97.京(ケイ)、参戦
『北朝鮮、脱落。電力が続かないんだわ』
チェルシーの報告とともに、北朝鮮から繋がっていたネットワークの弧線が消えたのが分かった。
北朝鮮の電力事情が悪いことは、以前からわたしも耳にしている。
『その代り、中東のアラブ諸国の組織が攻撃に加わりつつある。ISISも』
世界の覇権国家であるアメリカに反発する国は多い。
アメリカの国益を損なわせるためならば、何でもやるというのが、それらの国々だ。
この世界的なネットワークの攻撃に、遅ればせながら参加を始めた国家や組織も出始めたみたいだった。
各国が物理的な軍隊を持っているように、サーバーテロの実戦部隊も、必ず各国に存在する。
それらの組織が、今進行している異様な状況に気づき、攻撃を始めたのだ。
北朝鮮が抜けた穴は、それらのアメリカに反発する諸国や組織が埋めていく。
だが、いずれも力不足であり、有効打にはなっていない。
支配下に置いているサーバーの数や、CPUの処理能力、そして、攻撃プログラムが統一されておらず、各個バラバラになっているためだった。
でも、アラブ諸国やISISが結果的に、こちらの味方に付いているというのも、不思議な気分だ。
本来ならばわたし達が組むべきような相手ではない。
北朝鮮も中国も同じ。
でも、それはこちらから誘ったわけではない。
こちらが助力を頼んだのは、アノニマスのハッカーを行える人たちだけ。
中国や北朝鮮、それにISISなどの国家や組織は、アノニマスの大々的な攻撃が、アメリカの中枢部、それも国家の安全を一手に司るNSAにかけられたのを見て、それに便乗しているだけに過ぎない。
恐らく、その攻撃で、どの程度のストレスに耐えきれるか、弱点はあるのか等を探る目的もあるのだろう。
とはいえ、チェルシーを通じて、どこを攻撃すべきか、その目標が明かされた今、彼らの善意だか、悪意だか分からない助力もまた、貴重な資源だった。
「そうだ、頼む。そこに攻撃をかけてくれ」
大河原教授が、どこかへの電話をかけ終わった。
「よし、助けが来るぞ。それも、結構な巨大戦力だ」
自慢そうに大河原教授はそう断言した。
『先生、どちらにお願いしたんですか?』
すかさず、チェルシーが大河原教授に尋ねた。
わたしも、大河原教授が確保したという相手先に興味が沸く。
「なあに、これは秘密なんだが、わたしの教え子が理化学研究所と富士通におってな、そこの京をちょと拝借することにした」
ぜ、全然秘密になっていない。
それに、ケ、ケイって、スーパーコンピューターのことよね。
車の軽のことじゃあないわよね。
京って、新聞やテレビで時々話題になる。演算速度が世界一だとかいうコンピューターのことじゃあ・・・
『先生、よく、そんなもの借りられましたね。確か、時間刻みで使用予約が色々な会社や大学からびっしり入っている筈では』
「いやいや、これは、秘密なんだが、ちょっとしたハード故障ということにするそうだ。時間は1時間、その位は、何とかなるそうだ」
で、電話一本で、世界一のコンピューターの予約に割り込めるなんて・・・。
大河原教授、恐るべし。
「それだけじゃあないぞ。これは秘密なんだが、幾つかの大学にあるスーパーコンピューターも、協力してくれるそうだ。今の所、東大と北大、おっと、名古屋も、この先、もっと増えるかもしれん」
大河原教授は、携帯に次々に入って来るメールを見ながらそう言った。
秘密と言っている割には、細かな情報まで明かしてくれる。
『確認しました。すごい、先生、本当に京が参戦している』
チェルシーの驚きの声が聞こえる。
アメリカ大陸の地図を見ると、日本の方角から、いっそう太い弧線がカリフォルニア州南部の拠点に繋がっていた。
「チェルシー、攻撃用ボットを京に渡してくれんか」
『もうやっています。凄い処理速度。これなら・・・あっ、札幌と大阪からもリンク確立を確認。この子達にも攻撃用プログラム渡しますね。うふふ。うんと強力なやつ』
チェルシーは、完全にこの状況を楽しんでいるようだった。
それだけ、余裕がでてきたということなのだろうか。
勝利は、目前、だれもがそう思った時だった。
『ええっ』
だが、突如チェルシーが驚きの声を上げた。
「どうした、何が起きたんだ。チェルシー」
それは、地図の変化に如実に表れていた。
つい先ほどまでは、アメリカのコンピューター群は防戦一方に見えた。
だが、今は違う。
今、その地図には新たな強烈な光を放つ赤い光点が、突如全米のあちらこちらに現れたのだ。
そして、その光点はカリフォルニア州南部のAIの光点にネットワークを繋げ始めた。
『なんなの、この子達は、AIじゃあない、スパコン?』
その時、地図の光点を見ていたパパがハタと手を打った。
「そうだ、スパコンだ。この光点のある位置は・・・ロッキード・マーティン、ノースロップ・グラマン、おお、レイセオンまでもが・・」
ロッキードやグラマンは聞いたことがある。
戦闘機や爆撃機を作っている兵器メーカーだ。
レイセオンというのは何の会社か分からなかったが、・・・・あとで知ったけど、世界一のミサイルメーカーだった・・・いずれもアメリカの軍需会社だった。
『防衛のために、兵器メーカーのスパコンを動員したのね』
そうか、兵器メーカーならば、スーパーコンピューターはいっぱい持っているだろう。
空力的計算などにスーパーコンピューターを使うと聞いたことがある。
だけど、アメリカ軍需産業のスパコンの処理能力の参戦により、状況は一気にわたし達に不利になってきたように思えた。
なんといっても、参戦しているスパコンの数が違い過ぎるのだ。
いくら、京が世界一の処理性能を誇ると言っても、圧倒的物量の前には力で押し負けてしまう。
どうしよう。
どうする。
正面切ってのがっぷり四つ相撲は、このままでは遠からず押し負けてしまうのが明白だった。
何か別の手は・・・。
絶対に何か別の手段がある筈だ。
後になって思うと、この時のわたしの脳は高速で回転していたのだと思う。
意識の変性状態は未だに続いていた。
それが、わたしの脳をこれまでにないくらいに活発にさせた。
それは、周りの時間が止まって見えるかのようだった。
パパが何かを言おうと、口を開けて言葉を発しようとしている。
でも、わたしの圧縮された意識は、その言葉が口から出るのを待っていられない。
相手もAI、チェルシーもAI。
チェルシーは、もともと金融取引における最大の変動要素・・・人間の損得や合理・不合理な判断を解析するために造られた。
今のチェルシーが、感情豊かで、人の心の動きに敏感なのはそのためだと思う。
では、カリフォルニア州南部にあるAIの建造目的は何だろうか。
NSAのシステム群の防衛のためだろうか。
いいや、違う。
わたしの心はそう告げていた。
そして、この窮地を脱する方法は、そのAIの建造目的にあることを、わたしは直感的に感じていたのだ。




