4.酒はほろ酔い、花はつぼみ I
会議の後に一度別れ、夕方に再度落ち合い。
あたしとクロさんと隊長の三人は、城下町へと繰り出した。
この国に来てからもう一ヶ月以上経つが、お城の外で食事をするのなんて初めてだった。
クロさんのお使いで買い物に出たことは何度かあるが…仕事以外で町を歩くことすら、初めてのように思う。
あたしは、ルイス隊長のことをあらためて尊敬した。
まるで猛獣使いだ。あの、へそ曲がりで気難しいクロさんを、難なくあやつり誘導することができるのだから。
嗚呼、本当にありがたい。クロさんの食に対する関心のなさは、口実抜きに心配をしていたところなのだ。
「これから行くお店は、二人の行きつけなのですか?」
灯りがともり始める町並みに少しうきうきしながら、あたしは尋ねる。
前を歩くルイス隊長がこちらを振り返りながら、
「ああ。通い始めたのは、もう三年くらい前になるかな。店主のおやっさんがいい人でよ。な、クロ」
横を歩くクロさんに話を振るが、彼はうんともすんとも言わない。代わりにあたしが、「へぇ、そうなんですね」と相槌を打っておいた。
隊長に案内され辿り着いたのは、大通りから外れた狭い小道を右へ左へ進んだ先にある、小さな酒場だった。木造りの、年季を感じさせる店だ。道行く人を優しく手招くかのように、入り口の横には小洒落たランプが灯っている。
隊長がドアを開けると、カランカランとベルが鳴った。その音に、あたしは自分が働いていたあの色酒場を思い出す。みんな、元気かな。そうだ、ローザさんにまた手紙を書かなきゃ。
「よっ。モーリーさん」
ルイス隊長が片手を上げ、カウンターの向こうにいる人物に声をかける。にこにこと愛想の良い、くまさんのような中年男性だった。茶色い髪と繋がるように、立派な髭をもじゃもじゃ蓄えている。
そのモーリーさんという人はこちらを見るなり「おお!」と笑って、
「ルイス!久しぶりだなぁ!戦から帰ったか。なかなか顔見せないんで、心配していたんだぞ。お、クロも来たな。こっちも変わらねぇな、はは。と、そちらのお嬢ちゃんは?」
よく通るバリトンボイスで、嬉しそうにそう言った。
あたしが「はじめまして」と名乗りかけた、その声を遮って。
「僕のカノジョ」
クロさんが、ぶっきらぼうにそう言った。あたしは思わず言葉を飲み込む。
く…こんなの、不意打ちだ。他の人にそう紹介されるだけで、胸が締め付けられる程に嬉しくなってしまうなんて。
ポッケに手を突っ込んだまま、真顔で言ったクロさんを、モーリーさんは目を丸くして、まじまじと見つめてから。
そのまま、その目をルイス隊長に向けて、
「……本気か?」
「たぶん本気」
尋ねられた隊長は、笑いながら答えた。
だから、これまで女性関係でどんな悪行を重ねてきたのよ、この人は…
と考えそうになるのをやめ、気を取り直して。
「はじめまして。フェレンティーナといいます」
「フェレンティーナちゃんか、いらっしゃい。サービスするから、たくさん食べていきな」
「はい!」
優しく微笑みかけられ、あたしも満面の笑みでそう返した。
メニューを広げるとそこには、読んだだけでよだれが出そうな料理名が燦然と羅列されていた。
白身魚のタルタルフライ、厚切りベーコンとアボカドのチーズ焼き、ソーセージとほうれん草のキッシュ、テール肉のビーフシチュー…
酒場なのでお酒のアテがほとんどだが、パスタやグラタンなんかもあるので、食事だけでも十二分に楽しめそうだ。
「好きなのを頼め」という隊長の言葉に甘え、あたしは食べたいものをいくつか指さした。
「クロはいつものラザニアと、赤ワインでいいか?」
「うん。ボトルね」
隊長の問いかけに、クロさんはたばこに火をつけながら答える。「じゃあ俺ビール」と隊長が言うので、あたしもオレンジジュースを注文した。
外食なんて本当に、いつぶりだろう。食欲をそそる料理名と、なによりも美味しいものを作るオーラが出まくっているモーリーさんに、あたしの腹の虫の期待は高まっていた。
上がったテンションに任せて、あたしは今朝諍いを起こしてからまともな会話をしていなかったクロさんに、思い切って話しかけてみる。
「クロさんて、ラザニアが好きだったんですね」
「……ここのはね。唯一、食べてもいいかなって気になる」
たばこをぷかぷかふかしながら、一応ちゃんと答えてくれた。
それにルイス隊長もテーブルに肘を付きながら、
「こいつホント昔から食に無頓着でよ。ここのラザニアだけは食べてくれるから、何かあれば連れて来ているんだ」
「食事なんて、生命維持に必要な栄養素が摂れていればそれでいいじゃない」
「な?こんなかんじなんだよ。もったいないよなー食うことを楽しめないなんて。人生損してるぜ」
そういうば、隊に同行していた時もルイス隊長はとにかくよく食べていたっけ。
逆にクロさんがまともにご飯を食べているのなんて、朝食の時くらいしか見たことがない。
……そうだ。あたしには、ずっと気になっていたことがあったのだ。これを機に、聞いてやれ。
「隊長とクロさんて、いつから知り合いなのですか?」
これまでの二人の口ぶりから、一、二年の付き合いではないことは伺えるが…
ルイス隊長は記憶を辿るように天井を見上げ、腕を組む。
「んー、こいつが軍部に来たのが十四の時だから…かれこれもう十年近くになるか?歳も一個下だから、いつの間にかつるんでいたんだよな。まぁ、弟みたいなモンだ」
「誰が弟だ」
隊長の言葉に、クロさんは頬杖をついて小さくぼやく。
この二人、そんなに長いこと一緒にいるのか。どおりで隊長がクロさんの扱いを心得ているわけだ。
「今まで散々食うことの楽しさを伝えようとしてきたんだが、なかなか興味持ってくれなくてな。せめてここみたいに、気に入った料理のある店を増やせればいいんだが……二人はどっかデートで、メシ食いに行ったこととかないのか?」
隊長に、そう尋ねられ。
あたしは、思考を停止させた。
デートなんて、まだイストラーダにいた時に一度しただけだ。しかもその日はいろいろありすぎて、デートの思い出自体が完全にサブイベント化している状態で…
当然、ロガンスに来てからはデートなんか、
「全然、ないです」
「えぇ?」
暗い声で答えたあたしに、隊長は驚いたように聞き返す。
「お前ら、デートしてないの?」
「してないです」
「一回も?」
「……こっち来てからは」
「………まじかよ…」
そんな、ちょっと引いた声を上げる隊長。
ですよね、やっぱりおかしいですよね。なんならあたしも引いてます。
「クロ…お前、いくらなんでもそれはフェルが可哀想だぞ?」
あぁ隊長!もっと!もっとその人に言ってやって!!
