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少年(少女)は足掻いている  作者: 草次城
第4章 呪い

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(24) アスター王子、結婚を諦める

 


 アイリスがベラドンナと話すきっかけを探していたら、なぜかベラドンナのうっかりこぼしたスープや花瓶の水に突っ込んでしまい、とうとう一昨日は階段で躓いた彼女にとっさに手を伸ばして、自分の方が転げ落ちたそうだ。

 しかもそれでベラドンナにいじめられていることになってしまったと秋の深まった頃にアイリスは嘆いた。


「知り合うなら今だ! って思ったら気合いが入りすぎちゃって。普段は私こんなにドジを踏まないので全部裏目に出てしまってて、あの、皆の誤解はどうしたら解けるんでしょう?」

「手遅れだろ」

「そこをなんとかお願いします先輩お知恵を! ベラドンナ様に合わせる顔がないんですよ! 殿下、殿下もどうかお知恵を」

「ベラに怪我はなかった? もちろん君が無事でよかったと思っているけれど」

「殿下はそこですよね。大丈夫だとおっしゃってました」

「よかった。ところで君は、ベラがわざとやっていると思う?」

「だとしても絶対に何か考えがあってのことだと思うんです。ベラドンナ様、いつも謝罪してくださるんですけど、そのとき一番怒ってるみたいで。おかしいですよね。普通、嫌いな人へのいじわるがうまくいったら嬉しいはずでしょう」

「確かに、それは重大な発見だね。ではここで一旦ほとぼりを冷ますのはどうかな」

「はい……。そうします」


 アイリスがしおしおと項垂れて去っていった。

 恒例となった立ち話での早口情報交換を終え、アスターはフロラスと男子棟に入り、廊下の長椅子に並んで座った。


「どう考えます? あなたの彼女の狙いについて」

「彼女も話すきっかけが欲しいんじゃないかな。何かを伝えようとしている、そんな気がする」

「単に嫌がらせでは」

「なぜ? 嫌う理由がないのに」

「あるでしょう。あなたに纏わりつく恋敵ですよ」

「ありえない」


 断言して悲しくなった。まだ友達だと思っていてほしいが、最初からベラドンナはアスターに恋はしていない。そもそもアスターは彼女の恋を見た覚えがない。彼女にとっては完全に他人事なのだろうと感じている。


「私にはあなたが期待しないよう努めているように見受けられますよ」

「好きに言えばいい。または、そうだな、彼女のしたことは本当にただの失敗だったのかもしれない。それなのに悪者にされて腹を立てているのかも。どちらにせよ、あの子が味方だとわかってもらうことが大事だな。どうしようかフロラス」

「……あなたが直接お伝えするのはいかがでしょう」


 何気なく問いかけたアスターは、返ってきた提案に耳を疑ってフロラスを凝視した。わざとらしいほど真剣な面持ちに見える。


「私が?」

「不幸中の幸い、今なら彼女の悪さは周知の事実です。そして彼女を窘められるのは殿下お一人でいらっしゃる。長く話したところで誰が不審に思うでしょうか」


 抗い難い強烈な誘惑だった。

 王に結婚の許しを手酷く突っぱねられたあの失敗以来、ベラドンナを目に映し、文字の会話をするだけで満足するよう自分を戒めてきた。

 端的に言って飢えている。彼女の声、気配、そのまばたきに。

 あの美しい緋色の髪の輝きと、琥珀の瞳の煌めきに。


「殿下。何を躊躇われます」

「いやっ、いや、なんだどうしたフロラス。君は反対していたんじゃなかったのか」

「心外ですね。私とて少しは情に動かされることもありますよ。殿下のお気持ちにも彼女の不安にも沿う名案でしょう。我ながら」


 フロラスが目を細めた。


「会いたいとずっと願っていらしたでしょう?」


 優しい囁きは、いっそ蛇の毒のようだった。


 数日後、妙におすすめしてくるフロラスに乗せられたアスターは、のこのこ庭に出てきていた。そして例のベラドンナが定位置にしている東屋へ、心臓を震わせながら向かう。

 質素なドレスに流れる太い三つ編み。その背中が危ういほどに華奢に感じられるのはなぜだろう。


「ベラ」


 万感の思いで呼びかけた。


「アスター様……!」


 ベラドンナが鼻にかかった声に満面の笑みを添えて振り返ったことに、まだ彼女が公爵の支配下にある悲しみと、それを補って余りある自分勝手な喜びを覚えながら、アスターは対面に座った。


「久しぶりだね。ああ、どうかそのまま動かないで。せっかくこうして話せるのに、同じ轍を踏むなんてひどいことしないで。お願いだ」

「私と一緒にいたいと思ってくださるの?」

「そう言っているつもりだよ。だから、君の話をしてよ。手紙もいいけど、君の声が聞きたいんだ。聞かせて」


 近況報告に相槌を打ちながら、アスターは陶然とした。

 会話というのはなんと甘美な行いだろう。今、ベラドンナの意識の中には間違いなくアスターの存在があり、アスターは憚ることなく彼女へ視線も心も注いでよいのだ。


 ベラドンナを目と耳に焼き付けるのに夢中になっていたアスターは、アスター様はお話してくださらないのとねだられて本来の目的を思い出した。

 前振りに自分の話を少しして、本題を切り出す。


「それで、アイリス嬢のことなんだけど」

「まあ!」


 素早くベラドンナが上げた驚嘆の声は、どこか不安を掻き立てる響きがあった。さらに彼女の唇が物言いたげな形をしている。

 不思議に思い、アスターはどうしたのと問いかけた。


「アスター様は、彼女のためならば私のもとへ足を運んでくださるのですね」


 一瞬、嫉妬されている喜びが思考を覆ったが、間髪入れず心の奥底に居座っていたベラドンナに見放される恐怖がその甘い靄を一気に吹き飛ばした。


「違うよ! 僕はベラに会いに来たんだ」

「ええ、ええ、そうでしょう。私がアイリス様に嫌がらせをしていると思って、彼女のために私を咎めにいらしたのよね。彼女とアスター様とでは、年の差がありますもの、席を並べて学ぶことはないはずでしょう。それなのにずいぶん仲がよろしいのね。知り合って間もない彼女のために、私とは会わないという前言を翻すのだから」

