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少年(少女)は足掻いている  作者: 草次城
第4章 呪い

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(19) アスター王子、ネリネと近づく

 


 約束した日時に通訳は帯同させず工房を訪ねると、なぜかネリネがいた。アスターが指導にかこつけて染色の秘密を探らないよう見張っているのかもしれない。


 お気になさらずと微笑まれ、無理だろうと内心呟いたが、いざ授業が始まると作業に熱中して彼女の存在が頭から消えた。


「いい調子ですね。初めてにしちゃあお上手ですよ」

「本当ですか? ならあなたに褒められた腕前だと自慢しても?」

「やぁだあ、そんならまだまだ下手だわ」


 気づけば職人が砕けた口調になっている。あるいは元からこのような話し方だったのを、通訳が調整していたのかもしれなかった。

 そんな彼女の手元には見本にとアスターと同時に刺し始めた布があるのだが、さすが明らかに出来上がりも進行度も違う。


「でもどうしてまたあなたのようなお方が急に刺繍なんて。妹君にでもさしあげるんですか?」


 聞かれた瞬間、ベラドンナを思い浮かべたのは確かだ。しかし表情に出したつもりはなかったのに、職人が恐るべき嗅覚でそれに感づいたのを、アスターも察した。


「あらあらまあまあ、我らの姫様に会いに来ておいて!」

「そのために来たわけでは」

「あら違うんですか、あらやだ、あたしてっきり。でもよかったですよ、姫様はあたしたちの恩人なんだから、うんと幸せな結婚をなさるに決まってるんですから」

「恩人?」

「そのお話は」

「いけませんか? あなたを知ることを許してくださったのに」

「……置物に戻ります」

「ありがとうございます。それで、ネリネ姫は何をなさったのです」

「三年前、工房の徒弟にするのは男子のみにしろと前の大公様に命じられて。女の子から職が取り上げられそうになったんです」


 職人は語る。


「この工房は寡婦が開いたものなんです。夫や父に頼らずとも女一人で生計を立てて子供を育てるために。その人が娘に継いで、その娘がまた自分の娘に、そしてその女の弟子にと、代々女たちで継いでねえ、女ばかり雇ってるんです。辺境ですから、自分の稼ぎで食べていけるはずだって一縷の望みにすがって田舎から出て来る女や、思い切って悪い男から子連れで逃げてきた女が多くてね、ここがなけりゃ生きていかれなかったって皆言いますよ。大公様はそのあたりもわかってくださっていると思っていたのに、若い子に仕事しないで結婚しろと仰った。工房の外なら男の子にも教えているのに」


 低い声に相槌を打つように薪が爆ぜる。改めて冷気を感じながら、アスターは、女性の自立の難しさにつけこもうとした男として耳が痛かった。


「姫様はお辛いでしょうにあたしたちのために戦ってくださいました。おかげで今の大公様も命令を取り消してくださって。あたしは一生姫様に感謝してもしきれないんです」


 そこで今度こそネリネが強引に介入し、彼女の話はそれきりになった。


 滞在の半ばを過ぎたまた別の日の懇談の場で、とある夫人がアスターの衣装に興味を示し、装いの談義となった。

 指輪やブローチはともかく、ドレスやそれに合う装身具の形などは男には縁のない話題であったが、ベラドンナに着けてみてほしいとの欲望から、アスターは自分でも思ってもみないほど前のめりに話をした。一応、トリテレイアの服飾について学ぶのは、旅の目的にも沿うとの判断もありはした。


 会話にはネリネも混じっていた。通訳に耳を寄せるふりで盗み見た限りでは、おしゃれは嫌いではないのは本当なのだろうとの印象を受けた。ただ特別好きでもないだけで。


「ところで殿下、洒落者の紳士は恋にも通じているという通説をいかが思われますか?」

「派手な羽で求愛をする鳥のようなものではないでしょうか。誰だって、唯一の相手を振り向かせるためなら自分を魅力的に見せるべく工夫を凝らすでしょう」

「なんて素敵なお考えでしょう。おっしゃる通り、一途なら健気な努力ですわ。姫様のご夫君となる幸運な方はそのように一心に姫様へ愛をお捧げするような方でおありになるべきだと思います。私たちからネリネ大公を奪ってしまわれるのですからね」

「ネリネ姫はまことに敬愛されていらっしゃる」

「当然でございますわ」


 不思議だった。ではなぜネリネは大公にならないのだろう。彼女の血はそれを許すはずなのに。

 とはいえあまりに繊細な問題なので夫人が去っても質問しないでいると、ネリネから小さく非難された。

 

「私の前で私を引き合いに出すのはよしていただけませんか。無理に褒めさせてしまって、本当に恥ずかしいのですよ」

「すみません。いろんな人があなたのことを世辞ではなく自慢したがっているのがどうにも微笑ましくて。あなたのことも聞けますし」

「……わかりました。そんなに私にご興味がおありなら、私の趣味に付き合っていただきます。あなたの予定は私が存じ上げているので、逃げられるとはお思いにならないように」


 上目に睨まれてアスターはとっさに笑い返したものの、頰は少し引きつった。


 一体何をさせられるのかと気を揉んでいたが、いざ後日、昼前に呼ばれた部屋を訪ねてみたら、ネリネは数多のトリテレイアの民話を語ってくれた。

古い時代、トリテレイアの長とはすなわち最も多くの物語を頭に納める語り部だった。その流れは伝統として綿々と続いており、そこに連なる予定だった彼女もやはり幼い頃から習得に励んでいたそうだ。


