46.部室でお弁当食べましょ
翌朝、おじさんはわたしよりも少し先に家を出た。
おじさんからは、生活費として10万円も貸してもらっている。
これだけあれば、食べる物には当分は困らない。
お昼はこのお金を使って、学食の安いAランチかお蕎麦にしようかと迷ったけど、結局自分でお弁当をこしらえることにした。
いつまでママが帰れないか分からないので、節約、節約っと。
でも、お弁当は自分ではあんまり作ったことがない。
タコさんウィンナーを作ろうとしたのだけれど、切れ目を入れ過ぎて吹き流しのようになってしまった。
卵焼きは味付けをしようとしたけど、味付けの仕方が分からず、醤油と砂糖を入れたので、見事にまっ茶色にこんがりと焦げてしまった。
なんとか無事だったのはお米のごはんくらい。
その真ん中に、梅干しを乗っける。
日の丸弁当。
一度やってみたかったんだ。
それでも、悪戦苦闘の末、わたしはお弁当を用意できた。
おじさんは、いつもお昼は外食だから、いらないって。
だから、作ったのはわたしのお弁当だけ。
それでも、わたしだけの力で作り上げたお弁当だ。
見てくれは悪いけど、きっとおいしいに違いない。
きっと、おいしい。
絶対に美味しいに決まっている。
わたしは、出来上がったお弁当を鞄にしまうと、家の戸締りを何度も確認した。
みゃーーーあ。
セバちゃんが、いってらっしゃいとでもいうように、わたしに向かって鳴いた。
「セバちゃん、じゃあ、行ってくるね。それから変な人が入ってきても、戦っちゃだめよ。隠れていてね。それで、後で変な人が来たことを教えてね」
みゃん。
セバちゃんは、分かったとばかりに短く鳴いた。
本当に、私の言葉を理解しているみたい。
玄関にしっかり鍵をかけると、わたしは用心深く周りを見渡した。
あちらこちらの家から出勤するおとうさんの姿や、小学生が道に出てきている。
でも、見回す限り、不審な人や車は止まっていない。
わたしは、自転車の鍵を開け、いつものように漕ぎだした。
それでも、普段より周りの様子を注意深く観察することだけは忘れなかった。
学校までは、別に不審な事件は起きなかった。
いつものように小学生が集団登校している。
横断歩道では、みどりのおばさんが旗を持って小学生たちが横断歩道を渡るのを補助している。
駅に向かう自転車も、徒歩の人たちも、いつも通りだった。
教室に入ると、ゆかりが先に来ていた。
謂越君も先に登校して、物憂げな様子で席に座っている。
「あっ、チェリー、昨日の夜は大丈夫だったの?」
開口一番、ゆかりが聞いてくる。
昨日の盗聴器の一件などは、LINEでゆかりに報告済みだ。
「うん、あの後、特に何も起きなかったよ」
「そう、よかったあ」
その時、カンコーンと予鈴が鳴った。
「ゆかり、詳しくはお昼にね、部室でお弁当食べましょう」
「うん、わかった」
お昼休みに、わたし達はデリ研の部室に向かった。
部室は別に46時中鍵など掛けられていない。
わたしたちが部室の中に入り、持ってきたお弁当を机の上に置くと、渦巻先輩と夢見先輩が入ってきた。
「おっ、君たち早いね。今日はコナのいい豆が手に入ったからコーヒーを淹れてあげるよ。食後に飲むといい」
「わあーい、ありがとうございます」
でも、コナって、コーヒーの中では高級な豆じゃなかったっけ。
他のコーヒー豆の倍はする金額だったような気がする。
「この豆は生豆で仕入れてね、家で今朝がた焙煎してきた」
渦巻先輩は手に持った袋からコーヒー豆を取り出した。
そして、戸棚から取り出したのは手回しのミル。
えっ、ミルまで用意しているんだ。
「コーヒーって、生豆で売っているんですか?」
「うん、でも普通のスーパーでは売っていないから、これはインターネットで取り寄せたんだ。焙煎した豆は時間が経つと酸化して味が落ちるから、飲むならば焙煎したてに限るよ」
渦巻先輩はそう言いながら慎重に豆の量を計っていく。
「へえー、そーなんだ。すごーい。あたし、渦巻先輩に弟子入りしたーい」
ゆかりの目がハートになっている。
その様子を夢見先輩が微笑みながら見ている。
そういえば、渦巻先輩と夢見先輩の関係って、どういう関係なんだろう。
わたしは、人の嘘を見破るのは得意だけど、恋愛関係についてはからっきしだった。
ガラガラ。
その時、部室のドアが開いた。
全員が驚いてそっちの方を見る。
「なあんだ、謂越かあ。ノックぐらいしてよね」
早速、ゆかりが文句を言う。
「ああ、わりいな。昼飯、ここで食おうと思ってな」
謂越君は学校の購買で買ってきたのだろうと思われるパンと牛乳を持ち上げた。
「昼食? あれ? あんた、いつもは学食派じゃあなかったっけ?」
「いいじゃんか、たまには。俺だってパンぐらい食いたい時があるぜ」
謂越君はそう言いながら手近の椅子に腰を下ろす。
「はい、コーヒー入れたよ。謂越はちょっと待ってな、すぐに入れるから」
「渦巻先輩、焼きそばパンを食べるような人間に、コナは勿体なさすぎると思います」
ゆかりはそう言いながらも持ってきたお弁当の包みを開け、蓋を開けた。
ゆかりはお弁当を作るのが、本当に上手だと思う。
色とりどりのおかずが、見事に詰められている。
わたしは、それを横目で見ながら、自分のお弁当を開いた。
「・・・・・・・」
ゆかりの動作が止まったのが分かった。
どうしたんだろうと、顔を上げると、ゆかりがわたしのお弁当の中をのぞき込みながら固まっている。
「チェ、チェリー」
「んっ? なあに、ゆかり」
「そのお弁当・・・自分で作ったの?」
「うん、そうだよ。お母さんを真似てみたけど、なかなかムズイもんだよね」
お弁当に、何か変なことでもあるのだろうか。
「そ、その・・茶色い半分すだれになっているイカの轢死体みたいのは・・・なあに?」
「ん? これ? イカじゃあなくって、タコさんウィンナー」
「じゃ、じゃあさ、その茶色い焦げこげのハンバーグみたいのは?」
「これは、卵焼きだよ」
「は、白米の上に乗っかっている茶色の塊はもしかして・・・」
「うん、日の丸弁当。うちには無着色の梅干ししかなかったから」
「う、ううう」
「どうしたの、ゆかり、お腹でも痛いの?」
「決めた、明日からあたしがチェリーの分までお弁当作って来るからね」
なんだか分からないが、わたしは当分の間、昼ごはんの心配をしなくても済むようになったのだった。