「違う、僕だって本当はそんなことを言いたくなかった!」

「それでもお互いのために辛い判断をしたのだと、今回も私のためだと。あなたがそう仰れば、私はあなたに大切にされているのだと信じこんで幸せな夢想の世界に浸り、あなたはご自分と大事な女性を守れる。なんて素晴らしい解決法かしら。私などは到底思いつきもしませんわ」

「アイリス嬢じゃない。僕が大事なのは君だけなんだよ、ベラドンナ」

「ならば結婚してください」


 ――僕だって!


 背中が熱く燃え上がる。あの忌まわしい挫折の痛み。


 ベラドンナが好きだ。ベラドンナには誰の妻にもなってほしくない。

 だがしかし、何度も考えたように、アスターは手を取れないのだ。

 王はアスターの求婚を許さないが、王族が王の認可を経ずに結婚するなどあり得ない。聖職者の前に駆け込んで二人で勝手に誓いを立てたとて、正式な手続きを踏まなければ周囲に自分たちを軽んじる理由を追加で与えるだけだ。それでも単純なアスターは彼女さえいれば幸せだが、ベラドンナにとっては王と貴族に自尊心を啄まれて苦しむ苦渋の毎日になるだろう。そこに彼女の幸福はない。


 愛人にするのもあり得ない。ネリネが話してくれたように、アスターの妻となる人は、きっと世継ぎを必ず産もうと決心して異国からここへ来てくれる。

 ベラドンナを愛人に迎え入れるのは、そんな女性を妻としても愛を燃え上がらせる都合のいい障害としても利用するだけでは飽き足らず、ベラドンナの心と体まで堪能しようという底抜けに下劣な選択でしかないからだ。

 それのどこが彼女を大事にしていると言えるのか。言えるわけがない。


 何より最も重要なのは、これが公爵がベラドンナを呪って言わせているという点だ。彼女の本心ではないことを、アスター自身が暴くためにここに来たのではなかったか。


 何を浮かれていたのだろう。アスターとベラドンナが子供の頃のように、草原で身を寄せ合って眠る日など来ないというのに。


 アスターは息を吐き、彼女を厭ったとの誤解を防ぐため、無理に笑った。


「それはできない」

「アスター様……?」

「すまない。僕はただ、アイリス嬢は君の味方だと伝えたかったんだ。君が彼女に何かを伝えたがっていることは僕たちも理解している。でも僕は、本音を言うと、君を苦しめているものについて君から僕に話してほしいと思っている。全力を尽くすから」


 ベラドンナがアイリスに対して接触を試みているのなら、少なくともアイリス相手なら何か言えるのだろう。

 では自分ならどうかと試した結果。


「私を苦しめるのは、たった一つ、報われぬ愛ですわ。どうかこの苦悩から私を掬いあげてくださいまし」


 もはや涙も出なかった。

 

「だめか。僕では」


 あらゆる意味で、アスターではだめなのだ。


 最後にアイリスとは友人関係なこと、諦めないでほしいことを念押しし、アスターは東屋を後にした。


 この後の授業に出る気になれず、自室へ籠もろうと足を引きずるようにして寮へ向かう途中、慌ただしい足音が背後から迫ってきたかと思ったら、乱暴に腕をつかまれた。

 ふらつきながら振り返る。そこにいたのは、青い顔を引き攣らせたフロラスだった。


「アスター殿下……」

「どうしたフロラス。顔色が悪い。なんだか今にも倒れそうなくらいだ」

「そっくりそのままあなたにお返しします」

「そうかな。大丈夫。君も今日は休みなよ。僕はついさっきベラと話したところでね。怒らせてしまった。伝わっているといいが」


 フロラスの握力が強くなったので、痛いよと苦笑する。すぐに気づいて力を抜いてくれた。しかし、特に構わないのだが、なぜか手は離さないままだ。慰めかと推測し、アスターは申し訳なくなった。


「せっかく君が背中を押してくれたのにな。でもおかげで久しぶりにベラの声を聞いたよ。会えてよかった。ありがとう」

「……もったいないお言葉です」

「僕は行くよ。さあ離してくれ」

「いえ。お部屋までお供させてください」


 アスターは視線をフロラスの手と顔に動かし、このまま? と無言で問いかけた。フロラスも無言で頷く。そのうえ問答無用とばかりにアスターを追い越して引きずるように歩き始めたので、アスターは少し面白くなった。


「親切だな。どういう風の吹き回し?」

「何とでもおっしゃればよろしい。倒れたままその辺に転がっていたいのならば」

「大丈夫だと言うのに」

「心配なんですよ、あなたが。それだけです」


 君は優しいなとアスターはフロラスの背中へ囁いた。返事はなかった。




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― 新着の感想 ―
ホント、よくもがんばれたものだよ まぁそれだけ執着心が強かったゆえなんだろうけど なんというかもうこれ信仰に近いものがあるよね? 人は変わるものだけど、こんな変わり方はおかしい、と思っていてもここまで…
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