あたしは無言で首をぶんぶんと縦に振る。するとクロさんは、珍しく苛立ちを露わにした表情で隊長を睨みつけ、
「ルイス……今、僕が置かれている状況、わかっているよね?」
「う……」
ドスのきいた声でそう言われ、隊長の方も珍しく言葉を詰まらせる。
はて。クロさんが置かれている状況…?仕事が忙しいこと、とか?
「人の気も知らないで…あまり無責任なこと言わないでよね」
「そりゃあ、そうだけど…でも、デートくらい……」
「そう言うルイスだって」
クロさんは、さぁこれから意地悪を言うぞ、と言わんばかりの笑みを浮かべて、
「ルナのことは、どうするつもりなの?戦争から帰ったら、王に直談判するんじゃなかったっけ?」
「ぐっ」
いきなり出てきたルナさんの名に、内心あたしはドキリとする。
そうよ…ルナさんとの接触を禁じられていることについて、隊長はどう思っているの?
今のクロさんの話だと、隊長もルナさん絡みのことで王様に話をするつもりのようだが…
「そういえばレンちゃん、ルナと友だちになったんだよ。ね?」
「え?あ、はい」
突然クロさんに話を振られ少し驚くが、事実なので肯定しておく。
すると、それを聞いたルイス隊長は、
「そうか……あいつ、元気にしているか?」
なんて。
見たこともないくらい、切ない表情で聞いてくるもんだから。
「…元気ですよ。けど……隊長とは幼馴染なんですよね?何か事情があって、今は会えないと聞いています。ルナさん…とても会いたそうにしていますよ」
ベアトリーチェさんから会えなくなった経緯を聞かされてはいるが…あれは本来、あたしが知っていい話ではない。だからそれを伏せるように、大事なことだけを伝えた。
ルナさんは、隊長に会いたがっている。
それだけでも、せめて伝われば。
「ほらほら〜。僕のことより、自分の心配をしたら?」
「…………」
クロさんの言葉に返事をしないで、隊長は長い耳を少し垂らし視線を落とした。
これは…恋愛感情かどうかまではわからないが。
間違いなく隊長も、ルナさんに「会いたい」と、そう思っているのだろう。
ひょっとして、接触禁止令を解いてもらえないか、王様に直接訴えるつもりでいるとか…
隊長は少しの間考え込むように黙ってから。
「……そうだな」
パッと顔を上げ、笑う。
「いい加減、ちゃんと動き出さなくちゃいけねぇな。ありがとよ、クロ。ケツ叩いてくれて」
「は?」
真っ直ぐにお礼を言われ、クロさんは顔をしかめる。
そりゃそうだ。クロさんとしては会話のマウントを取って、勝ち誇った気でいたのだから。逆に感謝されて、肩透かしを食らった気分だろう。
隊長のこういうところ、すごく「らしいな」と思う。こんな風だから、クロさんとも上手く付き合ってこられたんだろうな。
そして、この真っ直ぐさと純粋さ…すごくルナさんに似ている気がする。
この二人が、早く会えるようになればいいのにな。
「はぁ。ルイスのそういうとこ、ほんと嫌い」
「え〜。俺はお前のこと、好きだぞ?」
「うげー」
などと二人が言い合っていると、
「はいよ、お待ちどう。ラザニアは今焼いてるから、ちと待っててな」
そんな声と共に、モーリーさんが注文した品を持ってきてくれた。
テーブルに次々に置かれる、目にも楽しい料理の数々に、あたしは手を合わせる。
「わぁ、美味しそう!」
「いやぁ、野郎だけじゃなくて可愛い娘がいると作りがいがあるね。おじさん、腕が鳴っちゃったよ。クロ、また連れてこいよな?」
言われたクロさんは、たばこを灰皿に押し付けながら、
「気が向いたらね」
とだけ返した。
あたしはジュースを、隊長はビールジョッキを、クロさんはグラスに注いだ赤ワインをそれぞれ手に持ち、
「さ、今日は俺の奢りだ。好きなだけ食って、好きなだけ飲んで、楽しもうぜ!」
隊長のそのかけ声で、あたしたち三人は乾杯を交わした。




