78.高杯警部、負傷
高杯警部が携帯電話を使い、さかんに警視庁と連絡を取ろうとしている。
しかし、携帯はまったく繋がらないようだった。
警察無線が使えなくなったことと関係があるのだろうか。
「だめだ、携帯も完全にジャミングされている」
その言葉に、登おじさんも自分のスマホを取り出す。
「こっちもだ。スマホの4G回線も死んでいる」
現代日本では、有線よりも無線での通信の方が、件数ははるかに多いと聞く。
警察無線も、携帯電話も使えない状況では、助けを呼ぼうにも呼べない状況だった。
「うおっ、トラックが道を塞いでいる」
西蔵警部補が不意に叫んだ。
緩いカーブの前方に、大型のトレーラーが、まるで道を塞ぐように真横になっている。
何と、関越道の3車線を全部塞いでいた。
さっきから車が全然来なかったのは、これが原因のようだった。
西蔵警部補がプレーキを踏み、減速したせいで、後方からの襲撃車がどんどん近づいてくる。
「また、Uターンしますか?」
西蔵警部補が尋ねた。
「トレーラーの左側に、車が一台通れる隙間があります」
そう答えたのは、わたしだった。
見えたのだ。
わたしの座っている後部座席から見えたのだ。
トレーラーが塞いでいる3車線の内、ほんの少しの隙間。
乗用車が車体をこすりながらなら、ようやくすり抜けることができるほんのわずかな隙間。
それがわたしの目にはっきりと飛び込んで来た。
「よし、あそこに突っ込め」
いち早く反応したのは高杯警部だった。
「へいへい」
口では平静を装っているものの、相当な緊張を強いられているであろう西蔵警部補が返答した。
そして、車は開いたその僅かな隙間に飛び込んでいく。
カンカンカンカン。
またもや弾丸が命中する音が聞こえた。
このままでは逃げられると思ったのだろうか、襲撃車がまたもや発砲したのだった。
「よし。このまま飛び込めぇぇ!」
最後に高杯警部が怒鳴った。
バコーン。
物凄い音がした。
でも車は、あっという間に狭い空間を一瞬で通り抜けた。
見ると、両側のサイドミラーがなくなっている。
トラックと中央分離帯の隙間を抜けるときに接触したようだった。
でも、車の損傷はそのくらいのようだ。
それだけの被害で済ますことができた西蔵警部補の運転技術は、たいしたものだった。
「ああっ」
またもや急ブレーキ。
その反動で、わたしのお腹にシートベルトが食いこみ、セバちゃんを取り落しそうになる。
「こいつはたまげた」
トラックの後ろは、道を塞がれた乗用車が止まっている。
普通はそう思う。
だからこそ、西蔵警部補はトラックと中央分離帯の隙間に飛び込むと同時に、ブレーキをかけたのだ。
だが、トラックの後ろに居たのは、道を塞がれた乗用車ではなかった。
居るはずの一般車両は、まったく見当たらない。
横付けされたトラックの先に居たのは、なんと、迷彩の塗装を施された2機のヘリコプターだったのだ。
テレビのニュースでも良く見る軍用ヘリ、それがどうしたことか、高速道路の上に着陸していたのだ。
そして、ヘリコプターの周りには銃を構えた兵士がこちらの道を防ぐように展開していた。
その銃の筒先が、全てこちらに向けられる。
キキキキキキッーッ。
鋭い金属音を立てて、西蔵警部補が車を急加速した。
タイヤが悲鳴を上げ、白い煙がまたもや立ち上る。
ガガーン。
兵士達が銃を向けると同時に、わたし達がすり抜けてきた狭い隙間から飛び出して来たのは、黄色い乗用車、あの襲撃車だった。
襲撃車は、出て来ざまに、機関短銃をパラパラと発射した。
兵士達の注意が一瞬逸れ、弾丸を回避しようと、フォーメーションが乱れる。
それは本当に一瞬の隙だった。
その僅かな隙を西蔵警部補は見逃さなかった。
わたし達の乗る車は、兵士の間を間一髪で通り過ぎたのだ。
「やつら、この先のインターで車を全部下ろしたんだ」
西蔵警部補が、エンジンと風の音に負けまいと、大声を上げた。
後方で、パンパンと銃撃の音が聞こえる。
黄色い襲撃車めがけて、兵士達が発砲した音だった。
振り向くと、襲撃車が次々と兵士達を撥ね飛ばしているのが見えた。
えっ?
いつの間にかリアウィンドウが完全になくなっている。
それでエンジン音や風のゴォーッという音がやけに大きく響いていたのか。
さっきまではヒビが入っていただけなのに。
前を振りむいたその時、わたしは気づいた。
高杯警部の顔が苦しげに歪んでいるのを。
そして、助手席の座席の背もたれには、小さな破れたような穴が2つばかり開いていた。
「高杯さん!」
わたしは大声で叫んだ。
その声に、高杯警部は身を捩り、わたしの顔を見た。
「大丈夫、大丈夫だ。ほんのかすり傷だ」
かすり傷じゃあない。
高杯警部の苦しげな表情は、如実にそれを物語っていた。
いったい、いつ撃たれたのだろうか。
「くそう、奴ら、弱装弾から通常弾に変えやがった。完全にこっちを抹殺するつもりでいやがる」
高杯警部が言っているのは、黄色い襲撃車の連中のことだ。
最初は殺さない様に、弾丸の威力を弱めたものを使っていたものが、途中で方針を変更したようだった。
人質を手に入れられないのであれば、他の組織がわたしを手に入れる前に、殺してしまえ。
そんな論理で弾丸の種類を強力な物に変えたことが明白だった。
「あーらら、撃たれちゃったんですか? 高杯さん、死んだら線香くらいあげさせてもらいますよ。安らかに成仏して下さいよ」
高杯警部の様子を横目でちらりと見た西蔵警部補が、憎まれ口を利いた。
だが、それが高杯警部の、持ち前の闘争心に火をつけたようだった。




