦の貴婦人からしたら全然なんだわ。もう会う人会う人鵜の目鷹の目よ」


 命令さんの補助がない俺は、自己評価より大人としてまずかった。

 感覚としてはバスケのルールだけ教えられてプロの試合に放り込まれた感じだ。

 なんでボールついてただけなのに反則? あー、トラベリング。あったねそんなの。

 あの場面では俺が行くべきだった? そんな定石知らねえよ。

 急にパスされても取れねえよ、アイコンタクトや敵味方の位置把握? 無理だろ普通に。


 本来なら俺は母という監督に練習試合を経験させてもらえるはずが、そこらへん皆無だったからな。俺を結婚させず修道院に送る予定だった説が濃厚になる。持参金が出せない実家だとは思えないのに、なぜ。公爵が母になんか言ってたのかな。本物ベラドンナのためにもそうだといい。


 まあ俺自身の鈍さのつけが回ってきたのだ。学園で上位に来る身分の高さかつ嫌われ者の俺へ、ミモザが寿退学でいなくなったってのに他の誰が親切にあれこれ教えてくれるって話だ。

 俺は口調や仕草の淑女命令が解かれたことにもっと危機感を持つべきだったのだ。俺の立場で要求される水準は気をつけるだけで達成できるほど甘くないことや、他にも足りない部分がたくさんあることに自分で気づき、ちゃんとした師について学び直さなくてはいけなかった。


 でも俺は井の中の蛙になっていた自覚すら無かった。呪いのせいで横の繋がりを作れなかったのに、解放されたころには同い年の少女たちは次々寿退学していった。そうして俺は、横の繋がりを作れず、他人や大人が混じる社交の場を通過せず、俺やばいかもと悟る機会を知らないうちに取りこぼした末に陥ったのが、この情けない現状なのである。


 公的な支援が期待できない社会だと、親の無関心がこんなに子供の人生を左右するんだと驚く。


「でも前向きに捉えると直すべきところを教えてくれる人に囲まれてるんだよね。だから自分磨きに利用して、そんでさっさと高みに至ってあのベラドンナ様だって特別視されるようになってやるよ」

「頑張れ。君ならできる」


 頑張る。俺にはベラドンナスタイルと銘打ってパンツスタイルを導入してやる野望があるのだ。


 さて、肩の力をほぐす前座はここまで。本題はここから。

 俺は何気ない風を装ってアスターを見た。


「ありがとう。ところでアスター。シオンくん」

「ん?」

「バーチ様のお加減は」

「……よくない」


 返事が重苦しい。俺が黙って肩を抱こうとしたら、アスターは俺の胸元に熊みたいに抱きついてきた。

 アスターが最近頻繁に王宮に行くのは、バーチ王太子の病状がかなり切羽詰まっているからだ。

 咳と喀血と聞くと俺は結核が思い浮かぶが、こちらの世界ではどうなんだろう。


「兄上がおられなくなってしまうことも、王太子になることも、覚悟してたつもりだったんだ。でも……怖いよ」

「アスター」


 俺からも強く抱き返す。

 貴賎結婚の弊害で、俺は妃でありながら、妃としての公務を行う権利はない。それは今後ずっと義理の姉や姪たち王族の女性の職務になる。

 妃の嘆願という形で王に譲歩の口実を与えたり、臣下との間を取り持ったり、自分の血族を頼って政治的な工作をしたり。いざというときには夫に代わって実権を振るうのは、さすがにごく一部の実家が強い妃限定だろうが、正統な妃というのは政治的に完全に無力ってわけじゃない。でも名ばかりの妃の俺はサイン係すらできない。実態としては一臣下、一公爵だ。威を借る虎がいない狐でもある。


 たとえ俺がパートナーとしてアスターのためにそっち方向からの活動をしたいと考えても、俺自身が周囲に認められないかぎり、臣下は後ろ盾のない俺の働きかけなど聞いたふりをして無視するだろう。無力なりに公の場でアスターの隣に立ってやることすらできない俺だから。


 俺が俺であるゆえに、アスターを大勢の前でたった一人で立たせてしまうのは、それを端っこから眺めているだけなのは、悔しい。

 普通の令嬢ならば、婚約の折にそういうわけだからよろしくと言われた時点で唇を噛むのだろうが、俺はいよいよアスターが王太子になりそうだぞとなってようやく理解が追いついた。


