表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第4章 彼女の目覚め
24/45

3.約束のとき

 



 翌朝。


「………」


 のそっと、ベッドから起き上がる。

 カーテンの隙間から朝日が漏れ、外は晴天であることが伺えるが。

 あたしの気持ちは、一夜明けても曇ったままだった。


 昨日はあの後、予定通りルナさんのところへ行って、いつものようにゲイリー先生のプリントを一緒に読んでから、練習台を使った特訓をし。

 沈みきったこの気持ちを悟られることなく終えることができたのだが。


「……はぁ」


 こんな気持ちを抱えたまま、一体どんな顔してクロさんに会えばいいのか。

 普段通りに振る舞うべきなのだろうが、この気持ちを知ってもらいたいと思う自分もいて。

 けど、表情や雰囲気で察してくれるような人ではないことは痛いほどわかっているし…


 考えていても仕方がない。とにかく顔を洗って、仕度をしよう。

 今日も軍部の会議がある。七時にクロさんの部屋へ伺わなければ。




 準備を済ませ、部屋のドアを開ける。すると、


「……あ」


 出てすぐの廊下で、クロさんが壁に背を預け立っていた。

 あたしに気がつくと、こちらに歩み寄り、


「おはよ。具合はどう?」

「お、おはようございます……お陰さまで、よくなりました」


 そうか。そういえば昨日は「気分が悪いから」と言って彼と別れたのだった。

 ひょっとして、あたしを心配して待っていてくれたの…?


「そ、よかった。一分でも遅れたらそのまま置いていこうと思って、待ち構えていたよ」


 …それは、あたしを気遣ってのことなのか?それとも「具合の悪いやつを待ってなんかいられない」ということなのか。

 もう。もっと別の言い方をしてくれたなら、このもやもやも少しは晴れたかもしれないのに。この人は、なんでいつもこうなのだろう。

 なんて思っている間にも、彼はあたしを置いて歩き始めてしまう。立ち尽くしているわけにもいかず、黙ってそれについて行く。


 あああ。何か言ってやりたい。

 この鬱憤をずうっと溜め込んだまま、今日一日クロさんと過ごすのは酷だ。

 と、彼の背中を見つめながら悶々としていると、


「君ってさぁ、重いの?」


 クロさんが、前を向いたまま。

 唐突に、そう言った。

 ……え?重い?何が?体重が?それとも愛情が??

 質問の意図がわからず、混乱したまま、


「えっと…何がでしょうか?」

「あれだよ、アレ」


 聞き返したあたしに、彼はくるっと振り返って。

 ポッケに手を突っ込んだまま、一言。



「女の子の日」

「………は?」

「こないだ寝坊した日も顔色良くなかったじゃん。大変なのかなぁ、って」



 ………ぷっつん。


 完全に、キレた。

 よりにもよって、そっちだと思われていたとは。

 ていうか普通、真正面から聞く?

 そういう女性特有の事情にも気遣いができる恋人、と前向きに捉えることもできたのかもしれないが。

 いかんせん、タイミングが悪すぎた。今、この場で思うことはただ一つ。



 気遣いの方向性が、ちがぁぁあう!!!




「……クロさん。お話したいことがあります」

「なーに?」


 俯きながら低く言ったあたしの声に、クロさんは可愛らしく小首を傾げる。


「……これまで、クロさんのお仕事には口を出すべきではないと、そんな立場ではないと、そう思っていました。ですが…」


 顔を上げ、鋭い視線を向ける。


「昨日の講義を見ていて思いました。あまりにも、アリーシャさん贔屓が過ぎます。ただでさえ孤立しているのに、あれではますます友だちができなくなってしまいます。先生に露骨に贔屓されていることに対する、同級生からの妬み…彼女はずうっとそれを感じながら、今後も学生生活を送っていくことになるんですよ?それについて、どう思われますか?」


 そう、言ってやった。

 我ながら「卑怯な言い方をした」と思った。自分の嫉妬心は伏せ、あくまでアリーシャさんの問題として話をすり替えてしまったのだから。

 しかし、強い口調で言ったつもりがクロさんは眉ひとつ動かさずに肩を竦め、


「素質のある子に手をかけるのは、指導者として当たり前のことでしょ。それにあそこは、仲良しこよしをするための学院じゃない。魔法を使いこなせるようになって、ゆくゆくは軍部に引き抜かれることを目的とした場所だ。だから彼女の交友関係なんか知らないし、そもそもあの子、そういうのをあまり気にしないんじゃないの?」


