79.罠
「ざぁけんな、馬鹿野郎! こんな傷ぐらいで、俺が死ぬかよ!」
「さいですか、なら死なんで下さいよ。自分だって線香代が勿体ないですから」
どこまで本気なのだか、とことん分からない西蔵警部補だった。
「ところで、どうやらさっきのヘリが追いかけて来ているようです」
西蔵警部補に指摘されるまでもなく、わたしもそれに気づいていた。
ヘリのローターが立てる、バラバラという音が後ろから聞こえてくる。
どうやら黄色い襲撃車を撃退した部隊が、ヘリで追跡を開始したらしい。
「あれは、アメリカ軍だろう? NSAの部隊なのか?」
おじさんが前の座席に座る2人に尋ねた。
「どうやら、そのようですね。多分、横田から来たんでしょう」
西蔵警部補が「横田」と言ったのは、米国空軍の横田基地のことである。
どうやら、NSAはわたしの確保に、なりふり構わず大っぴらに動き始めたようだった。
わたしは、ビン・ラディンではない。
一介の女子高生なのだ。
それなのに、この大捕物は、どうにも合点がいかなかった。
『・・・・かはい、高杯、応答せよ。こちら捜査二課』
この時になって、ようやく警察無線が復活した。
盛んに高杯警部をコールする声が飛び込んで来た。
「はい、こちら高杯」
高杯警部が、そろそろと手を伸ばしマイクを取る。
そして力のない声で応答した。
「おお、高杯警部、やっと応答したか、待て、いま向出課長と代わる」
無線の電波状況は不安定だった。
何度も、大きなノイズが走る。
『高杯、娘は・・・八重山さくらは無事か』
直ぐに無線の先の相手が代わった。
「あ、無事だ。無事だが、俺たちを追っかけ回しているこの連中を何とかしてくれ。今すぐ」
『ああ、今やっている。相手はNSAとロシアの対外情報庁(SVR)のようだ。こちらが外交ルートを通じて押さえるまで、うまく逃げ・・・・・・・・・』
その時、警察無線がまたもや大きなガガガガガという雑音を発すると、沈黙してしまった。
またもやジャミングがかけられたようだ。
「ヘリが急接近してきます」
西蔵警部補が報告する。
そして、急速にヘリの立てるローター音が大きくなった。
グォーン。
物凄い爆音を残し、ヘリが車の屋根すれすれを掠めて私達の前に出た。
タンタンタン、タンタンタン。
機関銃だろうか、発射音とともに、車の前方の道路に小さなアスファルトの破片が舞った。
ヘリから身を乗り出した、迷彩服を纏った兵士の一人が、こちらの車の前方を狙ったのだ。
それは、警告射撃だった。
NSAもまた、容赦のない攻撃だった。
だが、西蔵警部補は歯を食いしばりそのまま車を疾走させる。
黄色い襲撃車や、トラックにぶつかったせいで、車は不安定になりぐらぐら揺れる。
キキキキーッという、どこかに何かが擦れる嫌な音が響いていた。
そのせいなのだろうか、車は先ほどの半分ぐらいしかスピードが出ていない。
こちらを追い抜いたヘリは、どんどんと高速道路の先に飛んでいく。
そして、もう一機のヘリは、追いたてるようにわたし達の車の後方にぴたりと付いて来ていた。
「やつら、どうするつもりだ」
一見、こちらへの襲撃を諦めたかのように飛び去ったヘリを見て、登おじさんが不思議そうにつぶやいた。
だけど、わたしには分かっていた。
2機のヘリの内、前方に飛び去った一機は、この先のどこかに着陸する。
そして、兵士達が道路の前方に展開して待ち構えるのだと。
「西蔵さん、ヘリは前方で着陸し、待ち構えています」
わたしは自分の直観をそのまま口にした。
「しかし・・・」
西蔵警部補は車を減速させようとはしなかった。
本当は、もう少し先に圏央道のジャンクションがある。
圏央道に逃げ込めば、昭島の方面にはトンネルがある。
そのトンネルに入り込めれば、ヘリは追ってはこれない。
西蔵警部補も高杯警部も、このまま時間を稼ぐことを狙っていた。
時間を稼げば、日本と米国の政府高官レベルでNSAの暴挙について話が進み、NSAに撤退命令が出るだろう。
そう踏んでのことだった。
やがて、車が一台も走っていない高速道路の先に、ヘリが空中にホバーリングしているのが見えた。
そしてそのヘリの下の高速道路上に10名以上の兵士が展開している。
どうやら、兵士を下ろしてまた離陸したようだ。
「兵隊の数はまばらだ。このまま間をすり抜ける」
西蔵警部補が、その兵士の展開状況を見て決断した。
「だめ、前方の兵士達が、何かを仕掛けています」
兵士の間が、やけに空いている箇所がある。
それは、まるでここをすり抜けて下さいと言っているような間隙だった。
だが、わたしの目は別な物を捉えていた。
よくは分からないけど、彼らは何かを仕掛けている。
兵士達の緩慢な動きがそれを物語っていた。
罠。
罠を仕掛けた猟師が、獲物がかかるのを息を凝らしてじっと待っている。
兵士達の身体からは、そんなオーラのような空気が漂っていた。
かかれ。
獲物よ、かかれ。
ブービー・トラップにひっかかるがいい。
そんな想念が彼らの身体から立ち上っている。
だが、もはや手遅れだった。
後方をぴたりと追跡するヘリに追われ、西蔵警部補の運転する車は、集蛾灯に引き寄せられる蛾のように、罠の真っただ中に突っ込んでいくのだ。
「みんな、掴まって!」
叫んだのはわたしだった。
わたし達を捕まえる罠。
わたし達を捕獲するための罠。
でも、それは大きな衝撃をわたし達の体に与えるだろう。
わたしは、セバちゃんをしっかりと抱えた。
その瞬間だった。
ギャンガガガガガガ。
物凄い音が車輪から聞こえ、振動がわたし達を襲った。




