77.おじいちゃんの血脈
「くそっ、やつら、こっちの抹殺を狙っているのか?!」
車の後部トランクに命中する着弾音に、西蔵警部補が叫ぶ。
高速で疾走する車に銃撃をするとは、すなわちわたくし達の暗殺を企んでいる。
そうとしか理解できなかった。
「慌てるな。ガラスすら貫通していない」
後部座席のリアウインドウにも銃弾が命中したのだろうか、窓ガラスには細かなヒビが入っている。
だけど、銃弾が貫通した穴は見えなかった。
「弱装弾だ。やつらは弱装弾を使っている。大丈夫だ。逃げ切れるぞ」
気が付けば、高速道路を走っている他の車はいつの間にかいなくなっていた。
派手な事故を起こしたり、銃撃している車を見れば、他の車の運転手は停車したりスピードを落としてやり過ごそうとするだろう。
今、周りに他の一般車両が入っていないのはそういう訳かもしれなかった。
「キャッ」
不意に急ブレーキがかかり、車が不安定にグラグラと大きく揺れた。
そして、車はどんどんとスピードダウンしていく。
「なんだ、どうした」
幸いなことに、さっきの襲撃者と違い、西蔵警部補の運転する車が横転することはなかった。
キキキキキーッ。
「な、何だ、どうした!」
「あれ」
西蔵警部補は、前方のカーブの先を顎て指し示した。
カーブの為に見えにくいが、その先には大渋滞が起きていた。
そのまま気づかずに超高速で車を走らせていたら、渋滞の列に突っ込み、確実に私達は事故死していただろう。
「Uターンだ」
とっさに高杯警部が叫ぶ。
ブレーキをかけ、減速していても車は100キロ近いスピードが出ていた。
後ろからは襲撃車が急速に接近してくる。
「行きますよ」
西蔵警部補の掛け声と共に、わたしは後部座席のドアの上についている手すりをぎゅっと握った。そして、もう片方の手でセバちゃんの身体を抱きしめる。
キキキキキーッ。
またもものすごい車輪のきしむ音ともに、車内に強烈なGがかかった。
西蔵警部補が、高速のまま車を180度Uターンさせたのだ。
車の中はUターンの摩擦熱で、タイヤのゴムの焼け焦げた匂いが充満する。
だが、西蔵警部補の腕は確かだった。
不安定になる車の挙動を建て直し、そのまま急加速する。
瞬時に、襲撃車とすれ違った。
その運転席の男が、何事かこちらに向かって叫んでいる。
逆走。
今、関越自動車道を逆走しているのだ。
前方からもし車がきたら、とてもとてもよけきれるようなスピードではない。
こちらの車が150キロ、そして前方から来る車が100キロを出していたとしたら、わたしたちは250キロもの猛スピードで激突することになる。
そうなれば絶対に助からない。
でも、逆にわたしの心はどういう訳か、どんどんと冷静になっていった。
死の恐怖がまったくないかと言えば、嘘になる。
わたしだってまだ16歳、これから人生で楽しいことはまだまだあるはずだ。
でも、いまのわたしは、そんなことは一切思わなかった。
場合によっては死ぬ。
この高速道路で、誰かの車に正面衝突して死ぬ。
又は西蔵警部補が運転を誤り、側壁に激突しても死ぬ。
それとも、わたし達を襲撃してきた人たちの手にかかり、殺される。
四方八方十六方が、死の可能性の中で、わたしは自分の死も単なる結果の一つとして捉えていた。
恐怖は人の心を縮こませ、正常な判断をできなくしてしまう。
自分の命を優先に考えることが、選択の結果を大きく歪ませてしまう。
事実を事実として見られなくなり、あらゆる事象が自己を中心に歪められて認識してしまうのだ。
それは、まるで太陽の質量が光すらも歪めることと似ていた。
皆既日食の時に、太陽の近くの星を見ると、本来ある位置よりずれて見えるという。
太陽と言う巨大な質量が、星の光の軌跡を歪めるのだ。
それと同じように、自分の死の恐怖は、巨大な質量となって人間の心を覆っている。
それが、ありとあらゆることの真実を覆い隠してしまう。
そう言えば、以前に長野のおじいちゃんが言っていたっけ。
おじいちゃんは、昔は特攻乗りだったそうだ。
特攻乗り。
カミカゼ特別攻撃隊。
少年飛行兵として訓練されていたおじいちゃんは、終戦間近のある日、特攻へ志願したという。
そして、いよいよ特攻というその前日、お爺ちゃんの心に不思議な変化が起きたのだという。
それまでは、志願したものの心の奥底では、死に対する恐怖もあった。
故郷の父や母、そして兄弟のことを想い、友達のことを想うと、眠れない日が続いた。
それでも、国の為、天皇陛下の為に自分の死が必ずや役立つのだという強い想いが渦巻いていた。
自分が特攻し、見事敵の空母や戦艦を撃沈したら、きっと父母も兄弟も友達も、喜んでくれるに違いない。
自分の御霊を祭り、故国の英雄・軍神になるのだ。
その想いが、現れては消え、そして死の恐怖と交互に訪れるほどだった。
だけど、いよいよ明日は特攻という日のこと、もう確実に明日は自分は死ぬという日のこと、おじいちゃんの心は不思議な変化が現れた。
何だか、これまで変にわだかまっていたことがきれいさっぱりと消えてしまった自分に気づいたのだという。
つい先ほどまでは、死ぬ前日に一体何を食べようかとか、最後に読みたい本は何かとか、盛んに思い悩んでいたことが、嘘みたいに掻き消えてしまったのだという。
そして、少年飛行兵学校ではそりが合わず、何かにつけ反目し合っていた同期との諍いも、何ということもない事柄でしかなくなってしまっていた。
それまでは、重大だと思っていた日常の・・・いや、これまでの人生の中のありとあらゆることが、些細で実はどうでもいいことだと気づいたのだった。
清浄なる心。
死を一つの現象として見ることが出来る心。
それは恐怖も憎しみも何もない寂静な境地だったという。
おじいちゃんは、その日の夜、実にぐっすりと眠った。
そして翌日、清々しい気持ちで目覚めた。
こんな気持ちのいい目覚めは、これまで一度もなかったという。
結局、おじいちゃんの特攻は取りやめになった。
でも、その心の体験は、今でも強烈に残っているという。
今のわたしは、その時のおじいちゃんのように、この先の、ほんの少し先の未来が、死につながるであろうと、生に繋がるであろうとも、冷静に見ることができた。
ひょっとしたら、おじいちゃんの血を引いているからなのかもしれない。
それは、まるで、ガヤガヤとした騒音の世界から、ポーンと静寂の世界に放り込まれたような感じだった。
どうすればこの状況から脱出できるかを探すのではなく、わたしは、自分の置かれている状況を極めて客観的かつ鳥瞰図的に見ることができたのだ。
「一番左側の車線を走ってください」
知らぬうちに、私の口から声が出た。
運転をする西蔵警部補は、最初は驚いたようだったが、そのまま素直にわたしの指示に従った。
ベテラン刑事であり、はるかに年上の西蔵警部補が、一介の女子高生に過ぎないわたしの言葉に従うなど、普通はあり得ないことだった。
だが、その時は、本当にそうしてくれたのだ。
そして、わたしのその指示に高杯警部も、登おじさんも異論をはさまなかった。
結果的に、これが幸いしたのかもしれない。