 誰かの七光りではなく、ベラドンナという看板だけで我を通せるだけの力が俺には必要だ。

 周囲が俺を舐めているのは、奴らが後々のことを考えられないバカだからってだけじゃない。逆立ちしても俺が這い上がってくるはずがないと決めつけているからだ。

 奴らは俺を見下している。ひいてはそんな俺を選んだアスターも嘲っている。

 俺はいつか必ず全部ひっくり返す。ベラドンナの後継者として、彼女の名前を兄やアスターの付属品としてではなく栄光とともに刻んでみせる。

 なーんて威勢いいことは言ってみたけれど。


「俺に何ができる」


 現実はまだまだつむじに向かってこう聞くしかないんだよなあ。

 フロラスなら本人にこんな質問をせずさりげなく手回しをするんだろうが、あいつと俺とは出来ることに差がありすぎる。無い物ねだりも背伸びもダサい。


 でもそんな、溺れる人にとっての藁にもなれない俺を、アスターは掴んで、こんな目で見るのだ。


「そばにいて。僕を見てて。自分がそうするだけで僕が元気になるって君は本気で信じていてよ」

「……すっげえこと言うじゃん」


 なんでアスターって俺のことこんなに好きなんだろう。


 フロラスの親父さんから教えられたんだが、アスターって俺と結婚するために王様とケンカしたらしい。

 他にも、結婚の許可と同時につきつけられた痛みを伴う離婚条件を聞いた。

 そして最終的に、過去の判例からこのような行為はこのような罪にあたる可能性があり、その場合このような処罰を受けますとの、命が惜しくばアスターを裏切るなよという講習の皮を被った完全なる脅しを受けた。


 王様とは口利いたこと一度もないから、親父さんこそアスターの父親みたいだった。なんでそこまでと尋ねたら、アスターのお母さんと息子を守ると約束したのだそうだ。

 俺もそういうつもりだわと反論しといたが、どこまで真剣に受けとめられてるのやら。小娘の虚言で片づけられてたら腹立つな。そのうち参りましたと言わせてやるからな。


「それならお前もそう信じろよ。たとえば俺が風邪引いたら、薬持ってきたって手ぶらでその顔見せに来い。絶対だぞ」

「そっ、れは……かなり恥ずかしいな」

「撤回はなし。俺は根に持つからな。肝に銘じとけ」


 俺は視線をしっかり合わせてアスターに言い聞かせた。


 そもそも親父さんから注意されるまでもなく、俺はもうアスターを犬っぽくする活動に取り組んでるんだぞ。


 俺が早朝寝てても容赦なく飛びついて起こしてきて、自分が楽しいなら俺も楽しいと心から信じて、腹出して健やかに寝る。アスターがそういう風に毎日を過ごせるようにするのが、妃やベラドンナの後継者とは別の、俺の個人的な使命だと信じているんだ。


「アスター」

「うん?」


 まだ俺とアスターの人生は始まったばかりだ。一寸先は闇であり、周囲の人も、アスターの味方はいるけど、俺はちょっと怪しい。

 だけどやられるまんまじゃ嫌だって抵抗してきたのが俺たちだ。二人ならどうにかこうにかいけんじゃないかと思う。

 アスター、俺は結婚する前は、お前と綺麗に別れる前提でいたけど、もう逃げ腰になるのはやめる。大事な人を大事にしたい気持ちに男女もへちまもあるものか。


「約束だぞ」

「……うん」


 アスターが微笑む。睫毛の隙間からのぞく瞳が輝いている。

 なあアスター。お前にはそうやって笑っててほしい。そのために俺が必要だから、お前は諦めずに頑張ってくれたんだろ。だから俺も、お前と一緒にいるために死ぬまで足掻いてみせるよ。


 親友って、夫婦ってそういうもんだろ。なあアスター、俺のシオン、俺だけのあなた。




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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます! 初めて読んだ時からずっと好きで何度も読み返していました。特に好きなのはベラドンナの呪いの釘を抜くシーンです。感情の吐露も背中を叩くのも最高でした。 この世界の常識から見れば…
アスターだけの一方通行じゃなくて良かった 双方向にとっても重い!
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