45.またもや盗聴器
高杯警部と西蔵警部補が帰っていった。
そして、登おじさんは、すっかりと二人の言葉を信じているようだった。
「やれやれ、J・Jの騒動は竜頭蛇尾に終わりそうだな。ずいぶんと、いろいろと想像を膨らませたんだが、何のことはなく終わりそうだ」
おじさんは、居間に戻り、安堵した表情で私の顔を見てそう言った。
「・・・おじさん」
「ん、何だい」
「おじさん、気づいていた? セバスチャンのこと」
わたしの言葉に、登おじさんは戸惑いの表情を見せる。
「セバスチャンのことって、どうかしたのかな?」
「そういえば、今日、まだご飯をあげていなかった」
わたしは、そう言いながらおじさんに向かって人差し指を自分の唇に当てた。
黙って、というジェスチャーだ。
おじさんは、何のことだか分からないといった表情だが、それでもわたしの身振りの指示に従ってくれた。
わたしは、ダイニングテーブルに置かれているメモに言葉を書いて行く。
『おじさん、普通の会話をして下さい。また盗聴器が仕掛けられました』
そのメモを読んだおじさんがびっくりした顔になる。
「そういえばゴタゴタしていたから、すっかり忘れたね」
真剣そのもののわたしの様子に、おじさんは直ぐに調子を合わせてくれた。
『西蔵警部補が、さっきソファーに座りながら中に盗聴器らしきものを押し込んでいました』
わたしは、メモにそう続けて書いた。
それを読んだおじさんは、ソファーの方に目をやる。
「テレビ見てもいいかな」
おじさんはそう言いながら居間に戻り、テレビのスイッチを付け、ソファにドカッと腰を下ろした。
そして腰を下ろしながら、ソファの隙間を手で押し広げる。
おじさんは、しばらくそのまま動かなかった。
きっと、どうするべきか考えていたんだと思う。
やがて、そろそろと動きだすと、テレビの音量を非常に大きくした。
そして、そっとダイニングテーブルにいる私の所に戻って来る。
「確かにあった」
おじさんは、わたしの耳元で囁いた。
そうか、これならばテレビの大音量に紛れて、わたし達の会話が盗み聞きされることはない。
テレビでは、お笑い芸人たちが集まってわいわいがやがやと何かやっていたので、ちょうどいい盗聴対策になっている。
「どうしてわかった?」
「セバちゃん、セバちゃんが気づかせてくれたの」
「セバちゃん?」
「うん、いつもはお客さんがくると、どんな人でも必ず挨拶に姿を見せていたのに、あの二人の刑事の前には現れなかった。ソファの陰にずっと隠れていたの。そして、セバちゃんは西蔵警部補の動きを物陰からじっと見つめていた。だから、わたしも西蔵さんの動きを目の隅で注目していたわ。そしたら、手に持った何かをソファの隙間に押し込むのが見えたの」
おじさんの表情が険しくなった。
「しかし、何で刑事が盗聴器を仕掛けるんだ。まさか、あいつら、偽者か」
その可能性は十分にあった。
わたしは名刺をもらっただけで警察手帳を見せてもらったことはない。
もっとも、警察手帳など一度も見たことがないので、見せられたとしても、本物かどうか判断なんか出来ないけど・・・。
「おじさん、多分昼間に盗聴器を仕掛けたのはあの二人だと思う」
それは、セバスちゃんの様子を見れば、一目瞭然だった。
おそらく、昼に侵入して盗聴器を仕掛けている刑事に、セバスチャンは好奇心丸出しで近づいて行ったのだろう。
高杯警部の方は、飼い猫なんぞに邪魔されたくないから、セバスチャンを邪慳に扱ったのだと思う。
叩かれたのかも知れない。
蹴とばされたのかもしれない。
それでセバスチャンは、先ほど訪ねてきたあの二人に、あんなに警戒していたんだ。
そうとしか思えなかった。
「と、なると、あの二人の言っていたことは本当かどうか怪しくなるな」
おじさんがひそひそ声でそう言った。
お、おじさん。
顔が近い、近すぎるよお。
「うん、おじさん。アメリカからの連絡だとかも嘘だと思う」
「そうだな、今から思えば、居間で見つかった盗聴器を素手で無造作に掴んでいた。変だと思ったんだよな。普通は指紋を取るために手袋して、ビニール袋か何かに入れるだろう?」
おじさんの言葉に、わたしは同意とばかりに頷いた。
「さくらちゃん、パパからの連絡は本当にないんだね」
不意におじさんがわたしに聞く。
「うん、ない。まったくないよ」
「最後にJ・Jから連絡があったのは、いつごろなんだい」
「うーん、連絡って言っても、電話かかって来る訳じゃあないから・・・ママの携帯にだったら、かかってきたかもしれないけど・・・」
「・・・そうか。それにしてもJ・Jは一体何をやらかしたんだろうな」
しかし、その質問はわたし達には分かる筈もなかった。
「おじさん、これからどうするの? 警察もパパを追っている一味とグルなのかなあ」
今のテレビの音がひときわ大きくなった。
お笑いタレントが何か面白いことを言って、スタジオがそれで大爆笑している。
「そうだな、ことここに至っては、そう考えるべきなんだろう。あの二人の刑事が、日本政府の命令で動いているとは、考えにくくなった。J・Jを追っているグループの手先となっている可能性の方が高いな。でも、いずれにしても我々は身動きが取れない。J・Jを積極的に探し出す手立てもないし、探しだしたからと言って、どうすることもできない」
「じゃあ、このままなにもしないで・・・・」
「ああ、そのほうがよさそうだ。今後、重要なことは全て筆談か、今みたいにテレビの音を大きくして喋ることにしよう。どこに盗聴器や盗撮器が仕掛けられているか分からないからね」
おじさんの提案に、わたしは大きく頷いた。
「うん、わかった」
「それから、念のために、しばらく僕はここに泊まっていくからね」
「でも、おじさん、お仕事は・・・」
「ああ、ここから通うよ。もう幸には言ってある。もしかすると暫く毛呂山に泊まり込んで、そこから会社に通うかもしれないとね」
幸さんは、登おじさんの奥さんのことだ。
小柄だけど、とても活発で、気さくで、頭の回転のいいお嫁さん。
まだ子供はいないけど、わたしを妹のように可愛がってくれる。
「ごめんなさい、おじさん。幸さんにまで迷惑をかけてしまって」
「ああ、気にしない気にしない。それに幸はそんなこと気にするような嫁でないことは、良く知っているだろう?」
おじさんが癒えに泊まってくれるのは、このうえなく心強かった。




