94.NSAとのコンピューター戦
「えっ、本当にその記録って、削除できるの?」
そう質問を返してみた物の、チェルシーだったら出来そうだ。
『うん、ふつーだったら、ガードが固くって無理なんだけどね。アノニマスの連中と、尻馬に乗った中国や北朝鮮の連中のお陰で・・・あらら、ロシアとインドまで参戦してきた。うぷぷ、ロシアったら、国務省のサーバー群にちょっかい出し始めている』
広範囲のサイバーテロ。
それが今、現実に行われている。
チェルシーの解説は続いた。
『NSAのサーバー群のうち、71.2%がダウン。201台のサーバーのアドミニ権限を入手できた。そこからメインシステムに侵入するね。やっちゃっていいでしょ、パパ』
「ああ、いけ、どんどんやってくれ」
パパもパパで、この状況に興奮しているのか、いけいけどんどんの指示を出した。
『25段階の防御システムのうち、12段階まで突破、あらら、物理認証が必要なシステムがあるわ』
「回避できないか?偽の画像流すとか・・・」
『うん、いまやっている』
「やつら、最終的にはネットワークの切断を行うはずだ。それを決断される前に・・・」
パパとチェルシーのやり取りは続いた。
うーん、言っていることがどんどん分からなくなってくる。
わたしは、ママの顔を見た。
ママはいつの間にか淹れ直した紅茶を飲んでいる。
何だか、ひどく落ち着いているみたい。
「ママ、これからどうなっちゃうんだろう」
わたしは、ママに尋ねた。
「さあね、なるようにしかならないんじゃあないかしら」
あんまり参考にならない答え。
それとも、達観しちゃっているのだろうか。
わたしは、心の底に残っていた疑問をママにぶつけてみた。
「ねえ、ママ、ママはパパの仕事のことで喧嘩して別れたんだよね」
「ええ、そうよ」
涼しげな表情で答えるママ。
「パパはチェルシーをヘッジ・ファンドが投資なんかに使うAIとして作り上げたのよね」
「ええ、そうみたいね」
なんだか、ママはそのことをあんまり、気にしていないみたいだった。
「いいの? ママ、ママはヘッジ・ファンドのこと、ひどく嫌っていたんじゃあないの?」
「嫌っているわよ。今でも、ヘッジ・ファンドや投資銀行って大っ嫌い」
何だか、ママの答えと、私の質問がかみ合っていないみたいだ。
私の知っているママの性格からいうと、ママはパパのやっていることは許せないはずだ。
だけど、今のママはそれを許容している。
どうしちゃったんだろう。
長い間パパと離れ離れになっていたせいで、また恋心が再燃しちゃったんだろうか。
それは、わたしにとっては嬉しいことだった。
ママとパパが仲よくしてくれる。
それは、わたしがずっと思い描いていた未来も姿だったからだ。
でも、いよいよそれが現実のものになってきた時、同時にわたしはある種の言いようもない不安が突きあげてくるのを感じたのだ。
パパとママがよりを戻すのは歓迎すべきこと。
でも、でも、肝心の生きる糧を・・・収入を得る方法で、二人の立ち位置が真逆のままならば、その未来は暗いものになる。
わたしが小さい頃に起きたような大げんかがまた始まるんじゃあないだろうか。
わたしの心は不安に包まれた。
「なあに、さくら。ひょっとして、あなた、私達の喧嘩のこと、考えているの?」
わたしの不安を、珍しく敏感に感じ取ったのだろうか、ママが顔をあげ、わたしの目をじっと覗き込んだ。
「う、うん。だって、パパはもともと、チェルシーを使って、金融派生商品取引を有利に進めようとしていたんでしょ」
そのことを直接口にするのは勇気がいった。
なんだか、パパのことを非難しているようで、それを娘の私が直接指摘するのは、いけないことのような気がしたからだ。
「あら、そのことなら、心配ないわよ。パパは、もう金融派生商品業界から足を洗うんだから」
さらりと、ママはそう言ってのけた。
「えっ、それって、本当? 本当に、本当なの?」
「ええ、そうよ。パパは、今回のごたごたで、金融業界にはほとほと嫌気がさしたみたい。今回のゴタゴタの片がついたら、すっぱりと辞めるそうよ」
ママのその言葉に、わたしはパパの方をちらりと見た。
パパは、大型ディスプレイの前に陣取り、チェルシーと何事かを論議している。
「・・・よし、国防総省のホストを抜いた。これで国防総省は骨抜きだな」
『パパ、待って、防衛プログラムが起動している。システムがシャットダウンされかかっている』
「リブートされないようにするんだ。リブートされたら、また最初からやり直しになる」
『・・・大丈夫、シャットダウンを防げた。放っておいたステルス・ボットが成功したみたい』
大型ディスプレイには、チェルシーの可愛らしい姿ではなく、一面に赤や緑や黒のマークがびっしりと表示されている。
グリーンのマークが徐々に増えていっている。
それと同時に、黒いマークも同じように増え続けていた。
「システムのシャットダウンが増えているな。ボットは送り込めたのか?」
『うん、シャットダウンされる前に送り込めたのがあるけど、それでも1/2くらいよ』
「そうか、リブート後に、そのボットたちが生きているかだな。それが問題だ」
そこでパパは、わたしの視線に気づいたようだった。
「ああ、さくら、いま画面に表示されているドットは、NSAに関連するサーバーやメインコンピューターを表している。グリーンのドットが、チェルシーの支配下におくことに成功した物、赤がまだ侵入し支配できていないコンピューター、そして黒いドットがネットワークから完全に切り離されたか、シャットダウンされてしまったものだ」
パパがディスプレイを見ながら、教えてくれた。
凄い数のドット。
全部で、数万個以上はありそうだった。
そして、グリーンのドットが全体の1/3、赤いドットが1/3、黒いドットも、やはり1/3ぐらいあった。
勝っているのだろうか、それとも負けているのだろうか。
コンピューターの知識があまり豊富ではないわたしには、状況が全然見えてこない。
「おやおや、騒がしいと思ったら、おっぱじめたのかい」
その声に振り向くと、いつの間にか大河原教授が部屋に居た。
その両手には、大きな段ボールがあった。
「大河原先生、今、NSAのネットワークに侵入し、メインコンピューターにある私達の情報を書き換えようとしているところです」
パパが、大河原教授に簡単に説明をした。
その大河原教授は、ディスプレイの画面をちらりと見るなり言った。
「ふうむ、なかなか苦戦しているようじゃあないか、違うかね」
『ええ、先生、中はギミックやトラップだらけです。回避できるけど、演算に時間がかかる。ちょっと、膠着状態になりそう。先生、何かお知恵を貸して頂けませんか?』
チェルシーの言葉に、大河原教授は大きく頷いたのだった。