 彼女は多種多様な呪いを描いてみせた。呪符を燃やした煙で燻した肉を食べさせる呪い。雪の重みで家を潰す呪い。家の前に動物の血を巻いて家主を動物に殺させる呪い。動物の血肉を捧げる入水の呪い。あまりに巧みに声音を使うので、彼女の内側に巣食う憎悪が漏れたように錯覚する瞬間すらあった。


「面白いですね。アプレでは有名な呪いといえば傀儡の呪い程度なのですが、この地は特別呪いに縁があるのですか?」

「そういうわけではないのですけど。純粋に興味関心の対象なんです。誰かを呪ってみたいなんて大それた考えはありません」

「そもそも儀式は架空のものでしょう?」

「はい。そう言われています。でも」


 ネリネが見開いた目をこちらへ向けた。そして瞬きもせず、


「強い念さえあれば呪いには事足りると思いませんか?」


 とどこかとぼけた調子で言ってのけた。たちまち異様な空気が立ち込めて、しかしアスターは言下に否定した。


「それで呪えるのは自分だけですよ。他人まで効果があるのならば、これほどの儀式が考案されるはずがありません」


 すると、ネリネがどこか幼い顔つきになり、怪しい雰囲気は霧消した。


「……呪えませんか?」

「呪えません。どんなに人を恨んでも、思うだけでは無意味です」


 でなければ王もアスターもこうして生きていない。


「そうですか。そういう考え方も……」


 視線を落としてぼんやりした口調で呟き、思い出したように飲み物に手をつけ、それからふとアスターを見、ネリネが言う。


「アスター殿下は変わった方ですねえ」


 アスターは苦笑した。護衛の服装騒ぎで、やはりあの格好を好むベラドンナは変わっていると再確認したばかりであった。


 午後は街の散策に誘われた。さすが辺境だけあって、宮殿から遠いこの街でも除雪が頻繁にされている。輸送も止まっていないので、雪がちらつく中、中心街にある大きな広場には人々の姿があり、立ち並ぶ簡素な屋台では、着膨れした店主たちが鼻を赤くしながら蜂蜜や色とりどりの木工品を売っていた。

 その模様に鹿が多いことを発見し、先日聖歌隊の歌を聞いた大聖堂にあった鹿の頭をした聖人のタペストリーの話になった。


「我々にとって鹿は聖なる動物なんです。大公でさえ傷つけてはなりません。狩るなど以ての外です」

「そういえば、狩りの予定があるのですが、くれぐれも鹿は狙わないようにと注意を受けました。しかし食器の柄に角が使われていたように思いますが」

「角は毎年春に生え変わるのでそれを猟師が拾ってくるんです。落ちてすぐの綺麗な角が欲しくて鹿を追いかけ、不思議な出来事に出会う猟師の民話もあるくらい昔からの伝統です」

「姫様ー! 姫様ですよね!?」


 はたと会話が止まる。アスターはネリネと視線を交わしてから、幼い声のした方向を見やった。

 さりげなく手を伸ばして接近を防ぐ護衛の向こうに、ころっと着膨れて頬も鼻も赤くした子供たちがぎゅっと固まっていた。


「姫様、王子様、雪合戦しませんか!」

「可愛らしいお誘いですよ姫様」

「あなたもでしょう王子様。よければ遊んであげてくださいませんか」

「えっ、ネリネ姫は参加なさらないんですか」

「皆、いい子だから少し待っていてね!」


 子供たちへは手を振りながら笑顔でそう言ったネリネは、アスターに向き直ったときには信じられないものを見る顔をしていた。


「普通年上の女を誘いますか、雪合戦に」

「十や二十離れているわけでもないですし、いくつでも楽しいですよね?」


 あんまりあ然とされるので、アスターはにわかに狼狽えて、いけませんでしたかと小声で尋ねた。


「いけないというか……そういえばあなたはまだ十五なのだと思い出したというか」

「まだですかー?」


 子供たちがせっつく。横目に確かめれば、まだかまだかと目を輝かせて待っている。気が早い子はせっせと雪玉を丸め始めており、待ち切れないといった様子だ。

 もう行ってあげないとかわいそうだとアスターは思い、きっとネリネも同じ気持ちだと決めこんで、じっと彼女を見つめた。

 ネリネは前を見て横を見てと繰り返した末に、とうとう音を上げた。


「ああもう、わかりましたよ、私もしますよ雪合戦」

「やったぞ皆! ネリネ姫も仲間になってくださるそうだ!」


 すかさずアスターが教えてやれば、わっと歓声があがる。子供たちは制止をやめた護衛を置いて駆け寄ってきて、わらわらとネリネとアスターに群がり、こっちこっちと引っ張り出す。


「王子様は雪合戦やったことありますか」

「あるよ。私は結構強いぞ。たぶん一人で全員に勝てる」

「うっそだー」

「嘘だよそんなの」

「やってみなくちゃわからないだろ」

「子供と張り合わないでください。もう、本当に、おかしな人!」


 呆れ混じりに嗜められて振り返れば、意外にもネリネは眉を下げて笑っていた。




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こんな無邪気な子供にたくさん囲まれたことなんて一切無かっただろうから楽しんだだろうな
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