5.酒はほろ酔い、花はつぼみ II
モーリーさんの料理は、どれも唸るほど美味しかった。
毎日王宮の一流シェフによる料理を食べてはいるが、そういう上品な美味しさとは違う、ガツンと塩味!油!!みたいな、パンチの効いた美味さである。
生まれも育ちもド庶民なあたしにとっては、安心感さえ覚える味だ。嗚呼、このフライドポテトも久しぶり。こんなに美味しかったっけ?
などと、久方ぶりのジャンキーフードを心ゆくまで堪能している間に…
まさか、こんなことになっていようとは。
「だいたいさぁ、僕が毎日こんなクソ忙しく働き回っているのも、ルイスがいけないんだからね?いつもいつもいつもいつも、後先考えないでご大層な正義感だけ振りかざしてさ。その尻拭いをするこっちの身にもなってよ。君があんなことしなきゃ、今ごろ僕はテキトーに理事長やってテキトーに講義して、レンちゃん傍らに研究に没頭できていたはずなのに…この責任、どう取ってくれるわけ?ねぇ?」
そう、舌ったらずな声で一気に捲し立てたのは。
「……誰ですか?これ」
あたしは、呆然として隊長に尋ねる。隊長は苦笑いしながら、
「こいつな、二杯以上飲むとこうなるんだ」
と。
目の前で真っ赤な顔してクダを巻くクロさんを見ながら、答えた。
「知らなかった…クロさんて、お酒弱いんですね」
「一杯までなら平気なんだ。二杯目以降になると、途端にこうなる」
なんと…
あの色酒場でホステスとお客さんの関係だった頃、毎回普通にお酒を飲んでいたから想像だにしなかったが…
言われてみればいつも、カクテルを一杯だけ飲んで帰っていたっけ。
「ねぇ、ルイス聞いてるの?」
「あぁ、はいはい。全部俺のせいだよ。悪かったな」
「レンちゃんだってそう思うよね?ルイスのお人好しは度を過ぎてるって。それで僕らが迷惑被るなんて、本末転倒だよね?」
「えぇ…」
完全に絡み酒だ。テーブルに身を乗り出してそう聞かれるが、さっきからなんのことを言っているのかさっぱりだし、どう対応するのが正解なのか…
「適当に合わせとけ」と隊長に小さく耳打ちされ、あたしは苦笑しながら「そ、そうですね」と返しておいた。
「この店に来るとだいたいいつもこうなるが…今日は特に荒れているな。相当ストレスが溜まっているんだろう」
「なるほど…」
毎日淡々と仕事をこなしているように見えるが、クロさんはクロさんでストレスを溜めていたんだ。彼のこんな姿が見られるとは…扱いがめんどくさいけど、隙だらけの顔を見られてちょっと嬉しい。
「一番むかつくのは王だよ。ほんと悪魔。あんなのに任せていたら、いずれこの国は滅びるね」
って、何やら聞き捨てならないことを言い始めたぞ。この酔っぱらい。
既にボトルの半分以上を飲んでいたクロさんだったが、ぶつぶつ言いながらさらにもう一杯、グラスに注ごうとする。それを見たルイス隊長が「おいおい」と声を上げ、
「もうそんくらいにしとけよ。酒ばっか飲んでいないでメシも食え。ほら、せっかくのラザニアが冷めちまうぞ」
「うるさいなぁ。僕はね、楽しみは最後に取っておく主義なの」
これではまるで父親と息子のやり取りだ。正直、二人のこういうやり取りを眺めるのが、あたしは好きだったりする。
しかし、確かにこれ以上酔うことは避けたほうがいいように思う。明日も朝から仕事だ。支障を来たしては、本人が一番困るだろう。
「クロさん。一旦お酒はストップして、ご飯食べましょう?ほら、モーリーさん特製のラザニア、すっごく美味しそうですよ?」
「レンちゃん…」
きゅっ、と。
突然クロさんは、お酒を止めようとしたあたしの手を握って、
「……こんな国捨てて、どっか遠くに駆け落ちしよ…?」
そう、子猫のように潤んだ瞳で、甘えるように言ってきたものだから。
「隊長。もう少し飲ませましょう」
「フェル。正気を取り戻せ」
彼の手を握り返したあたしに、隊長が冷静にツッコむ。
結局クロさんは、グラスにもう一杯ワインを注いでしまい…
それをクルクル回しながら、今度は上機嫌に「ふふふ」と笑う。
「まぁいいや。この忙しさももうすぐ終わる。あと、一週間だ」
そう言いながら、懐から一枚の封筒を取り出し。
それを、ルイス隊長に差し出した。
「来週、学院の生徒と軍部のやつらを招いた舞踏会があるんだ。ルイスも来てよ」
「あぁ?俺が?なんで」
封蝋に学院の校章が刻印されたその封筒は、間違いなく舞踏会の招待状だ。しかし、軍部側の出席者はもう他に決まっていたはずだが…
眉をひそめる隊長に、クロさんはやはり楽しそうに笑いながら、
「紹介したい生徒がいるんだよ。僕が今、手塩にかけて育てているコ。すっごく優秀だよ。きっと気にいると思うんだ…ね?ルイス中将」
その言葉に。
あたしの胸が、ズキンと痛む。
彼女だ。アリーシャさんのことだ。
隊長をわざわざ招いてまで、彼は自慢の生徒を…アリーシャさんを紹介したいのだ。
……そんなにもあの娘に、入れ込んでいるのか。
せっかく忘れかけていた嫉妬心を、ここへ来て一気に呼び起こされ。
あたしはガタッと立ち上がる。
そして、クロさんの飲んでいたワインのボトルを奪い取り。
怒りに任せて、ラッパ飲みをした。
「はぁ?!ちょ、やめろフェル!いきなりどうしたんだ!?」
「ぎゃははは!レンちゃん最高!ちょーうける!!」
止める隊長に、煽るクロさん。
その声を聞いたのを最後に……
あたしの意識は、混濁した。
「んふふふふ♡」
その笑い声が自分のものだと気づくのに、少し時間がかかった。
身体がふわふわと、浮いているように軽い。視界が上下に揺れている。
…あれ?あたし、誰かにおぶさっている?
