95.攻撃が通らなくなってきた
「では、このディスプレイを使ってみなさい。試作品と合わせて3つある」
大河原教授が段ボールを床に置き、取り出したのは顔に装着するゴーグルのような物だった。
試作品と言う言葉通り、配線があちらこちらむき出しになっている。
「先生、このHMDで何を」
「ああ、これはチェルシーと一緒に造っていたんだが、オペレーターがコンピューター内部で行われている色々な処理内容を、人間が鳥瞰図的に把握するGUIみたいなものだ。だが、これがあればチェルシーの活動が手に取るように分かる。我々の持っている知識で、チェルシーがまだ把握しきれていない観点から、サポートも可能かもしれない」
そう言いながら大河原教授は取り上げたゴーグルを顔に装着した。
けっこう大きなゴーグル様のそれは、骸骨のようにやせ細り、もじゃもじゃ髪の大河原教授とはひどくアンバランスであり、不気味な印象を与える。
「ならば、試してみるか」
パパはそう言いながら、自分もそのゴーグルを顔に装着する。
欧米人であるパパが装着すると、それなりに未来っぽくって、妙に似合っている。
「おお、これは・・・これは・・・」
パパが絶句した。
そして、顔面にゴーグルを装着したまま、ぐるりと部屋の中を見回す。
「成程、そうか、こうなっているのか」
何が成程なんだろう。
ゴーグルを装着していないわたしには、パパが何を見て感心しているのか理解できない。
『お姉ちゃん、お姉ちゃんも来て』
チェルシーがそう言った。
わたしにもゴーグルを付けろということなのだろうか。
「ああ、付けてみなさい。チェルシーがそう言っているんだ。何か訳があるのだろう」
大河原教授がわたしに、残りの一個のゴーグルを渡してくれる。
でも、コンピューター同士の戦いだ。
わたしが何かできることなんて、ありっこない。
できるとしたら、せいぜい、フレーフレーという応援ぐらい。
「う、うん。分かった」
わたしは、ゴーグルを教授から受け取る。
外見のゴツゴツした感じから想像していたよりもそれは軽かった。
ゴーグルの中には小さな液晶の画面が2個、はめ込まれている。
右目と左目からその画面を見る構造になっているみたいだ。
「これでいいの?」
わたしは、被るようにして、そのヘッドマウントディスプレイを頭に装着した。
『うん、それでOK、お姉ちゃん、御坂妹みたい』
あっ、そのネタ知っている。
でも、御坂妹って、何万人も殺されちゃうんじゃあなかったっけ。
ヘッドマウントディスプレイを被った途端に、目の前がぱあーっと開けた感じだった。
「な、なに、これは・・・」
わたしは、絶句した。
だって、わたしは、巨大な空間にいたからだ。
白い透明感のある空間。
どこまでも続くかのような空間。
その空間の中に、居間に置いてあるテーブルや椅子などがしっかりと配置されている。
HMDを装着したパパや大河原教授もいる。
勿論、ママやセバちゃんも居る。
セバちゃんは、変な物被っているなとでもいうかのように、目をまん丸にして、わたしを見ていた。
なんというか、調度品や人物はそのままに、壁がなくなって、白い空間に浮かんでいるような感じなのだ。
わたしが見回すと、それにつれてわたしが実際に見ているかのように、周囲が見渡せた。
勿論、下を向くと、スカートに包まれたわたしの足がはっきりと見える。
「す、すごい、このゴーグル・・・」
ちょっと頭に重い違和感がある物の、それは裸眼で見ているのとまったく区別がつかなかった。
『じゃあ、今の戦況映すね』
チェリーがそう言うと、周りの景色が変わった。
真っ白な空間ではなく、目の前に巨大なアメリカの地図が映し出される。
さっき、壁に設置された大型ディスプレイに表示されていたような赤や緑、黒い光点がアメリカ大陸のあちらこちらに散らばっている。
でも、首都ワシントンがある当たりの光点が一番集中している。
そして、色とりどりの線が弧を描きながら赤い光点に何百本・・・いや何千本も集中している。
その線は、アメリカ国内からだけではなく、日本やヨーロッパ、中国やインドといった地域からも太い線が繋がり、色とりどりの光が脈動しながら、赤い光点に突き刺さっていた。
なんとなく、分かる。
さっきの、チェルシーの説明だけで、どうなっているのか、素人の私にも一目瞭然だった。
赤い点は、まだ陥落していない今ピーター。
緑の光点は、チェルシーが支配下に置いたコンピューター。
黒い点は、ネットワークの接続を切断され、孤立したコンピューター。
そして、海外からも流れてきている、色と太さが様々な弧線は、ネットワークを通じたコンピューターへの攻撃を表しているのだろう。
あっ、今、赤いけっこう大きな光点が、グリーンの色に変わった。
チェルシーが、そこの場所に設置されているコンピューターの支配権を取ったんだ。
それは、巨大な陣取りゲームのようだった。
「なるほど、アニノマスの一部の連中が使っている、古典的なF5アタックや、Dos攻撃もこれだけ集まると、結構効果をあげているみたいだな。あいつら、ブロックが間に合っていないみたいではないか」
大河原教授がそう言った。
弧線の色で、攻撃の種類が分かるみたい。
でも、暫く見ていると、攻防は一進一退を繰り返していることが何となく分かってきた。
赤から緑に変わる光点、その反対に、緑から赤に切り替わる光点、黒に変わったと思ったら、緑で復活したり、赤で復活したり・・・・。
ワシントン当たりの光点の切り替わりが、特に激しいようだった。
『なんだか、変なの。相手側は、防衛拠点を絞ろうとしているみたいなの』
チェルシーの言葉が、HMDのスピーカーから聞こえてくる。
『防衛の仕方が、どんどん良くなってきている。相手側も、AIが介入しているとしか思えない』
チェルシーの言葉通り、赤から緑に切り替わるコンピューターの数が、どんどん少なくなっていた。
『・・・・やっぱり、膠着状態になっちゃった。外国からのアタックも、ここが限度かなあ』
「チェルシー、知っている攻撃方法は全て試したのか?」
『うん、パパ。既知の123通りの方法と、新しく見つけた251通りの方法を試したわ。その251通りの方法は、最初は効果をあげていたんだけれど・・・・』
チェルシーの言葉は、あまり元気がなかった。
なんだか、諦めかけているみたい。
『ごめんね、みんな。これ以上やっても、状況に変化はないみたい』
チェルシーがあきらめの言葉を発した。
「待って、チェルシー」
そう言ったのはわたしだった。