 ぐぅ…やっぱりそうくるか。正論と言えば、正論だ。

 だが、今の返答で一番グサッときたのは…

『そもそもあの子、そういうのをあまり気にしないんじゃないの?』

 なんて、アリーシャさんのことをよく知った風な言い方をしたことだ。


「……そんなにアリーシャさんを、気にかけていたいのですか?」

「まぁ…そうだね。いろいろと期待はしているよ」

「……期待しているのは、本当に才能だけですか?」

「…どういう意味?」


 駄目だ。隠したいのに、つい嫉妬心が口から溢れてしまう。

 あたしは拳をぎゅっと握りしめてから、


「学院で授業がある日は毎回『用事がある』と言ってあたしを先に帰しますけど、一体何をされているんですか?晩ご飯だって、いくら言っても食べてくれませんよね?ご飯を食べることよりも大事なご用がおありなのですか?」


 取り繕っていられない。一気にそう、捲し立ててしまった。足が少しだけ震えている。

 さぁ、言ってしまったぞ。あなたは、なんて返す…?

 キツく睨みつけるあたしの視線を、彼は数回瞬きをして受け止めてから。


「……なるほどね」


 ニヤリ、と口を歪ませて笑った。

 あ、バレた。

 あたしの醜い嫉妬心を見透かされたと、そう思った。

 案の定、口元に笑みを浮かべたままクロさんがあたしににじり寄ってくる。それから逃がれるように後退りをすると、背中がとんっと廊下の壁に当たった。

 しまった。追い込まれた。

 彼は両手を壁に当て。

 あたしを腕の中から逃げられないようにして、瞳を覗き込んでくる。


「そういうことなら、僕も言わせてもらうけどさぁ」

「なっ、なんですか」

「君こそ、僕に黙っていること…あるんじゃないの?」

「あ、ありませんよ。そんなの」

「本当〜?それじゃあ…」


 ふっ、と耳に息を吹きかけるように。



「昨日……僕と別れてから、何していたの?」



 怖いくらいの低い声で、そう囁いた。

 ひょっとして、それは……

 あたしが、ゲイリー先生の研究室を訪ねたことを言っているのか?

 それともクロさんに内緒で、ルナさんと魔法の特訓をしていること…?

 まさかクロさん、全部知っていて…

 やばい。特に昨日はゲイリー先生に手を握られたりしたから。

 やましいことなど一つもないのに、黙っていることに対する罪悪感が一気に襲いかかってくる。


「…………」


 うぅ…これでは完全に、形勢逆転だ。何も言い返せない。

 互いに無言のまま、膠着状態でじっと睨み合っている……と。



「はーい、そこ。公共の場でイチャイチャしなーい」



 そんな声と共に、廊下の向こうから現れたのは…


「ルイス」

「隊長!」


 クロさんとあたしが、同時にその人を呼んだ。


「い、イチャイチャなんかしていません!喧嘩しているんです!!」


 頭を掻きながらこちらに近づいて来るルイス隊長に、あたしは声を張り上げる。隊長もこれから参加する会議のため、早めに来たのだろう。


「どっちにしろ駄目だろ。なんで喧嘩なんかしてんだよ、朝っぱらから」

「そ、それは…」


 あたしが口ごもっていると、隊長は何かに気づいたようにクロさんをじいっと見つめる。

 そして、その黒い髪に手をポンッと置くと、


「クロ。お前、なんか縮んだか?」

「……縮んでない」


 言われたクロさんは、即座にその手を振り払う。ルイス隊長は尚も「うーん」とクロさんを見つめ、


「さては、またメシ食うのサボってるだろ。駄目だぞーめんどくさがってちゃ。大きくなれないぞ」

「うるさいなぁ、もう伸びないよ。いくつだと思ってんの」


 鬱陶しそうにクロさんがそう返す。やっぱりこの人、しょっちゅう食事を疎かにしているのか。

 と、あたしはそこで、


「そうだ、隊長!!」


 ルイス隊長の腕をガシッと掴んで、


「いつか言ってた約束!発動させたいです!今日!!」

「や、約束?」


 眉をひそめる隊長に、あたしは目を見開いて、


「ご飯連れてってくれるってやつですよ!クロさん、あたしがいくら言っても晩ご飯食べてくれないんです!だから、一緒に連行してください!!」


 もうヤケだった。この状況を打開するには、隊長の力を借りて話題を切り替えるしかない。

 相当必死な表情をしていたのだろう、ルイス隊長は若干引きながらも軽く微笑んで、


「わかったわかった。じゃあ、今晩三人でメシ食いに行くか」

「やったー!」

「ヤダ」


 ぷいっと顔を背け、クロさんが言う。しかし隊長は怯むどころか笑みを浮かべて、


「そう言うなよ。久しぶりにモーリーさんの酒場にでも行こうぜ。あそこのラザニア、お前好きだろ?」


 クロさんの反応を伺うように言った。

 その言葉に、彼は、


「……………」


 ルイス隊長のことを、ジトッとした目で睨みつけてから、



「……ワインも奢ってくれるなら、考えてもいい」



 極めて不服そうな声音で、そう呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