80.対空ミサイル
「おおっ」
その振動に、車内の誰もが叫び声をあげる。
車は長い金属の履帯のような物を引きずっていた。
車のタイヤに食い込み、強制的に停止させる履帯である。
それがしっかりと前輪に食い込んでいるのだ。
どのような馬力のある車でも、それを突破することはできない車止めの罠。
ガガガガガ。
タイヤが引き裂かれ、ホイールに尚も食い込む履帯。
「駄目だ、動けなくなる」
西蔵警部補が悲痛な叫び声を上げた。
タイヤの焼け焦げた匂い、ひしゃげた金属の臭い、ガソリンの臭いが混じり合ってわたしの鼻腔を刺激した。
「ここまでかっ」
激しく揺れる車体は、急速にGをかけながら停止した。
車の窓から、銃を構えた兵士達が用心深く車に寄ってくるのが見えた。
もはや絶体絶命だった。
このまま、わたしはNSAに拉致されてしまうのだろうか。
その時、わたしは関越道と交差する圏央道の高架橋にとても嫌な感じが漂ってきたのを感じた。
悪意。
殺戮の衝動。
破壊の予兆。
それはそのようなものだった。
わたしは圏央道の高架橋を見上げた。
陽光に照らされた高架橋は、灰色に輝いている。
おかしなところは、まったくなかった。
シシュ、シュ。
不意に圏央道の高架橋の上から、微かな黒い一条の煙がするするっと伸びてきた。
「あっ、あれは・・・」
わたしが指さす間もなく、その黒い煙は横にどんどんと伸びて行く。
・・・そして、その先には米軍のヘリかあった。
「対空ミサイルか!」
その煙を見た高杯警部が驚きを口にする。
対空ミサイル?
こんな首都圏で?
そう思う間もなかった。
そのスルスルと伸びた煙は、真っ直ぐ一直線に空中でホバーリングしていたヘリに命中したのだ。
紅蓮の炎が上がった。
そして、ゆっくりとヘリはバランスを失い、炎と白煙に包まれたまま、高速道路の上に墜落したのだ。
その真下には、NSAの特殊部隊が展開していた。
そして、兵士達が逃げる暇もなく、ヘリはその上に落下したのだった。
全ては、一瞬でありながら、スローモーションを見ているような出来事だった。
墜落したヘリはさらに大きな紅蓮の炎に包まれた。
ガソリンと弾薬に引火したのだろうか、激しい爆風がわたしたちの車を襲った。
一瞬、わたしは気を失っていたみたいだった。
みゃぁぁぁ、みゃゃゃゃゃゃぁぁ。
気が付いたのは、セバちゃんが必死でなく鳴き声のお陰だった。
セバちゃんがわたしを気が付かせようと鳴きながら、わたしの顔を舐めていた。
そのざらざらした舌の感触が、わたしの朦朧とした意識をはっきりとさせた。
ううっ、なんか変な姿勢・・・
最初は何がどうなっているのか分からなかった。
自分の体の位置が、おかしい。
さっきまで、座席に座っていた筈なのに、なんだか窮屈。
・・・と、思ったら、車が横倒しになっていることに気づいた。
おじさんの上にわたしが乗っかっている格好になっている。
「おじさん、おじさん」
わたしは、下敷きになっているおじさんの名前を呼んだ。
でも、おじさんからの返答はない。
息はしているので、死んではいない。
どうやら爆風の衝撃で、気絶しているようだった。
・・・ここから出なきゃ。
わたしは、お腹に食い込んでいるシートベルトをなんとか外した。
そして、ガラスがすっかりなくなったリア・ウインドゥから這い出す。
車の外は、様子がすっかりと変わっていた。
あちらこちらに爆発し飛散したヘリの破片が散らばり、黒煙を上げて燃えていた。
ガソリンと燃える金属の異臭が、強烈に鼻を衝く。
ガガーン。
さらに、凄い爆発音が上空の空中から鳴り響いた。
見上げると、残るもう一機のヘリコプターも、紅蓮の炎を上げていた。
ヘリは、それでもなんとか体勢を整えようとしたのだろうか、甲高いエンジン音がさらにうなりをあげ、数秒そこに留まった。
だが、どんどんと高度が落ち、最後には横倒しになりながら高速道路上に墜落する。
回転するローターが、砲弾のように四方八方に飛び散った。
・・・2発目の対空ミサイルにやられたんだ。
わたしはそう思った。
僅か2発のミサイルは、あっという間にNSAのヘリを撃墜したのだ。
いまや、辺り一面は高温の燃えさかる炎の地獄だった。
地上に展開していた筈の特殊部隊の兵士達の姿も見えない。
それとも、あちらこちらに点々と横たわる黒い塊が、その兵士たちなのだろうか。
ガソリン燃料の臭いと共に、肉の焼けたような臭いも漂っている。
・・・こうしちゃいられない。
おじさん達を助けなきゃ。
このままじゃ、おじさんたちの乗る車も、いつ炎に包まれるか分からない。
わたしは身をかがめて、車の後部座席のおじさんの身体をゆすった。
「おじさん、おじさん。眼を覚まして。おじさん」
必至に揺さぶったせいなのだろうか、おじさんが唸りながらも目を覚ました。
「・・・さくら・・・無事か」
「うん、わたしも、セバちゃんも大丈夫、怪我していない」
「・・・そうか・・・ううっ」
おじさんの顔が苦痛にゆがんだ。
「お、おじさん、大丈夫?」
おじさんの顔は蒼白だった。
どこか怪我をしているようだった。
おじさんは、のろのろとお腹のシートベルトを外す。
「だ、大丈夫だ。高杯警部達はどうなっている」
その言葉に、わたしは前の座席を見た。
すると、高杯警部も、西蔵警部補も気絶から覚めたのか、モゾモゾと身体を動かしている。
「大丈夫みたい。生きている」




