98.NASA参戦
「パパ、教えて、あの場所は何、何があるの?」
わたしは、アメリカ大陸の地図を見つめているパパに尋ねた。
アメリカの地理は、大まかなことしか分からない。
超有名なロサンゼルスやニューヨークといった都市や観光地しか分からない。
もっとも、その位置をアメリカ大陸の地図で示せて言われても、絶対に間違える自信しかない。
問題は、あの赤い光点が指し示す場所だった。
あそこには何があるのだろうか。
「んっ?あれか、あの赤い点か」
パパは、顔を近づけてその光点をじっと見た。
『ああ、それなら分かるわ。あそこの場所は、ヴァンデンバーグよ』
すかさず、チェルシーが答える。
しまった。最初からチェルシーに聞けばよかった。
「ヴァンデンバーグかそうか、なるほど」
「パパ、何がなるほどなの?」
ヴァンデンバーグという名前を聞いただけでは、わたしにはピンと来なかった。
初めて聞く名前だと思う。
でも、パパにはその場所が、心当たりがあるようだった。
「しかし、ヴァンデンバーグか、そこにAIがあるのも当然と言えば当然か」
独り言のようにパパが呟く。
パパは、そこにAIがある理由を知っている・・・というより、何故あるのか思い当るところがあるようだった。
何故、ヴァンデンバーグにAIがあるのか・・・あって、不思議はないのか。
それは、わたしが知りたい答えだった。
「パパ、何故ヴァンデンバーグにAIがあって、不思議はないの?」
「ああ、ヴァンデンバーグは空軍基地だよ。とはいっても普通の空軍基地とは違う。大陸間弾道弾(ICBM)などのテスト基地としても知られている。以前は、確かスペースシャトルの発射基地としても整備されていた筈だ」
スペースシャトル?!
その言葉が、わたしの心に引っかかった。
スペースシャトル。
地球周回軌道に打ち上げる、使い回しできる飛行機型の宇宙船。
でも、あれ?
スペースシャトルって、もう退役したんじゃなかったっけ?
「スペースシャトル、最後の飛行」とかいうニュースを、小学生の時に聞いたような気がする。
でも、スペースシャトルという言葉が、わたしの頭に残り、どうしても離れようとしなかった。
「チェルシー、ヴァンデンバーグとスペースシャトルに関する最新の情報ってどんなのがあるの?」
『えっと、今インターネットに出回っている情報、探してみたけれど、たいした情報は載っていないわ。スペースシャトルは、2011年に退役したままだし、ヴァンデンバーグを使って何かをするって計画もないみたいね・・・・待って、今、デンバーの空軍基地のサーバーに侵入できた・・・・えっ、ええっ? スペースシャトル復活計画ですって?』
またもや、チェルシーの驚きの声が上がる。
「復活計画? それって、どこまで進んでいるの?」
やっぱり。
わたしはそう思った。
何故だか分からないけど、スペースシャトルが再び飛び立とうとしているシーンが、脳裏に浮かんだのだ。
「えーと、かなり進んでいる。そもそもの原因は、ロシアのウクライナ侵攻ね。2011年にスペースシャトルが退役してからは、アメリカはポストスペースシャトル計画が成功するまで、つなぎでロシアのソユーズを頼ってきたけど、ウクライナ問題で両国の関係が冷え切ってしまった。そのための復活計画みたいよ」
「まってくれ、チェルシー、NASAはスペースX社の「ドラゴンV2」と、ボーイング社の「CST100」に委託してその初運用が2017年に予定されている筈だ。金のかかりすぎるスペースシャトル復活だなんて・・・・」
そう口を挟んだのはパパだった。
『いいえ、そうでもないみたいよ。NASAはスペースXとボーイングの失敗の保険として、極秘裏にスペースシャトルの復活を画策しているみたい。なんといっても、スペースシャトルは、既に実証済みの技術だものね。確実性という意味では、スペースXのドラゴンより上と判断しているんでしょうね。でも、お姉ちゃん、ありがとう。おかげで助かったわ。これで、ヴァンデンバーグの子の攻略方法がめっかった・・・というより、もう実行しているけどね』
さすがは、わたしの妹、何も言わなくてもわたしの意図するところを察してくれたようだった。
直ちにアメリカ地図の様子が、はっきりと切り替わった。
日本からの攻撃の一部が、フロリダに向かったのだ。
「チェ、チェルシー、何をするつもりだ」
不審そうに尋ねるパパ。
フロリダに攻撃が分散する理由が今一つ分かりかねているみたいだ。
『大丈夫よ、パパ。ケネディ宇宙センターのサーバー群を乗っ取るだけ』
何だか、ご飯を食べに行ってきますみたいなノリで、チェルシーが答える。
「なるほど、ヴァンデンバーグのAIの優先事項をそちらに振り向けようというのだな」
いち早く、わたし達の糸に気づいた大河原教授が言った。
「ケネディ宇宙センターのコンピューターをか。大丈夫なのか?セキュリティ、きついんじゃあないのか?」
「ううん、通信のプロトコルがちょっと普通と違うけど・・・セキュリティもNASAはNSA程じゃあないわ・・・はい、完了」
あっという間だった。
あっという間に、チェルシーはNASAのケネディ宇宙センターのコンピューターを支配下に置いてしまった。
それにしても、NASAとNSAって、紛らわしい。
だけど、NASAのコンピューターを支配下に置いたことで、明らかにヴァンデンバーグのAIは動揺したようだった。
いや、本当は動揺したかどうかなんてわからない。
ヴァンデンバーグのAIは、チェルシーのような人間系の評価関数なんか持っていないだろうからだ。
でも、私の目には、瞬間的にヴァンデンバーグの赤い光点が動揺するかのように、チカチカと瞬いたように見えた。
そして、直ちに太い弧線がヴァンデンバーグからカリフォルニアに伸びてくる。
『待ってました』
チェルシーのその言葉と同時に、ヴァンデンバーグのAIの赤い輝きは、グリーンへと変化したのだった。
『ふうーっ、危なかったぁ。もう少しで、押し負けるところだった』
防衛の要を失ったアメリカ大陸の地図は、次々とグリーンと黒に変わっていく。
なんだか、ドミノ倒しを見ているみたいだ。
『ホント、勝ったのは、お姉ちゃんのおかげ。でも、お姉ちゃんどうしてヴァンデンバーグの子の存在が分かったの? それに、その子の弱点が分かるなんて、すっごーい。人間じゃあないみたい』
人間ではない存在のチェルシーに、人間じゃあないみたいと褒められるのはちょっと複雑。
喜んでいいのだろうか。
『おっと、戦後処理をしなくちゃ。先生、理化学研究所の子の処理能力、もう少し借りるね』
「ああ、構わんよ。約束の1時間まで、あと30分ある」
なんと、30分間しか戦っていなかったんだ。
わたしの感覚的には、5-6時間は戦っていた様な気がする。
うう、で、でも、つ、疲れた。
疲労で頭がくらくらする。
気が付けば、わたしの喉もカラカラだった。
もう、立っていられないくらい。
わたしは、倒れ込むように、ソファーの上に突っ伏したのだった。