重たい瞼を開けると、目の前で銀色の髪が揺れていた。
ルイス隊長だ。いつの間にか、隊長におんぶされていたようだ。
「くっ…さすがに二人はキツイ……」
なんて呻き声を聞いて。
ちら、と前を見れば、赤い顔をしたクロさんが隊長の正面から抱きついていた。
まさに、おんぶに抱っこの状態。酔っぱらい二人を、隊長が一人で運んでくれているのか。
なんて申し訳ないことを…と意識の片隅で思いつつ。
「あはは♡隊長、サンドイッチされてるー♡」
口から出た言葉は、完全に酔っぱらいのソレだった。駄目だ、身体が言うことをきかない。
「ちょっとレンちゃん、あんまりルイスにくっつきすぎないでよ」
「じゃあクロさんがおんぶしてー」
「それは無理」
「けちー」
「ああもう、前後でうるせぇ!ほら、お前らの部屋に着いたぞ!」
声を荒らげる隊長に降ろされ、見てみると確かにお城の自分たちの部屋の前までたどり着いていた。いつの間に。
「じゃ、ここで解散な。クロ、ちゃんとフェルを部屋の中まで送ってやれよ」
「わかったわかった」
クロさんは右手をひらひらと振り、心配そうに何度も振り返る隊長を見送った。
あたしはと言えば、今だ頭がぐわんぐわん揺れていて、真っ直ぐ立っていることもままならない。
「さぁ、レンちゃんの部屋はこっち」
「はぁーい♡」
クロさんに手を引かれ、あたしは自分の部屋に入る。
もう駄目だ、立っていられない。ベッドが目に入った途端、上着を脱ぎ捨てながらそこへダイブした。
ああん、枕が冷たくて気持ちイイ。しばらく顔を押し付けて、その感触に浸る。
それから、
「んふふー♡くーろさん♡」
「なぁに」
ベッドに横になりながら彼を呼ぶと、すぐに側まで来てくれた。クロさんもまだまだ酔っているようで、足取りがふらついている。
それに気付いて。
あ。これ、チャンスだ。
と、あたしはアルコールに侵された脳みそで、邪な考えを思いつく。
そのまま少し強引に、彼の手をぐいっと引っ張って、
「ねぇねぇ……一緒に、寝よ?」
そう、上目遣いで言ってみた。
いつもなら照れや遠慮や強がりで言えないようなことも、今なら言えてしまう。
普段甘えられない分、今なら甘えられてしまう。
酔っているせいで自制心がバカになり、全く機能していないのだ。
あたしの言葉に、クロさんは「えぇ〜」と笑って、
「それ、どういうことかちゃんとわかって言ってるの?」
と聞き返してくる。
だから、
「……わかっていますよ」
少しだけ。
頭の隅っこにいる、したたかな自分を覗かせて。
「わかってて、言っていますよ…?」
じっと彼の瞳を見つめて。
きちんと伝わるように、言った。
「…………」
クロさんは、あたしの瞳を見つめ返すと。
静かにベッドに上がり、四つん這いになるようにして、あたしの身体に跨った。
あ、きた。そういうモードの彼だ。
なんてどこか冷静に考えながら、彼の一挙手一投足に全意識を向ける。
クロさんはそっと、あたしの左頬に手を添えると、指先でなぞるように這わせて….…
ぎゅむっ。
と、いきなりつねってきた。
「いっ…たぁあい!何するんですか!!」
「それはこっちのセリフだよ」
そう返した彼の声は。
舌ったらずな酔っぱらいのものではなく、いつものクロさんの声で。
「こんな…覚えているかもわからない状態の君を、抱くわけがないでしょ…?」
低く、腹の底に響くように、そう言って。
そのまま彼は、あたしに覆いかぶさるようにして顔を近付け。
左耳を、カプッと甘噛みしてきた。思わず、「んっ」と声が漏れてしまう。
「あまり僕を困らせないでよね。こんなんじゃダメ。君の初めては、僕が全身全霊をかけて……」
再び、あたしの瞳を真正面から見据えると。
「一生忘れられないように、たぁっぷり時間をかけて、奪ってあげるんだから…」
口の端を吊り上げて、囁いた。
それを聞いた途端。
身体の奥が、きゅぅうっと疼くのを感じる。
嗚呼、一体どんな風に奪われてしまうのだろう。そう考えるだけで、ただでさえ速まっていた鼓動が、更に速く脈を打ち始める。
「飲酒した上に、男をベッドに誘い込むなんて…とんだ不良娘だね。悪いコ」
言葉と裏腹に、今度は優しい声音で言ってから。
クロさんはあたしの額に、ちゅっと口づけをすると。
ひらりとベッドから飛び降りた。
そのまま、しっかりとした足取りで扉へ向かい、
「おやすみ、レンちゃん……また、明日ね」
いつものようにそう言って、部屋を出て行った。
物語もいよいよ終盤。新入生歓迎舞踏会で、何かが起こります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。どうか最後までお付き合いいただければと思います。




